第18話 シーク

「邪魔するよ」

「どうもー、クエスト達成おめでとうございまーす」


 カルロが支部の中に入ると気の抜けた声が返ってきた。


「まだなにも言ってないのに……」

「いや、わざわざこんな町までクエストを受注にくるやつがいるわけないでしょ。ってことはここにくる道中でクエストをクリアした冒険者が報告に来たとしか思えない」


 カルロもシエラもまだクエストが終わったとは言っていない。なのにわかっていたかのような反応をされてシエラが不思議そうにつぶやくと男性、いやまだシエラと同じくらいの年齢に見える青年はすらすらとそう答えた。


「クエストを発注しにきた職人の可能性もあるけどね。ほら、剣を作るのに必要な材料を取ってきてみたいなクエスト」


 カルロの言葉に、シエラはたしかにそんなクエストをたまに見かけたなと思った。

 他の町では薬草探しなどのクエストの発注が多いが、やはり刃物の町は武器の材料探しのクエストの方が多く発注されるのだろう。


「いや、クエスト発注に来るやつら――この町の住人が礼儀正しいわけがねぇ。職人肌なのかなんなのかは知らねぇけど、ガサツなやつらばっかりなんで扉なんて蹴飛ばしやがるんすよ。だから丁寧に入ってくやつぁ冒険者だけでしょ」


 視線を手元の書類に向けたまま一向にこちらを見ない青年は毒づいて鼻で笑った。


「相変わらずだなぁ、おまえは」

「カルロ兄さんじゃないっすか」


 自分の働く町の住人を自虐的に言う青年に、カルロは少し呆れた声を出した。その声を聞いて初めて青年は顔を上げる。

 動作に合わせて色素の薄いブロンズの髪がさらさらと揺れて、髪で隠れていない方のぱっちりとした目とシエラの目があった。


「カルロさんはこの方とお知り合いなんですか?」

「ああ、オレの行きつけの鍛冶屋の息子なんだ。ただ親父さんに跡を継げと言われて反抗してるんだよ」


 シエラが尋ねるとカルロは頷いた。青年が不服そうに口を開く。


「なぁにが鍛冶屋だ。この町には鍛冶屋が腐るほどいんだからべつにオレが継ぐ必要なんてないでしょ。てかなにカルロ兄さん女連れてるんすか? まったく、モテる男は羨ましいぜ」


 そう言って青年はハッと鼻で笑った。

 たしかにこの町に鍛冶屋はたくさんあるが、そこまで言うなんて親子関係はあまり良くないのだろうかと他人事なのに思わず心配してしまう。


「シーク」

「カルロ兄さん、その名前で呼ぶのはやめてくれって。町の名前を誇りだとか誉れだとかでもじってつけられたオレの気持ちにもなってくれよう」


 シークと呼ばれた青年はため息を落とした。

 親につけてもらった名前を気に入っていないのはなんだか悲しいものだ。しかしそれもこれもシークが決めることであってシエラが関わるべきことではないのだろう。

 シエラは少し悲しい気持ちになりながらも口を挟まない方がいいなと口をつぐんだ。


「オレのことなんてどうでもいいっしょ。それよりクエストの報告に来たんでしょ? ほら、さっさとしましょ」


 シークに促されてシエラたちはイデカイノシシの角を提出した。

 この町のギルド組合は小さいからか、職員の数も少ない。受付にいるシークの他には支部の奥に二人が書類の整理をしているだけのようだ。


「はい、イデカイノシシの討伐クエストを確認ー。お疲れ様でーす」


 シークは角を受け取るとぽんとクエスト完了の判子を押した。


「ありがとう。じゃあオレたちは……」

「イデカチキンを食べましょう!」

「ははっ、そうだな」


 カルロの言葉に食いつき気味で言葉を紡いだシエラにカルロは笑う。

 恥ずかしい話だが、実は先程からお腹が空いていて我慢できなくなっていたのだ。はやくご飯が食べたい。


「い、イデカチキン?」

「ああ、ここにくる途中でクエスト対象のイデカイノシシとはべつにイデカチキンにも遭遇してな。店に出したら調理してくれるだろうと思って肉を取っておいたんだ」

「いつからワイルド系にジョブチェンしたんだアンタは!」


 シークは大声を上げた。

 イデカチキンはハビスカでもよく見る食材の一つだ。討伐したついでに肉を収穫しておいたことがそんなにおかしいのだろうか。


「イデカチキン美味しいですよ?」

「いや、美味しいけど! こういうのは普通自分で狩るもんじゃないだろ……いや、冒険者ならそれが普通、なのか? あれ、これはオレがおかしいのか?」


 自分で言い始めておきながら途中で混乱したらしく、ぶつぶつと言いながらシークは頭を抱えた。


「はぁ、まぁいいや。カルロ兄さんがこの町に来たってことは親父んとこに用があるんだろ? さっさと行けば?」


 なにが普通かわからなくなったらしいシークは思考を放棄したようでスッと元の表情に戻ると口を尖らしてそう言った。


「そう拗ねないでくれよ」

「拗ねてるわけじゃないっての」


 ツンとした対応をとるシークに送り出されて、シエラたちはギルド組合を出た。

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