第15話 怪しい男1
「ここでいいか」
日も沈み始めた頃、カルロがちょうどいい場所を見つけてそこに野宿することになった。
ここは比較的盗賊の出現が少ないのでそこまで慎重になる必要もないだろう。
「晩御飯は……」
「用意してあります」
「本当か⁉︎」
野宿の用意が終わったカルロの言葉にシエラがそう返すと、カルロは嬉しそうにシエラを見た。
「実は昼間のうちにもう一品用意しておいたんです」
そう言ってシエラが取り出したのはイデカイノシシの肉を使ったハンバーグだ。道端には食べられる草もたくさん生えていた。それを収穫して肉と混ぜ合わせて味を整えて焼いたものだ。
ハンバーグにすることで肉が少なくても野菜などでかさ増しできる。
「もう焼き上がっているので温め直すだけで済みますよ」
「助かるな、ありがとう」
焚き火を起こし、出来上がったハンバーグを温め直す。パンがないのでおかずだけになってしまうが少しばかり残念である。
ハンバーグをパンに挟んで食べるのもいいかもな、と思いながら星の輝く夜空を視界に収めてシエラは眠った。
鳥の鳴き声で目を覚まし、近くの小川で顔を洗うと移動を再開する。
眠っている最中に魔獣や盗賊に襲われることはなく、じゅうぶんに休むことができた。体力も回復して元気いっぱいだ。
「あと二時間もあれば着くはずだよ」
「町についたらまずはなにか食べたいです……」
討伐したイデカイノシシの肉は昨日のうちに食べ切ってしまった。なので今日は朝食を取ることができない。その分、昼食を兼ねて町でたくさん食べようと思ってはいるが、それまで空腹に耐えられるだろうか。
「目的の町は職人が多い町だからどの店もボリュームがあっていいよ」
「カルロさんの言うボリュームがあるはいったいどれだけの量なんでしょう……?」
「いや、普通だと思うけど……まぁ、男性の職人が多いからボリューミーで提供までの時間も早い、いいところだよ」
「そうなんですか」
働いているとお腹が空く。だから職人が多い町の料理のボリュームが多いのは納得だ。しかし大食漢なカルロがボリューミーなどと言うとシエラの想像以上の量なのではないかと勘繰ってしまう。
「味付けが濃いものも多いけど……シエラは味が濃くても大丈夫?」
「私は大丈夫です! おいしいものならなんでも好きです!」
「そっか、よかった」
カルロと談笑しながら歩いていると、のどかな光景に突如として大きな鳥が見えた。特徴的な毛並みとその体格からしてイデカチキンのようだ。
「おっ、狩って食べるか?」
「いいですね……って、あれ誰か襲われてませんか⁉︎」
呑気にイデカチキンに近づいていたシエラたちだったが、どうやらイデカチキンは誰かを襲っている最中らしい。
岩陰から人の足が見える。なんとか岩場に潜ってイデカチキンの攻撃を避けているようだ。
「シエラ、オレが先に斬りかかる」
「はい!」
カルロはそう言って先に走り出した。
サポート型のシエラは奇襲を得意とするため正面から突撃するのは得策ではない。それに比べてカルロは攻撃型だ。攻撃力はどう考えてもシエラより高い。正面からぶつかる戦術は得意なのでそのままイデカチキンとの距離を縮めていた。
しかしカルロが攻撃するより先にイデカチキンが背後から近づくカルロの存在に気がついて少し飛んで避けた。
「イデカチキンは鳥だけど短距離しか飛べません!」
「ああ!」
イデカチキンは生物的には鳥に分類されるが、長距離を飛べる翼を持たない。飛べても精々五メートル程だと言われている。なので空中から攻撃してくることはないだろうが、翼より発達したイデカチキンの足に蹴られでもすればよくて骨折、悪くて内臓破裂するという話だ。
ランクもイデカイノシシより高いAクラスのものが多く、一見イデカイノシシより弱く見られがちだが本当はイデカイノシシより凶暴なのだ。
「大丈夫ですか⁉︎」
イデカチキンの意識をカルロが引き寄せている間にシエラは岩場に隠れた人に駆け寄った。
「あ、ああ。うん、大丈夫だよ」
岩場に隠れていた男性はかすり傷を負っているものの、たいした怪我はしていないようだ。意識もはっきりしている。
「カルロさんがイデカチキンの注意を引いているうちにこの場を離れましょう」
シエラはそう言って男性に手を差し伸べる。
ここは岩場だ。大小様々な石が絶妙なバランスで作り上げた空間はいつ崩れるかわからない。
一番いいのはカルロがイデカチキンを倒すことだろうが、昨日のように追い詰められた魔獣が急にターゲットを変える可能性がある。
なので男性を安全な場所に移動させてからイデカチキンを攻撃するつもりだった、のだが。
「あっ」
男性のしまったと言いたげな声が聞こえたかと思うと、岩場を抜け出した男性は思いっきり足元に転がっていた枝を踏んだ。
――ばきり。
男性に踏まれた枝が音を立てて真っ二つに折れる。
「あー……ごめん」
音に反応したのだろう、カルロに向き合っていたはずのイデカチキンはシエラたちの方を向いていた。血走った目がこちらを見つめている。
「シエラ!」
カルロがシエラを呼ぶ声がイデカチキン越しに聞こえる。
しかしその声をかき消す勢いでイデカチキンは走ってきて、シエラたちに向かって足を振り上げた。
「っ!」
死を悟ったのか、男性は棒立ちのまま動かない。シエラはべつに防御を得意としているわけではなかったが……庇わずにはいられなかった。
男性を庇うように立つシエラの頭にイデカチキンの足が勢いよく振り下ろされる――。
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