第22話 こども

 聞こえてくるのは鳥の声。しかしそれは朝を告げる軽やかな口笛などではなく、ホーホーという近くの森に住むフクロウの鳴き声だった。


「食べ過ぎた……」


 夕食をご馳走になったシエラとカルロだったが、親父さんが随分と気合が入っていてたくさん作ってくれたのだ。

 そしてせっかく作ってくれたものを食べられないというのは忍びなくてついつい胃袋に無理をさせてしまったシエラは、己の未熟さにため息をついた。

 ちなみに言うとカルロは余裕で完食していた。さすがである。


「これも、なぁ」


 シエラは取り出したのはイデカイノシシの干し肉だ。なんでもこれは食べる直前に炙って香ばしい匂いと熱さを楽しむのがいいのだという。

 食後のおやつにと言われて出されたのだが、もちろんシエラの胃袋にそれが入るスペースはなく、干し肉だから期限が持つだろうと親父さんに半ば無理矢理押し付けられたものだ。


 まぁ、今食べることはなくても、翌日の朝ごはんにでも食べればいいだろう。

 シエラは布団から抜け出すと窓辺に座り、遠くから聞こえてくるフクロウの鳴き声に耳を傾けながら窓の外に視線を向けた。


「……?」


 昼間はあんなにも工房から火の熱と灯りが漏れていたのにもかかわらず、人が寝静まり工房の明かりも消えた町中は暗闇に満ちていた。そんな暗い町の中を誰かが走っているのが目に入った。


「誰だろ……というかなんでこんな時間に外に?」


 町中はみんな眠りについているのに誰かが起きて行動している。シエラは食べ過ぎた体を動かしたいものあって、こっそり鍛冶屋を抜け出すとその人物の影を追った。

 急ぎ早に先を進む影はとある建物の中に入っていく。その建物はまだうっすらとであるが明かりがついていた。


「ここは……」


 シエラが顔を上げた先にあるのはギルド組合シク支部だ。


「おじゃましまーす」


 誰かがここに入っていったこと、そしてまだ明かりがついていたことから誰かいるのは間違いない。シエラは遠慮がちにシク支部の中に顔を覗かせた。


「うおっ」

「あっ、シークくん」


 建物の薄灯の下で書類をいじっていたのはシークだった。

 突然入ってきたシエラに驚きの声をあげたと思うと、ため息をついた。


「なにやってんすか」

「いや、誰かがここに入ってくのが見えたので」

「……そうっすかねぇ? ここにはオレ一人、誰も来てませんけど」

「? いや、シークくんしかいないのなら、私が見たあの人影はシークくんだったんじゃないの?」


 シエラが首を傾げるとシークは鼻で笑って口を開いた。


「なに言ってんだか。オレはずっとここで仕事してたんすよ? 外をほっつき回る暇なんてねぇや」

「でもあの人影はシークくんの家から出てきましたよ?」

「はっ⁉︎ そんなとこから見てたのかよ⁉︎」


 暗闇の中を走る人影がシークの実家である鍛冶屋から出てきたことを素直に話せば、シークは驚いた声をあげて頭をかいた。


「まいった、随分と目がいいんだな、アンタは」

「まぁ……私は奇襲とか得意ですから。暗闇には慣れてるんです」

「そっすか」


 シークはそれだけ言うと手元の書類に視線を落とした。


「お仕事大変そうですね」

「まぁ、これはオレが好きでやってることなんで」

「本当に?」

「なんすか、急に。ほんとっすよ、ほんと」


 シエラをあしらうように、シークは適当に相槌を打った。


「それよりアンタははやく寝たほうがいいんじゃないっすか? 明日には短剣出来上がるんでしょ?」

「わぁ、私が短剣を作ってもらってることよく知ってるね!」

「あっ、いや、たまたま! たまたま話を耳にしたって感じで」


 シエラが驚きの声をあげるとシークは慌てた様子で手を振った。


「そっか。シークくん、こんな遅くまでお仕事してたら疲れませんか? お腹空いたりとか」

「べつに大丈夫っすよ」


 そう言った途端、シークの腹から空腹を訴える虫が鳴いた。


「……違うんすよ、マジで」

「よかったらこれ、食べて。私じゃ食べきれなくて」


 そう言ってシークに差し出したのは親父さんにもらった干し肉だ。人にもらったものを他人に譲り渡すのは少し失礼な気もするが、シークは親父さんの息子だしちょうどお腹を空かせているのだからこれくらいの失礼は許して欲しい。


「これは……いや、これはアンタがもらったんでしょ? ならアンタが食べればいいっすよ」

「私お腹いっぱい食べれない」

「……はぁぁ。そこまで言うならもらいます」


 言い返そうとしたシークだが、まっすぐにシークを見つめるシエラの瞳を見て折れてくれたのか、長いため息をついて干し肉を受け取った。


「じゃあ、私はもう帰りますね。といっても借りているお部屋ですけど」

「そっすか、おやすみさない」

「うん、おやすみさない」


 シークと挨拶を交わし、ギルド組合から出ようとする。


「待って」


 しかしシークに呼び止められてシエラは足を止めた。


「あー、いや……その」


 シエラを呼び止めたにもかかわらず、シークは次の言葉が思いつかないのか頭をかいて言葉を詰まらせた。


「……これがオレの好物だって、アンタ知ってたでしょ」

「え? まぁ、うん。これはシークの好物でなぁ。昔は毎日のように作ってくれとせがまれたわいって親父さんが言ってので」


 シークの言葉に頷くと、


「はぁ、あのクソ親父なにをそんな昔のことを……」


 シークは頭を抱えてため息をついた。


「シークくんの話をしているときの親父さん、楽しそうでしたよ。顔を合わせては喧嘩ばかりしてるって言ってたけど」

「そうっすよ。あのクソ親父は顔を合わせるたびに跡を継げ跡を継げってうるさくて。本当にギルド組合ここを出禁にしたい」

「本当に?」

「……その目、やめてもらえます?」


 毒づくシークに目を合わせて首を傾げただけなのだが、シークに目をそらされてしまった。


「えっ、なんかごめんね」

「いや……アンタはなにも悪くねぇや。ただ……なんかアンタにはオレのついている嘘が見破られてるみたいで怖くなったというか」


 シエラが素直に謝るとシークは気まずそうに目線を下げた。


「嘘って? もしかして親父なんて大嫌いだぜっていうキャラを演じてるとことか?」

「そんなキャラ演じてるつもりはないんすけど。まぁ、たしかに言うほど親父のことを嫌ってないってのは合ってっけど」


 そう言ってシークはため息をついた。

 親父さんが言うにはシークは実家に帰ってこないそうだが、今日は少しの間でも家に帰っていた。本当に不仲なのなら、一瞬とはいえ家に帰ることはないだろうという勘だったのだが、合っていたようだ。

 と、家に帰っていたところを実際にこの目で見たというのもあるが、正直な話、親父さんがシークのことを嫌っていないように、シークも父親を嫌っているように見えなかったというものある。

 二人は本当に、ただ口下手なだけな親子なのではないだろか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る