第23話 こどもたち

「さすがに建物の中で火ィ使うんは怒られるんで外で炙りましょうか」

「えっ、私もご相伴に預かる感じです?」


 シークが当たり前のように言うのでシエラは首を傾げた。


「ここまで話聞いたんなら最後まで聞いてくださいよ。オレもたまには吐き出したい日もあるんすよ」

「そ、そっか。シークくんがいいのならいいんだけど」


 これはシークたちの家の問題なのでシエラが首を出すのはあまり良いことではないと思っていたが、シーク本人にそう言われてはしかたがない。

 干し肉を食べられる胃袋はないが、話を聞くことくらいならできる。シエラは星空の下、干し肉を火で炙るシークを隣の並んで彼の話に耳を傾けた。


「アンタは知らないのかも知んないけど、オレの親父は結構有名な鍛冶職人なんすよ。カルロ兄さんみたいなSランク冒険者の武器を何個も作ってるし、リピーターだって後を絶えない……凄腕の鍛治職人。それがオレの親父」


 ふぅとシークの口から吐き出された息が天へと昇っていく。


「オレの親父はまさしく職人気質な人間で、お袋が死んだ日も今日が締め切りの発注があるだとかなんだとか言って諸々の手続きを終えたらすぐに仕事に戻ってた」

「それは寂しいですね」

「いや……わかってら。お袋が死んで悲しいから、だからこそあのクソ親父は鉄を叩きやがったんだ。お袋の好きだった、鍛治職人としてその魂を送り出そうとしたんじゃないっすかねぇ」


 話をしながらシークは慣れた手付きで干し肉を裏返した。いい匂いが周囲に漂っている。


「親父の気持ちはわかってっから、べつにあの日のことを文句言うつもりはねぇぜ。けど、跡を継げってのは別の話だ」

「そんなに鍛治職人になるのがいやなんですか?」

「いや、じゃねぇ。ただ、親父の跡は継ぎたくない。だって……だって、オレは親父ほど腕がよくない」


 シークは苦しそうな表情でそう言葉を吐き出した。

 なるほど、シークは自分の実力が父親に敵わないとわかっているから跡を継ぎたくないと言い出したのか。シエラは納得したが、返す言葉が思いつかず黙ってシークの話に耳を傾けた。


凄腕鍛治職人の息子なんて言われても、オレには親父ほどうまく鉄を叩けねぇ。だから期待されたくないんすよ」


 父親が凄腕だからこその悩みなのだろう。

 炙った干し肉をあちちと食べるシークを片目に、シエラは心をキュと握り締められるような感覚に陥った。


「なんでアンタがそんな悲しそうな顔をしてんだよ」


 悲しい。たしかに今のシエラの感情を言葉で言い表すならその言葉が正しいかもしれない。

 だって、シークも親父さんも互いのことを嫌いあっているわけではないのだ。ただ、シークが凄腕の鍛治職人の父の跡を継ぐのを荷が重いと断っているだけで。

 互いに互いのことをこんなに思いやっているのに。


「ごめんなさい……私、こういうときにどんな言葉を言えばいいのかわからなくて」

「いや、べつにオレが愚痴りたかっただけだからアドバイスなんてさらさら期待してないっすよ。だから今夜オレが話したことは明日の朝には忘れちまいな。冒険者ってのは前を進むもんだ。後ろでゴタゴタしてるやつなんて放っておいていいんすよ」

「そうは言われても……わかってるよ、これは親子の問題で私が首を出すことじゃないって。けど、やっぱり放っておけないよ」


 親父さんはきっと心の中ではシークと仲良くしたいと思っている。それはシークだって同じはずだ。それなのに、ちょっと言葉足らずなせいでずっと喧嘩状態になっているのはあまりにも悲しい。

 きっと腹を割って話せばこのわだかまりも解けるかもしれないのに。

 シエラはなにもできない自分が悔しくて、ぽつりと言葉をこぼした。


「うわぁ、善良なひとー。優し過ぎて駄目なやつだ。困っている人を放っておけないタイプ。絶対面倒なことに巻き込まれるっすよ」


 シークから呆れ声が返ってくる。たしかにその通りなのかもしれない。困ってる人がいたらできるだけ助けてあげたいと思う。

 施設でも互いに協力して、助け合うということを散々学んだ。人は一人では生きていけないものなのだと、だから助け合う生き物なのだと教わった。


「それは……そうかもしれない。けど、どうせならみんな笑顔な方がいいじゃんって、そう思っちゃうのは私のわがままなんだろうね」


 シエラは困った顔で笑った。

 放っておいた方がいいこともある。それは理解できるが、それでも気にかけてしまうのはシエラの性分だ。もしシエラの選択で面倒に巻き込まれる道を選んでも、きっとシエラは反省することはあっても後悔することはないだろう。


「いい親に育てられたんすねー。オレは五年前にお袋が死んじまって片親になっちまったけど。アンタの両親はさぞ善性の人だったんだしょうね」

「いや、私に親はいないですよ。私が赤ん坊の頃にはもう施設で育てられていたし……ああでも職員さんたちがいろんなことを教えてくれたから、私にとっては職員さんたちが親みたいなものかな。みんないい人ばかりですよ!」


 シエラが笑顔を浮かべてそう話すと、


「……はっ」


 シークは自嘲のような、吐き出すように息を吐いた。


「やべぇわ。オレ思いっきり地雷を踏み抜いちまった」

「え? ……ああ、もしかして私に親がいないから気を遣ってくれてる感じですか? それなら大丈夫ですよ。全然気にならないし」

「いや、オレが気にするって……」


 シークはくしゃりと髪を潰した。

 本当に気にしていないのだが、どうやらシークにはこの手の話をさせるのは失礼に感じたようだ。

 たしかに施設の出であることを隠したがる人もいるし、あまり話題にしたくない人もいたが、シエラは本当に隠す気もこの話をすることにも悪い気分にはならなかった。

 みんなは親に育てられて、シエラは施設の職員たちに育てられた。たったそれだけの違いだ。

 職員おやの多さと孤児こどもの多さで言うと随分と大家族だというだけ。施設で過ごす日々はシエラにとって楽しいものだったので、なにも悲しいことではない。少なくとも、シエラにとっては。


「オレは勝手にアンタみたいな人は優しい親に育てられて、幸せだけを堪能して生きてきたんだと思ってた。そんなわけねぇよなぁ……世の中いろんな人間がいるってのに」


 シークは空を見上げた。つられてシエラも空を見上げる。頭上には数多の星がきらきらと輝いていた。


「私は比較的幸せだったと思うけど……職員さんも優しかったし、あそこで聞いた冒険譚は今も覚えてる。冒険者になりたくて、みんなそれを許してくれて。Bランク冒険者になったらカルロさんに誘われてギルドにも入れて……まぁ、このギルドは追い出されちゃったんだけど、今はカルロさんと一緒に美味しい魔獣狩りをしながら旅できてるし、なによりシークくんたちみたいな素敵な人たちと出会えた! だから私は自分の出世を不幸だなんて思いません」


 シークの方を向いてシエラは笑顔でそう言った。嘘偽りのない、シエラの気持ちだ。みんなには感謝しているし、楽しい冒険をできる今に感謝している。


「……はぁ、なるほどなぁ。いちおう警告しておきますけど、そういうのは誰にでも言っていいやつではないっすからね。カルロ兄さんがかわいそうだぜ」

「え? なんで急にカルロさんが?」


 シークとは親の話をしていたはずだが、シークはなぜか急にカルロの話を持ち出した。シエラは思わず首を傾げる。


「いや……うん、これは攻略難易度高いぞ兄さん……」

「シークくん? どうかしました?」


 そっぽを向いてぼそぼそとなにかを言ってるシークに声をかける。シークは苦笑しながらこちらを向いた。


「いや、なんでもないっす。てかそろそろ部屋戻りましょ。寝ないと疲労取れませんよ」

「シークくんは?」

「今やってる書類が終わったら寝ます。あと三十分くらいかな。ってことで、おやすみっす、シエラ姉さん」

「うん、おやすみシークくん……姉さん?」

「はは、どうせ姉さんになるんだからいいでしょ」

「?」


 先程からシークの話の意図が読めないのだが、もしかしてシークはもう少し寝ぼけ始めているのだろうか。それともシエラの方が眠気で頭が回らなくなってきてしまっているのかもしれない。

 シークの理解できなかった発言にシエラは首を傾げたのだが、シークはそれ以上話をしようとしなかった。

 シークはギルド組合に、シエラは鍛冶屋に戻って布団に潜りなおした。

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