第16話 怪しい男2

「はっ、はぁ」

「……? カルロ、さん?」

「危ない真似はよしてくれ……」


 感じるはずの痛みはいつまで経っても襲って来ず、ぎゅっと閉じた瞼を持ち上げると目の前にはカルロと床に伏したイデカチキンが転がっていた。


「助けてくれたんですか」

「当たり前だろう……はぁ」


 剣を地面に突き刺してカルロはため息をついた。

 シエラたちが怪我を負わずにすんで安心したようだ。


「さすがはSランク冒険者ですね!」

「ですね! じゃないからね?」

「うっ、すみません……」

「そうそう、あんまりこの子を責めないであげてよ。悪いのは音を立てちゃったオレなんだし」


 シエラを叱るカルロの間に男性が割り込んできた。

 黒い髪に少し大きめのカバンを背負った細身の男性はまぁまぁと大袈裟にカルロを宥める。


「いや、オレはべつに本気で怒っているわけでは……ただシエラのことが心配で」

「わかってる、わかってる! 向こう見ずなところが心配になるんだろ? オレみたいな誰かもよくわからない人間なんかのために身を挺して助けようとしていたもんね、この子」

「いや、でも無意識的に動いちゃって……すみません」


 実力が伴わないのに大胆な行動に出るのは危険なことで、勇敢というよりも命知らずと言った方が正しいだろう。

 しかしシエラはだからといって目の前の困っている人を放っておけるほど非情にはなれなかった。


 向こう見ず、たしかにその通りだ。シエラは自身の実力の低さを自覚していたからこそ、カルロに心配させたことを申し訳なく思い素直に頭を下げた。


「ああ、いや、反省してるならいいんだよ。誰にでも優しいところはシエラのいいところでもあるからね」


 頭を下げたシエラにカルロは少したじろいで顔を上げるように言った。

 こうやって叱りながらもナチュラルに相手を褒めてくれるのはカルロのいいところだと思う。


「優しい……優しいねぇ。オレみたいなやつのことを助けてくれるし、本当にきみは女神みたいだね」

「め、女神? いや、違いますけど……」


 男性の言葉にシエラは困惑しながら否定する。

 べつにシエラはそんなつもりはなかったのでどう返事するのが正解かわからない。


「……ふふ、例え話だよ。かわいい子だなぁ」


 どこか恍惚とした表情でシエラを見つめる男性の前に割り込むようにカルロが立ち塞いだ。


「きみは冒険者……には見えないけど、なんでこんなところにいたんだい? 普通、ここら辺の街の間を通るときは馬車を使うのが主流だと思うのだけど」

「オレ? オレはあれだよ、商人ってところかな」

「ほんとかぁ?」


 飄々とした態度の男性にカルロはジトリと疑いの目を向けていた。

 先程まで死の危険があったというのに、男性は恐怖に縮こまっている様子はなく、むしろどこか上機嫌そうにも見える。

 冒険者でない者が死んでしまいそうな場面に出くわしたら、普通はトラウマになってもおかしくないと思うのだが、男性は気にしている様子はない。


「まぁまぁ、たぶん昨日の商人さんたちとはぐれた方なんじゃないですか? 昨日の商人さんたちは目的地が同じ商人さんと一緒に行動しているって言ってたし、この方も途中まで一緒に行動していてはぐれてしまったんだと思います」

「そうかな? 商人にしては荷物が少なすぎる気がするんだけど……」


 当然のことだが商人は街の人よりは外に出る機会が多い。なのでこうして移動の最中に魔獣に襲われることが度々ある。

 とくに魔獣が多いエリアを移動するときなどはクエストを発注して冒険者に護衛を頼んでいる者もいるくらいだ。だからもしかしたらこの男性は今までにも何度か先程のような危機的状況に陥ったことがあるのかもしれない。慣れとは恐ろしいものである。


 しばらく訝しんでいたカルロだったが、この状況で嘘をついても意味がないだろうと考え直したのか、そっかと言うと視線を男性から逸らした。


「オレはハビスカって街に行きたいただの行商人、クウェル。きみは?」


 シエラとの間に立つカルロを避けてクウェルはずいっとシエラに顔を寄せた。突然近まった距離にシエラが驚くと、すかさずカルロがクウェルをシエラから引っぺがした。


「この子はシエラ。オレはカルロ。ハビスカはあっちの方向だ。ここら辺は変に森に入らない限りはそうそう魔獣は出ないだろうから気をつけて行きなさい」


 カルロはジトっとクウェルを見つめながら矢継ぎ早にそう言うと、さっさと行けと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 距離感が近い人の相手をするのは苦手なのだろうか。カルロが誰かを苦手そうにするなんて珍しいなとシエラは思った。


「カルロ! あのSランク冒険者のカルロか! すごいな、まさかこんな道ばたでSランク冒険者に会えるとは。オレってば運がいいね」

「そうか、それはよかったね。じゃあ、気をつけて。シエラ、行こう」


 カルロはやはりさっさとこの場を去りたいらしい。大袈裟に喜ぶ男性を適当にあしらってシエラの背を押すと目的地の町の方へと歩き出した。


「いくらなんでも冒険者でもない方を一人で放っておくのは……」

「大丈夫だよ、ここら辺は魔獣が少ない比較的安全な場所だから。変な好奇心で森の中に入らない限りは危険は少ない」


 たしかにそうなのだが、先程のように森を抜けて狩りを行いにきた魔獣に襲われる可能性はゼロではない。もしクウェルがそれに慣れているとしてもこのままさようならをするのはさすがに気が引けた。


「え、ええ……じゃあ、せめてこの回復ポーションを持っていってください。お気をつけて」

「ありがと、シエラちゃん」


 クウェルの目的地はハビスカ。シエラたちとは正反対にある街だ。なので護衛はできないが、せめてお守り代わりにでもなって欲しいと思って回復ポーションを手渡した。

 それをクウェルは嬉しそうに受け取って笑った。


「おっと、そう怖い目で見ないでくれよ。恐ろしくって泣いちゃう」


 シエラとぐっと距離を縮めたクウェルを、カルロはシエラの背後からジッと睨みつけた。

 しかしその睨みはクウェルには効いていないようで泣いちゃうなどと言いながらもくすくす笑っていた。


「じゃあ、その親切なお兄さんがハビスカの方角を教えてくれたことだしオレはもう行こうかな。シエラちゃんこそ気をつけて旅してね」

「はい、さようなら!」

「うんうん、バイバイ!」


 クウェルはシエラに手を振るとハビスカの方へ向かって歩いて行った。

 馬がいないのでハビスカに到着するのは少し時間がかかると思うが、カルロが大丈夫だと言ったし、クウェル本人も大丈夫だと言っていたので気にしなくてもいいのだろう。


「なんというか、人懐っこい男性でしたね」

「そうかな? シエラにだけな気もするけど……」

「はい?」


 カルロがぼそりとつぶやいた声が聞き取れなくて聞き返すが、なんでもないといってはぐらかされてしまった。

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