第19話 行きつけの鍛冶屋
はやくご飯が食べたいシエラだったが、カルロに頼まれて先に少しだけ行きつけの鍛冶屋に顔を出したいらしい。
左右を鍛冶屋に囲まれた光景を奥へ奥へと進んでいく。
「ここにオレの行きつけの鍛冶屋、さっきギルド組合にいたシークの親父さんがやってる鍛冶屋があるんだよ。あの親父さんはこの町でも一番って言われるくらいには腕がよくてSランク冒険者も多く通い詰めてる鍛冶屋なんだよ」
「そうなんですね」
カルロの説明にシエラは頷いた。
Sランク冒険者も愛用するほどの鍛冶屋となればさぞ高いんだろうなーと思いながら歩いていると二階建ての鍛冶屋に着いた。
「親父さん、こんにちは」
カルロはなんの躊躇いもなく鍛冶屋の戸を叩くと中に顔を覗かせた。
「ああ、カルロか。なんだ、久しいな、武器のメンテナンスか?」
「そうそう。少し刃こぼれしてしまっているからメンテナンスをしてほしいんだ」
「あれ? 新しい武器を買うんじゃなかったんですか?」
ついシエラの口から疑問の声が漏れた。
鍛冶屋に来たのだから勝手に新しい武器を買いに来たものだと思い込んでしまっていたが、そうか。たしかに武器は定期的に職人にメンテナンスしてもらわないといけないこともあるので、鍛冶屋に行くからといってかならず新しく武器を買うわけではないのだ。
いつも鍛冶屋ではなく自分で短剣の手入れをしているシエラにとってはついつい鍛冶屋といえば武器を買うものだと勘違いしてしまった。それだけ鍛冶屋とは縁がないのだ。
「ああ、いや新しいのも買うよ。親父さん、オレの武器を直すついでに新しい短剣を作って欲しい。軽くて丈夫な女の子でも握りやすいサイズのものを」
「あいあい。カルロも年頃ってことかねぇ」
「そ、そういうのじゃないから」
鍛冶屋の親父さんは少し驚いた顔をしたあと、にやりと笑った。
カルロは少し顔を赤らめて首を横に振った。
「短剣……? カルロさんって剣以外の武器も使うんですね」
「ああ、いや……その、短剣はシエラにプレゼントしようと思ってね。頻繁に手入れはしているようだけど、随分と年季が入っているみたいだし新調した方がいいと思って」
「わ、私に⁉︎」
シエラは驚きのあまり大声を出してしまった。
カルロの気持ちは嬉しいのだが、Sランク冒険者が通い詰めるという腕のいい鍛冶屋で武器を作ってもらうなんて請求書の金額が恐ろしくてたまらない。
「ああ、これはオレからのプレゼントだからもちろんお金はオレ持ちでいいからね」
「わかってらぁ。はなからおめぇさんの剣のメンテナンス代と一緒に計算させてもらうつもりだ」
「い、いやいや!」
いくらプレゼントだとしても、いやプレゼントならなおさらシエラの使う短剣の金額を払ってもらうのは申し訳ない。
シエラも使うならともかくシエラしか使わない武器にカルロのお金を使わせるわけにはいかない。そう思い、シエラは首をぶんぶんと横に振るが、シエラの武器を新調するのは決定事項のようで困惑するシエラを他所に、カルロと親父さんがどんな素材がいいかと話し合っていた。
「シエラはこだわりとかあるかい?」
「いっ、いえ! というか私は新しい武器とか大丈夫ですって!」
「じゃあ、親父さんのおすすめでいいか」
「任せな。大剣から槍、なんでも作ってきたんだ。その冒険者に合った武器を作れてこそ一流の鍛冶屋ってもんよ」
「私の話を聞いてない⁉︎」
何度も断ろうとするシエラを置いて、とんとんと話が進んでいく。
「シエラ、きみにはギルドで迷惑をかけた。そのお詫びだと思ってくれ」
「お詫びにしては高すぎる……」
たしかに最初はギルドを出ていけと言われて当惑した。しかしこれからは自由気ままに生きようと考え方を改めたところ、ギルドの追放はシエラにとってそこまで悪いことではないと思っていた。
よく言えばタージャはシエラに新しい旅の始まりを与えてくれたのだ。感謝……はする気にはならなかったが、そこまで迷惑をかけられたとも思っていない。なのでお詫びなんてものは必要ない。
そうは思うのだが、お願いと言わんばかりの表情でシエラを見つめるカルロの圧に負けてしまい、シエラは言い返すことができなくなってしまった。
黙り込んだシエラを見て受け取ってくれると判断したらしいカルロと親父さんはまた話を続けた。
「カルロの武器のメンテナンスは今日中に終わるが……そっちの嬢ちゃんの短剣を新しく作るとなるとちと時間がかかる。完成は明日になるだろうから今日はうちに泊まっていきな」
「いつもありがとう、親父さん」
「なぁに、カルロには命を救ってもらった恩があらぁ。どの冒険者より優先してやんよ」
そう言って鼻をこする親父さんの言葉に、すべてを諦めたシエラは首を傾げた。
「命を救ってもらった……?」
「ああ、武器作りに必要な鉱石を取りに町の外に出たときに魔獣に襲われてな。そんときに助けてくれたのがカルロだったんだよなぁ。たしかまだAクラスのときか」
「親父さん、それはもう五年も前の話だけど」
「知ったことか、おりゃああのときのことは昨日のことのように覚えてら。絶賛シークが反抗期でギルド職員になるとか言い出した頃だったしな」
「今も反抗期な感じはしましたが……」
ギルド組合で見たシークを思い出してシエラはつぶやいた。
そうか、あれが反抗期というやつなのかもしれない。反抗期を迎えたことのなかったシエラは納得した。
「困ったことになぁ、おれもシークも話が下手なんだよ。だからいっつも顔を合わせりゃ喧嘩ばっかだ。これじゃああの世の家内に叱られらぁ」
そう言って親父さんは少し悲しそうに頭をかいた。
シエラには施設の職員が親代わりだったが、シークの親はもうこの親父さんしかおらず、親父さんにとっても奥さんに先立たれて唯一の家族がシークだけになってしまったのだろう。
それなら心配で必要以上に干渉したくなってしまうのかもしれない。そして二人して口下手ならそりゃあ喧嘩にもなるだろう。
「無理しないでくれよ。オレにできることがあれば協力するから」
「ああ、あんがとな」
カルロの言葉に親父さんは少しだけ笑顔を浮かべた。
「まぁ、辛気くせぇ話はここで終わりにしようや。それよりカルロたちは飯は食ったのか?」
「ああ、いや」
カルロが答えようとしたタイミングでぐう、とシエラの腹の虫が鳴った。
シエラは恥ずかしくて顔を赤らめる。
「す、すみません……」
「ははっ、おりゃあ腹減ってる嬢ちゃんを引き留めちまってたか。悪い悪い。ほら、カルロさっさと飯屋に連れてってやんな」
「ああ、うん。じゃあ親父さん、あとは任せたよ」
「おう、任せときな」
親父さんに笑顔で見送られ、シエラたちは鍛冶屋から出た。向かう先はカルロおすすめのお店だ。
親父さんは久しぶりと言っていたが、やはりこの町に通っている歴は長いのだろう。カルロは迷うことなく道を曲がっていくと目当ての場所にたどり着いた。
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