第25話 依頼

 そんな風に食材について話をしていると、シエラの視界の先、風で揺れた木々の隙間に小屋のようなものが見えた。


「なんでしょう、あれ?」


 思わず声に出してしまった。


「え? ……なんだろう、誰かの道具を置いている小屋かな? どうせだしもう少し近づいてみる?」

「そうですね」


 昼食を食べ終わったシエラたちは小屋の見えた方に近づく。

 こんな森の中にあるということはやはりカルロの言う通り、なにかを置く小屋だろうか。それとも盗賊たちが根城を作っているとか。もしそうだったら大問題だ。被害が出る前になんとかしなければならない。


「わっ」

「思ったより大きいな」


 木々の隙間を抜けてシエラたちの前に現れたのは小屋というには大きな、家と言った方が正しいであろう木造の建物だった。


「誰かがここに住んでいるんだしょうか……?」


 盗賊の根城にしては随分と立派な建物だ。雨ざらしになって朽ちているというわけでもなく、丁寧に手入れをされているように見える。


「そう、みたいだね。別荘にしては不便な場所だし」


 家の周囲のいくつもの花が咲いていた。ここら辺ではあまり見ない草や花がたくさんだ。


「綺麗な花……」


 オレンジ色の花弁を満開に咲かせた花にシエラが近づき、そっと手を伸ばす。


「触るでないぞ」

「わっ!」

「っ!」


 急に聞こえた声に制されてシエラは動きを止めた。声のした方に顔を向けると六十代くらいのおじいさんが立っていた。


「いつの間に……」

「その花の茎には毒がある。触れたからといって死にはせんが、肌が爛れてしまうぞ」

「そ、そうなんですか。すみません」


 シエラは言われるがままそっと手を離した。


「あの、おじいさんはここに住んでるんですか?」

「ああ」

「なぜこんな森の中に? いくらランクの低い魔獣しかいないとはいえ危険ではないですか?」

「わしにはここがいいんじゃ」


 シエラの問いにそう答えたおじいさんは視線を花々に向けた。


「この花たちは薬草だ。人を救う回復ポーションの材料になる。しかし使い方を誤れば危険な、毒を持った植物もある。だからわしは一人で植物を育て、ここで薬を作っている」

「薬師さまなのですか」

「まぁ、そういう見方もあるかもしれんの」


 おじいさんは頷いた。


「わしはヴィーク。おまえさんたちは冒険者か?」

「はい。私はBランク冒険者のシエラ・クリスランです」

「オレはカルロ・サトレイジ。シエラと一緒に旅をしています」

「カルロ……ああ、あのSランクの冒険者か。たしかSランクのギルドのマスターをしていると聞いたが……ふむ。今は二人なのか」


 ヴィークはカルロをじっと見つめると思い出したよう頷くとそう言った。やはりSランク冒険者にもなると噂になったりして知名度が上がるのだろう。


「まぁ、色々とありまして。今はシエラと二人で気ままに旅をしています」

「そうか、せっかくなら中に入りなさい」


 ヴィークは優しい笑みを浮かべると扉を開けた。

 どうしようか迷ったが、毒のある花を触らないように忠告してくれたヴィークが悪い人には見えなくて、シエラたちは家の中に入った。

 通された部屋の壁には草が干されており、奥の作業台のようなものの上にはすり潰された薬草が独特な香りを放っている。


「これは疲労を回復してくれる薬草を使った茶だ。よければ飲んでみるといい」


 ヴィークはお盆に乗せて人数分のお茶を持ってきてくれた。目の前に出されたお茶をシエラは飲んでみる。


「あっさりしてますね」

「そうだろう、飲み口が軽くなるように何度も改良したからな」


 薬草を使っているというので苦いだろうとたかを括っていたが、意外にも薄味で後味もさっぱりとしていた。これなら子供が飲んでも苦いと文句を言わないだろう。


「ちなみに少し話をききたいのだが、旅というのはどこへ向かっての旅だ? 途中で水の都によることはあるのかの?」

「行き先はまだ決まってないんです」

「そうそう、自由気ままに旅をしようという方向性で。でもそんなことを聞くってことはヴィークさんは水の都に用があるんですか?」


 水の都。それはここからさらに東の方にある都市の一つだ。水が綺麗な街で近くにはこの国で一番大きな湖が存在する人気の観光地でもある。

 シエラは行ったことが一度もないので本や他人から聞き齧った情報しか持っていない。


「ああ、実はあそこでしか採れない薬草があってな。収穫に行きたい……のは山々なのだが、いかんせんわしは歳を取り過ぎた。長旅に耐えられる体ではない。だからもし寄るのであればわしの代わりに薬草を採取して欲しくてな」

「それはギルド組合にクエストとして発注すればいいのではないですか?」


 薬草の収穫はクエスト募集板でもよく見かけるクエストだ。

 ギルド組合に行ってクエストの発注をするだけで冒険者が収穫して持ってきてくれるのだから、お金にさえ困っていなければクエストの発注をした方が自分で取りに行くより簡単だ。


「ふぅむ、それも考えたのだが……あの薬草があるのは湖の向こうの山頂。高ランクの魔獣もうじゃうじゃいるような場所じゃて」

「なるほど、つまりクエストの難易度はAランク、いやSランクといったところですか」

「そうなるだろうな。だからちょうどいいタイミングでSランク冒険者が目の前に現れたからの、頼んでみようかと」

「オレはかまいません……けど、決めるのはシエラなので」

「えっ? なんで私が?」

「オレたちのギルドのマスターはきみだろう」

「そうだった!」


 カルロに言われて自分がギルドマスターだったことを思い出したシエラは驚いた。

 そうだった。今までの状況ではどちらがギルドマスターだとかのやり取りは必要ではなかったのでつい忘れてしまっていた。


「私はべつにかまいません! ただSランククエスト相当の依頼で私が役に立てるとは思いませんが……」

「大丈夫だよ、シエラはオレが守るから」

「なら安心ですね! 私も少しは強くなっているみたいですし、それにいい武器も手に入れましたし、なんでもできる気がします!」


 通常なら自身の冒険者ランクより高いランクのクエストを受けるのは危険だ。ギルド組合の職員にも止められてしまう。

 しかしシエラにはカルロがいるし、なによりシエラは強いというカルロの言葉を信じるならばおじいさんの頼みごとひとつくらい容易に応えてあげたい。


「ふむ、助かる。面倒をかけて悪いな」

「全然大丈夫です!」

「これはせめてもの礼じゃ。受け取ってくれ」

「礼って、まだなにもしてないのに」

「危険な場所に行けと言っているのだから、薬師が薬を渡すのは当たり前だろう。いい出来のものだから、これをお守りがわりにでもしてくれ」

「ありがとうございます」


 ヴィークから回復ポーションを受け取った。市販のものより透明度が高く、美しい色をしている。もしかしてこれは高級なものではないだろうか。


「じゃあ、次の目的地は水の都で決まりだね」

「はい! 待っててくださいね、ヴィークさん。すぐにとは行きませんが、ちゃんと目当ての薬草をゲットしてみせます!」

「ああ、無理はせんでくれ」


 ヴィークに見送られ、森を出る。

 シクの町に戻ると親父さんに礼を言い、シークと別れを告げると馬車に乗り込んで水の都を目指すことにした。



「さすがに歩いていくには遠いからね!」

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