第26話 水の都
馬車に揺られて数日が過ぎた。
道中で度々魔獣や盗賊に襲われることもあったが、そこはやはりSランク冒険者と一緒ということだろうか。たいした脅威でもなく、怪我なく乗り切れている。
主な戦力はカルロであるが、もちろんシエラも黙って見ているだけではない。戦うたびに上がる機敏さで魔獣の懐に入り、カルロにプレゼントされた上質な武器で魔獣たちの急所を狙う。
素早さと急所を狙う的確さは確実に向上していた。
「もう少しで着きますよ」
御者が声をかける。
シエラがその声に反応して馬車から顔を覗かせると前方には白い大きな壁が聳え建っていた。
「ここは街の周囲を白い壁に囲われているんだよ」
「すごいですねぇ」
カルロの解説にシエラは感嘆の声を漏らした。
高さ何十メートル、横幅何千メートルとある真っ白な壁に多少の威圧感を感じつつも、その壁の美しさに目が惹かれる。遠くからでも目を引く白さは泥などで汚れることもなくその潔白さを主張していた。
そして壁の切れた向こう側には湖があるのが見えた。これだけ大きな街よりのはるかに大きな湖だ。さすがはこの国で一番の大きさを誇っているだけはある。
水の都、レスイ。この国の都市の一つで街の大きさはハビスカと同等。しかし湖の範囲も合わせればハビスカの倍以上の大きさだ。
ちなみにこの国には王が住む王都があり、それを除いて都市が五つある。そのうちの一つがシエラの育った街ハビスカ、そして今向かっている目的地のレスイ。
「観光客も多い街なんですよ」
「やっぱり湖を見にくる人が多いんですか?」
「そうですねぇ。他にも湖でとれた新鮮な魚を使った料理は人気です」
「魚料理!」
ここのところ肉料理ばかり食べていたので魚もいいかもしれない。
シエラはテーブルに並べられた色とりどりの魚料理を想像して、御者の言葉に目を輝かせた。
「ようこそ、レスイへ」
門番に歓迎されて馬車は白い壁の真ん中に建設された両開きの門を抜けるとそのまま街の中へ入っていく。
「わぁ」
門から街のシンボルらしき噴水まで続く大通りの両端には小さな水路があり、そこに綺麗な水が流れている。そしてその水は噴水までいくとぶわっと噴水のてっぺんから水を流していた。
「さすがは水の都と言われるだけはありますね……すごく綺麗」
水の都というのは人々が勝手につけた愛称ようなものだ。正式名称ではない。
しかしやはりそのような呼び方がされるだけはある。流れる水も、白で揃えられた建物の壁も、全体的に白と青で統一された街並みは圧巻的で、なにより美しい。
「ではここで」
「ありがとうございました」
御者に礼を言い、シエラたちは馬車を降りる。街の外に走っていく馬車を見送ってシエラたちは噴水の方を見た。
透明度の高い水が流れ続ける噴水の周囲には人集りがある。その多くは観光客のようだ。どこかの屋台で買ったらしいスティック状のなにかを持って楽しそうに噴水を見つめて話をしていた。
「あれ……なんでしょう? なんかいい匂いがしますけど」
「たぶん魚の切り身を揚げたものかな」
「薬草採取のまえにちょっとだけ食べていきません?」
「いいね、もちろん賛成だよ」
噴水広場から少し離れると、いくつかの屋台が並んでいる場所があった。そこには先程の観光客が持っていたスティック状のものがたくさん売られている。
「これを二ついただけますか?」
「あいよ」
店主にお金を払い、食べ物を受け取る。
串に刺されたものに齧り付くと、揚げたてなのか温かくて柔らかい。断面を見てみると白い切り身が見えた。
カルロの言っていた通り、白身魚を揚げたものらしい。ほどよく塩味が効いていて美味しい。スティック状に作られているのは街中を観光しながら食べるのに最適な形だからだろうか。
「お嬢さんたちも観光にきたのかい?」
「いや、それもありますが……ちょっと探し物をしていまして」
「湖の向こうにある山に行く予定なんだよ」
「湖の向こうって言うと……あの暗い森がある山の中に行くってのか? おいおい、悪いことは言わねぇ。それはやめときな」
美味しそうに揚げ魚を頬張るシエラたちに、店主は気さくに声をかけてきた。しかしシエラたちが山に行くことを伝えると血相を変えて首を横に振ってシエラたちを止めた。
「どうしてですか?」
「あの山にはAランクの魔獣がぞろぞろいるんだ。その上、最近じゃあ変な噂まで立っているから絶対やめておいた方がいいと思う」
わけを聞くと、店主は眉を顰めてそう言った。
魔獣がうろついているというのはヴィークに聞いた話通りだ。しかし変な噂とはなんだろうか。ヴィークとの話題には一度も上がってこなかった。
「変な噂とは?」
カルロも疑問に思ったのか首を傾げた。店主は頭をかいて、おれも聞いた話なんだがと前説を入れてから口を開く。
「なんでもこの前、力試しに山を登った冒険者がSランクくらいの大きな鳥が山頂付近で暴れ回っているのを見たそうなんだ。山自体が魔獣が多くて地元の人間も近寄らない危険な場所だっていうのに、そんなおっかないやつがいる場所には行かないのが身のためだよ」
店主の話を聞いて、うーんとシエラたちは唸り声をあげた。
ヴィークに頼まれた薬草は山頂に自生しているものだそうだが、この店主が聞いた話によるとその山頂付近にはSランクの魔獣がいる。
「魔獣に気がつかれるまえに私が収穫できれば……」
いくらSランク冒険者のカルロがいるとはいえ、危険な行動は避けるべきだろう。怪我なんてすれば冒険もなにもできなくなるのだから。
そう考えるとシエラの俊敏さを利用して魔獣をかい潜り、目的の薬草を収穫して早々に山から出る。これが一番いい作戦だと考えた。しかし、
「……シエラの力を認めてないとは言わないけど、一人行動は危険すぎる。それがSランクの魔獣相手ならなおさらね」
それは認められないとカルロに却下された。
「でも」
「オレたちはギルドなんだ。ならどんな相手でも一緒に行こう。一人より二人の方がもし戦闘になったときに勝ち目が上がる」
たしかにその通りだ。カルロとともに新しいギルドを発足して一週間以上が経ったがどんなときも一緒に行動して、戦法は違えどいつも一緒に戦ってきた。
ならばシエラ一人で行くよりも、今回もカルロとともに戦った方が勝率は高い。
「いやいや、お兄さんたちが冒険者だとしても危険だからやめときなって」
「すみません、ご忠告ありがとうございます。けど」
「これも依頼なので」
最後まで心配する店主に手を振り、その場を離れる。
「さっさと終わらせて観光の続きをしようか」
「そうですね」
カルロの言葉に頷いた。
ここは湖から取れた新鮮な魚を使った料理が売りの街だ。せっかく来たのに少ししか堪能できないのはあまりにも悲しい。
なのでヴィークに頼まれた薬草採取を早めに終わらせて、あとからゆっくりとご飯に景色を満喫したいものだ。
「まずは山に行く方法を考えないとね」
白身魚のフライで小腹を満たしたシエラたちはどうやって湖の向こうにある山に向かうかを考えていた。
その地のことは現地の人に聞くのが一番手っ取り早い。シエラたちは二手に分かれると街の人に声をかけて情報を集めていく。
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