第20話 イデカチキンフルコース1
「こんにちは、ちょっとイデカチキンの肉を取ってきたんだけど、調理できる?」
カルロは大衆食堂の戸を引くと顔を覗かせて馴染みらしいふくよかな女性に声をかけた。
「ああ、カルロちゃん! 久しぶりねぇ……ってあら、アタシの耳が悪くなったのかしら? 今、イデカチキンの肉を取ってきたって聞こえたわね」
「そう言ったよ?」
店主らしき女性はカルロを見て笑顔を浮かべたあと首を傾げた。
「カ、カルロちゃん……アンタ、仕事が忙しかったんじゃないのかい? なんでまたイデカチキンの討伐なんて……?」
店主は不思議そうにカルロを見た。
先程シークも驚いていたところを見るに、この町の人のカルロに対するイメージはSランク冒険者でいつも仕事に追われているというものだったのだろう。シエラも一緒に旅をしなければカルロが大食漢なことを知ることはなかっただろうし、あんなにも目を輝かせて旅を満喫する人だとは思わなかった。
気さくで愉快で、でも冷静で頼り甲斐のあるギルドマスター。それがカルロに抱くシエラのイメージだったのだから。
「ああ、オレはギルドを抜けたんだ。だからもう仕事に追われる日々は来ないだろうね。だから安心して冒険できるんだ。そしてその冒険のおまけにイデカチキンを討伐したからぜひとも調理して欲しいのだけど」
「ついで……って。さすがはSランク冒険者だねぇ。強くて羨ましいよ。アタシも昔は冒険者を目指していたときが――ギルドを抜けた⁉︎」
困り顔で笑った店主は納得したのか頷いた。しかしただ単にカルロが重要な話をさらりと言うものだから聞き流してしまっただけらしい。時間差で店主は驚きの声を上げた。
「な、なな、なんで? なんでまた急に……ああ、いや、やっぱり言わなくていいよ。なんとなく察しはついた。どうせ仕事が抱えきれなくなって逃げ出したんだろう? このヘタレ」
「ヘタッ⁉︎ それは心外だな」
動揺してカルロに詰め寄ろうとした店主だったが、カルロの心情を察したらしくすぐに落ち着きを取り戻してそう言った。
「そうかい? アンタいつも同じギルドの――」
「ちょ、ちょっと待った! それ以上はやめてくれ!」
「あん? なんだい、べつにいつもみたいにアンタのヘタレた恋バナ」
「なんでもない、なんでもないからね!」
店主とカルロが仲良さそうに話していると思っていたら、カルロに急に耳を塞がれた。
「ああ、その子が……へぇ」
なんて言っているかはわからないが、店主はシエラを見てにやにやとしている。
どこかに土でもついたままになっているのだろうか。カルロに耳を塞がれながらも軽く服装が汚れていないかチェックしてみる。とくに汚れがついているわけではなさそうだ。
「もう……いい加減にしてくれよ」
「照れちゃってまぁ」
なにやらカルロと話している店主はくすくすと笑う仕草を見せた。
「イデカチキンの調理は頼めますか⁉︎」
「はいはい、任せなさいな。ところでアンタはいつまでその子の耳を塞いでいるんだい」
「あっ……ごめん、シエラ、大丈夫?」
「へっ? はぁ、大丈夫ですけど……あの女性とどんな話をしていたんです?」
急に耳を塞がれたことに驚きはしたが、二人は随分と仲が良さそうだったのでなにか聞かれたくないような積もる話でもしていたのだろうか。シエラは疑問に思ってカルロに尋ねた。
「シエラが気にするようなことではないよ。ただの世間話さ」
「そうなんですか」
カルロの笑顔に応えるように笑顔を見せるシエラにカルロはこっそりため息をついていた。
「はぁ、どうして女の人はこうも人の色恋沙汰に興味を示すんだ……」
「カルロさん? あっちの席に案内されたんですけど……行かないですか?」
「ああ、今行くよ」
なにやら疲れた様子のカルロに声をかけると、カルロは苦笑してシエラが案内された席に向かった。
「これがイデカチキンの照り焼きだね。ハビスカの名物だろう? うちのメニューにはないんだがちょっと真似して作ってみたんだよ。で、こっちはイデカチキンを煮込んだスープ。照り焼きの味付けが濃いから少し薄味にしてみたんだ。で、これはイデカチキンの肉をほぐしてご飯と一緒に炊いた炊き込みご飯。そして最後にデザートのバニラアイスイデカチキンの唐揚げ添えだよ」
「バニラアイスイデカチキンの唐揚げ添え⁉︎」
美味しそうな料理が並んでいるなと思いながら店主の話を聞いていたら、想定外過ぎるイデカチキンを使った創作料理の話をされてシエラは驚きで開いた口が塞がらなかった。
なぜ甘いバニラアイスにイデカチキンの唐揚げを添えようと思ったのか。というよりそれはもうデザートと言っていいのだろうか。
シエラの頭の中でイデカチキンの姿がくるくると愉快に回る。
「どれも美味しそうだね。じゃあシエラ、さっそくいただこうか」
「そう、ですね……イデカチキンの唐揚げ添え?」
今だ想像もつかない店主の創作デザートに若干の恐怖を覚えながら、テーブルの上に並べられたイデカチキンの照り焼きや炊き込みご飯、スープをいただく。
「んっ、ハビスカのものより濃いめの味付け……カルロさんがこの町は全体的に味付けが濃いって言ってましたけど、こういうことだったんですね」
「美味しいだろう?」
「はい!」
照り焼きのソースは濃いめの味付け。しかし炊き込みご飯を口に含むと照り焼きの濃さは少し中和され、出汁の効いた炊き込みご飯の香りが鼻腔をくすぐる。
「どれも単体で食べても美味しいですね」
「そうだね」
「いや、はやっ」
ぱっと顔を上げたシエラの視界に映ったテーブルの上の料理はもうすでに半分がなくなっていた。カルロが美味しそうに次から次へとその体に収めていっていた。
「相変わらずいい食べっぷりだねぇ。ほら、おかわりあるからね」
カルロの食べる勢いに負けじと店主も次々におかわりをテーブルの上に並べていった。
「はは……」
今日もカルロの食欲は健在そうでなによりだ。シエラはあくまで自分のペースで食べていこうと、減っては追加される光景を視界に収めながらスープに手を伸ばした。
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