第27話 言い争い1
「やぁ」
「いっぱいお話を聞いてきました」
「オレもだよ」
約束していた時間に噴水のまえに集合すると、広場の段差になっているところに腰掛けて互いに聞いてきた情報を交換する。
「つまり……」
街の人に聞いてわかった山へ向かうルートは二つだ。
一つは湖を船で横断して対岸の陸地に直接上陸する方法。
もう一つは湖を迂回して陸地を歩いて山に入る方法。
湖を渡る方法の方が迂回する時間を取らずに済むので、山にすぐ向かえはするが問題もあった。
「誰も森に近づきたがりませんね」
「そうだね」
レスイは湖に船を浮かべ、観光客を乗せて商売をしている店がいくつかある。しかしどの店の船主も森には近づきたくないと言ってシエラたちの協力には応えられないと首を横に振った。
やはり最初の店主が言っていた通り現地の人間でも山に近づくのは恐ろしいことなのだろう。
「しかたがないね。少し遠回りになるけど陸地続きに歩いて行くしかないかな」
「そうですねぇ……薬草採取のついでに湖を船の上から見てみたかったんですが、また今度ですね」
シエラは少し肩を落として頷いた。
透明度の高い湖を船の上から見てみると相当美しい景色だっただろうが、今は観光よりもヴィークに頼まれた薬草を採取するのを優先した方がいいだろう。
残念ではあるが、観光ならあとでもできる、湖は逃げないからと割り切るしかなかった。
「……まぁ、山に近づかない距離なら毎日何便も船を出しているようだし、薬草採取が終わってまだ便があれば、観光してからヴィークさんのところに戻ってもいいんじゃないかな。べつに急ぎで頼まれているわけではないし」
「それは……たしかにそうですね。薬草を見つけて採取して、観光してからでも遅くはないですもんね」
依頼された薬草の収穫は早めに終わらせておきたいし、採取した薬草が枯れてしまう前にヴィークに届けたい気持ちもある。しかし少しくらいの観光なら許されるだろう。
美味しい魚料理も食べたいし、いくらレスイとヴィークの家がある森まで数日かかるとしても多少の観光なら許される、はず。いや、うん、たぶん大丈夫なはずだ。
べつに薬草の採取を後回しにして先に観光してもいいのだが、それはそれで観光に力を入れれない、依頼のことが気がかりで全力で楽しめない気がするのでやはり先に依頼をこなすことを優先するべきだ。
「そこをなんとか頼みます!」
「ん?」
「なんでしょうね?」
シエラたちが船を諦めて歩いて行くにあたって、少しでも近くまで運んでくれそうな馬車がないか、食材などの旅の準備を行おうと店通りを歩いていると路地裏から大きな声が聞こえてシエラたちは足を止めるとこっそり顔を覗かせた。
「お願いします!」
「いやー、私としても助けてあげたいのはやまやまなんですがねぇ……」
建物の陰になって少し暗がりの路地裏には頭を下げる男性と、白衣を着た男性が困り顔で向かい合った状態で立っていた。
「お金ならあとで絶対お返しします。どれだけの時間をかけてでもちゃんと払いますから!」
「そうは言われましてもねぇ……」
必死に頭を下げる男性に、医者らしき白衣の男性は眉を顰めた。
「こっちもボランティアでやってるわけじゃないんですよ」
「そこをなんとか……お願いします!」
「あなたこのまえもそう言って渡した薬の代金、まだ半分しか支払ってませんよね?」
「そ、それは先生にも事情をお話したじゃないですか。今はお金がなくて……そちらも給料をいただき次第すぐにお返ししますので」
そう言って男性はまた頭を深々と下げた。
「カルロさん」
尋常ではない雰囲気が漂う二人のことがどうしても気になって、シエラはカルロを見上げた。
「うーん、話を聞いてみるだけならいいよ」
「わかりました!」
カルロは少し困った表情を浮かべたが、シエラの頑固さを思い出したのか少し呆れ気味に笑うとシエラの行動を許可した。
シエラは迷いの足取りで二人の元に向かって駆け寄って声をかける。
「あの、どうかされたんですか?」
「え? ああ、この男性が娘さんに薬を出して欲しいって言ってきましてねぇ」
シエラに声をかけられて医者は驚いた様子だったが、ため息をつくとシエラに状況を説明した。
「お金が出せないならお断りしますって何度も言ってるんですけど、何度も何度もしつこくて」
呆れ気味の口調で話をすると、医者は背中を壁に預けた。街並みと同じ白い壁の建物はどうやらこの男性の勤めている病院のようだ。おそらく院内で男性が騒ぎを起こしたので裏口から路地裏に引っ張り出したのだろう。裏口の磨りガラス越しにこちらの様子を伺う人の気配を感じた。
「娘が高熱を出したんです! 普通の薬じゃ効かなくて、だからもっといい薬を用意してほしいとお願いしたんです! でも出せないって言われて!」
冷静に話をする医者とは反対に、男性は感情的に大声をあげていた。目元にはうっすらと涙が溜まっている。
「いい薬っていうのはその分薬代も高くなるんですよ。あなた、今はほとんど無一文なんでしょう? 本当に払えるなら薬を処方してもいいですが、正直に言うとあなたには払えると思えないんですよね。前回の息子さんの分もまだなんだし」
「それは……クソッ」
医者に淡々と事実を告げられて男性は唇を噛んだ。今にも泣き出してしまいそうで、シエラはそっと目線を合わせて詳しい話を聞いてみた。
なんでも男性は数ヶ月前に息子が風邪をひき、この医者にツケで薬を処方してもらったらしい。しかしその薬代をまだ半分しか返せておらず、医者としてもこれ以上ツケてあげるわけにはいかないと、熱を出した娘の薬の処方を断られたそうだ。
「でもなんでまた無一文なんですか?」
「それが、その……恥ずかしい話なんですが、詐欺に遭っちまって……全財産持ってかれちまったんです」
「それなら騎士団に相談すればいいのではないですか?」
シエラは首を傾げる。
詐欺や殺人、なにかしらの揉め事が起きたときに対処してくれるのは騎士団だ。
今回の詐欺についても騎士団に相談すれば事件解決に動いてくれるはずだ。
「もちろん助けを求めたさ! けど、犯人を逮捕してそれでおしまいだったんだ! すでに俺から掻っ攫った金は使い切ってしまったらしくて帰ってこなかった! だからコツコツと働いて……でも娘に息子二人を育てるのにほとんどの金がなくなって、薬代に回せる金がなくて。それで……」
「薬を処方できないと言われたんですね」
「はい……」
感情的になった男性だったが、徐々に語尾に覇気がなくなると最後は力なく頷いた。
「今は親父のやっていた漁師の仕事の傍ら、ゴミ清掃や臨時の店番とかいろんな仕事を掛け持ちして働いてて、けどそれでも首が回らなくて」
奥さんは数年前に他界したらしく、男性は一人で小さな子供を三人育てているそうだ。睡眠時間を削ってでも稼ぎに行っているが、それでも食費などの生活費を払っていると薬代まで回せるお金が全然ないのだと言う。
「五歳の娘が毎日うなされてるんだ。はやく楽にしてあげたいのに薬を買うお金がなくて、先生に必死にお願いしてるけど……無理なもんは無理だって言われて」
「申し訳ないですが、たった一人にでもそういう特別待遇をしてしまうと私も私も、といろんな人が雪崩れ込んできてしまいますから」
「それは……わかってはいるんですが」
医者の言葉に男性は俯いた。
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