第21話 イデカチキンフルコース2

「……」


 スープの中にはイデカチキンの身が柔らかくなるまで煮込まれている。そしてイデカチキンの邪魔をしない程度に野菜が小さく切り込まれて入っていた。スープの表面を金色に輝かせているのはイデカチキンの油分だろうか。

 肉が多く入っているにもかかわらず、すっきりとした後味で味付けも丁寧に仕上げられている。

 食べる前は少し小さ過ぎるのではと思った野菜はこの小ささだからこそイデカチキンの魅力を存分に掻き立てていた。


「おいおい、カルロちゃん。ちょっとがっつきすぎじゃないかい? 大食いなのが悪いこととは言わないけどさ、アンタの好きな子、引いちゃってないかい?」

「シエラはそんな子ではないよ。とても優しい子なんだ」

「本当に? その割にはなんか……さっきから黙り込んでるけど」


 シエラの視界に店主がカルロの脇をこ突いてなにかひそひそと話し込んでいるのが見えたが、今のシエラにはそんなことはどうでもよかった。


「これ――」

「?」


 シエラが口を開くとカルロたちは不思議そうに首を傾げる。

 シエラはすぅっと息を吸って、


「作り方教えてください!」

「……え?」

「……だ、だっはっは! なんだい、そういうことかい! いいよ、作り方くらいいくらでも教えてあげるさ」


 勢いよく頭を下げると、カルロからは困惑の声。店主からは豪快な笑い声が聞こえてきた。


「そんなにこのスープが気に入ったのかい? ええっと、シエラちゃんだったか」

「はい、カルロさんと一緒に旅をしているBランク冒険者のシエラと申します!」


 店主の問いにシエラはきらきらと目を輝かせて元気よく名乗りを上げた。


「こんなに見た目は素朴……なのに奥が深い味わい! ぜひとも作り方を知りたいです!」

「そうかいそうかい、そんなに褒められると悪い気はしないねぇ」


 シエラが口にしたイデカチキンを使ったスープは美味しかった。あまりの美味しさに言葉を忘れてしまうほどだった。だから作り方を教わって、ぜひとも自分でも作ってみたいし、これから先に出会うであろう魔獣の肉で同じようにスープを作ってみたい。今のシエラはそんな思いに駆られていた。


「シエラちゃんは料理上手ないいお嫁さんになりそうだね」

「いえ、冒険が好きなので今のところどこかに嫁ぐ予定はありません!」

「そ、そっか。そうかい、それもまぁ、いいんじゃないかい」


 作り方を教えてくれるとのことで内心小躍りしそうなほど喜んで、元気よく答えたシエラの言葉に店主は少し申し訳なさそうな表情をしてカルロを見た。カルロはどこか元気がないように見えるが、もしかして食べすぎてお腹が痛くなったのだろうか。


「シエラの好きなようにすればいいと思うよ、うん」

「ヘタレめ」


 店主はまたカルロとこそこそと話をし始めてしまった。本当に仲が良さそうだ。

 しかしこの店の店主は気前がよく、随分と話しかけてくれるので懐いてしまうのもわかる気がする。もしシエラにも母親という存在がいれば、彼女のような気さくな人でちょうどいい距離感で仲良くできるものなのだろうか。残念ながらシエラに確かめる術はないが、きっとそうなのだろうと思った。冒険者の勘だ。


「じゃあ、作り方を教える前にデザートといこうか」

「ああ、バニラアイスイデカチキンの唐揚げ添え……唐揚げ添え、ですね」


 だめだ。想像がつかない。名前のままだとすると、バニラアイスの上にイデカチキンの唐揚げがのっている、という感じそうだが……


「はい、おまたせ。イデカチキンの唐揚げを添えたバニラアイスだよ」

「わ、わぁ」


 店主が持ってきたデザートに思わず驚きの声が漏れる。

 イデカチキンの唐揚げ添え。名前からしてイデカチキンの唐揚げがあることはわかっていたし、割と想定内の、バニラアイスの上にイデカチキンの唐揚げがのっているデザートだった。ただ想像外だったのは、その唐揚げが拳大の大きさだったということ。


「で、デカ過ぎる……」

「ほら、はやく食べないとアイスが溶けちまうよ」


 店主に促されてシエラはスプーンをデザートに伸ばした。

 イデカチキンの唐揚げは揚げたてのようで、隣接するアイスはもう溶けている。はやくしなければすべて溶けてしまうのは時間の問題だ。

 見た目のインパクトのせいで少し気後れしたが、シエラは覚悟を決めるとぱくっと唐揚げを口の中に放り込んだ。もちろん一口で入りきる大きさではない。なので少しずつわけて食べていく。


「あっ、意外と……合う……」

「見た目はすごいが美味しいな」


 唐揚げは塩で味付けしただけだろうか。シンプルな塩味がアイスの甘さを引き立たせていた。

 甘い、しょっぱい。熱い、冷たい。いろんな感覚が口の中で踊る。あの見た目でなぜこんなに美味しいのか不思議ではあるが、アイスが解けないうちにはやくはやくと食べきってしまった。


「あの斬新なデザートには驚きましたね」

「そうだね、オレもさすがに少し驚いたよ」


 店主にスープの作り方を一通り教わったシエラは店主に礼を言うと、カルロと並んで店を出た。

 話題に上がるのはやはりあの斬新な店主オリジナルの創作デザートだ。見た目はインパクト大だが、いやだからこそ美味しいことに衝撃を受けた。


「お腹いっぱいになったし、次はどこへ行こうか。と言ってもここにあるのはほとんどが鍛冶屋ばかりだけれど」

「夜までは時間がありますね……一通り町の中を探検でもしてみますか?」


 シエラの短剣が完成するのは明日だと親父さんが言っていた。そして夜は親父さんのうちに泊めてくれるらしい。なので昼食が終わると夜までは手持ち無沙汰になるのだが、変に町の外に出ずにあえて町の中を探検してみるものいいかもしれない。

 小さな町だから一日もあればすべて回れるだろう。


「いいね、町の中を散策するなんて子供の頃に戻ったみたいだ。気の向くまま歩いてみよう」


 カルロも肯定したことによって、シエラたちはシクの町中を歩いて見て回ることにした。

 槍専門の鍛冶屋や防御装備だけを専門に扱う鍛冶屋など、同じ鍛冶屋でも趣向や得意とするものが違って意外と面白い。

 食後の散歩も兼ねた町中探検を終える頃には日が暮れていた。


「そろそろ親父さんのところに戻ろうか」

「そうですね」


 カルロの掛け声でシエラたちは親父さんの待つ鍛冶屋に戻った。

 この鍛冶屋は一階が鍛冶屋の工房で、二階が住宅スペースになっているらしい。シエラは二階の部屋の一室を借りることになった。


「カルロはシークの部屋でも使ってくんな」

「シークくんは帰ってこないんですか?」

「ん? ああ、あいつ、どうもギルド組合の建物に住み込んでるみてぇでなぁ。久しくこの家には帰ってこねぇんだよ」

「寂しくないんですか?」

「寂しくはありゃしねぇさ。あっちに逝っちまった家内とは違って、組合に行けばシークには会える。まぁ、いやな顔はされるがな」


 ガハハ、と豪快に口を開けて笑う親父さんだったが、その目はどこか寂しそうだ。


「そうですか……」


 他人の家庭に踏み込むものではない。とくに、家族を持たぬシエラになにができる。

 シークたち親子には仲直りしてほしいものだが、シエラにはなにもできずに布団に潜った。

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