第10話 ハビスカ観光

「ご馳走になってしまいましたね」

「そうだね。べつにお金に困っているというわけではないんだが……シエラの人徳だろうね」

「そう、なんですかね?」


 人徳というよりただ店主たちの気前が良かっただけではと思ったが、わざわざ答え合わせなどできずにシエラは街の中を歩く。

 普段暮らしている街ではあるが、食後の運動も兼ねてハビスカを観光しようという話になったからだ。


「いやぁ、いつもは往復を繰り返しているだけの街中をこれだけ自由に歩き回れるなんて……やっぱり自由っていいなぁ」


 カルロはしみじみとそう言った。

 シエラも今一度見慣れたはずの街中をじっくりと見てみる。

 いつもはなにも気にしていなかった光景が、またべつのものに見えるのはギルドを抜けたからだろうか。

 行き交う人々が、クエストに行こうと意気込む冒険者たちが、棒切れ片手に遊んでいる街の子供が、そのすべてが輝いて見える。


 ギルドに所属するのは多くの特典を得られていいことだと思う。けれど、いつの間にかギルドのこと以外に目を向けることが少なくなっていたようだ。

 低ランクだからこそギルド組合からミッションを任命されることなく、人数も少ないのでとくに拠点を構えなくてもいいので自由に動き回れる。

 ギルドランクが高ければ高いほど報酬的な問題では得するが、今のシエラたちは金銭に困っているわけではない。ならばしばらくはギルドランクを上げずにそのまま旅を続けるという選択肢もいいかもしれない。

 なんてことのない平和な光景でも、変に肩に力を入れずに見る景色の方が何倍も美しい。


「シエラ、これを見てくれ! 珍しい料理があるよ!」


 シエラよりも歳が上のはずのカルロはシエラ以上に楽しそうに走り回って屋台を指さした。

 どうやらその屋台は隣の国から出張出店しにきた店のようで、カルロの言う通りこの国ではあまり見ない食べ物が並んでいた。

 さすがは見た目のわりによく食べる人だ。先程食事をしたばかりだというのにその屋台飯を購入してまた食べていた。

 シエラも気にはなったがそんなに食べられる気がしなかったので、カルロとはべつの屋台でジェラートを頼むと、口の中にさっぱりとした葡萄の香りを感じながらきらきらと目を輝かせるカルロを微笑ましく見た。


「いやぁ、同じ場所でもこんなに変わって見えるんだな」

「そうですね」


 Sランクギルドマスターという責務から解放されたカルロは軽やかな足取りで街中を見て回る。

 一喜一憂。ギルドにいた頃は頼りがいがあるところしか見れなかったカルロの、子供のようなお茶目な部分がたくさん見れてなんだか嬉しい。

 普段はどんなに頼りがいのある人でも、心を持った人間なのだ。仕事に追われている姿より今の姿の方が自然体だろうし、輝いて見える。


 ハビスカの定番の観光地を巡ったり、カルロがいろんな屋台のご飯を食べるのを見守っていたらいつの間にか日が暮れ始めていた。

 茜さすハビスカの街並みも綺麗なものだ。水平線近くからちらりと覗く太陽の光が街行く人の影を伸ばす。近くの民家からは夕食だろうか、いい匂いが漂ってきて、シエラは少しの空腹を覚えて宿に戻ろうと方向転換した。


 夕食は宿のビュッフェでとるつもりだ。いろんなメニューがあるそうなので楽しみである。

 そこそこに広い街の中を、宿を目指してシエラは歩く。その隣には何年もこの街にいながらも今日やっと初めて観光を満喫できたカルロが楽しそうに歩いていた。


「あのぉ」

「ん?」


 二人並んで宿に向かっていると、背後から声をかけられて振り返る。そこには女性が二人立っていた。装備からしてどちらも冒険者だろう。

 女性冒険者二人はじっとカルロを見つめていた。


「どうかしたのかな?」

「実は私たちもぉ、カルロさまのギルドに入りたいのですがー」


 カルロが首を傾げると、女性冒険者たちはどこか間延びした声でそう言った。

 ああ、彼女たちはカルロの顔の良さに釣られた人たちなんだなとシエラは一瞬で理解した。

 カルロは端整な顔立ちをしていて、しかもSランク冒険者だ。女性にモテないはずがない。


「すまないね、オレたちはこれから世界中を旅する予定なんだ。きみたちの望むようなことは起こらないよ」


 カルロはにこりと笑いながらも、猫撫で声ですり寄ってくる女性冒険者たちに断りを入れた。


「えっ、でもぉ」

「悪いけど、今はギルドメンバーは募集していないんだ。他をあたってくれ」


 食い下がろうとした二人をカルロは無情にも頑なに拒否した。女性冒険者たちは肩を落としてとぼとぼと帰って行く。


「ちょっと意外です。カルロさんは仲間は多い方がいいと思っていると思ったので」


 それを見届けてシエラが声をかけた。カルロが困った顔をして口を開く。


「たしかに仲間は多い方が楽しいが……今は気ままに二人旅を満喫したい気分なんだ。それにギルドメンバーが増えると大変なのはシエラだよ? なんてったってシエラはギルドマスターなんだから」

「そうでした! 今は私がマスターなんだった!」


 それだと元からカルロにあの二人をギルドに加入させる権限がない。あの二人の擦り寄りは無意味なものだったのだ。

 まぁ、Sランク冒険者とBランク冒険者の二人ギルドだったら当然Sランクの冒険者がギルドマスターをしていると思ってしまうのも無理はないが。


 大勢で冒険するのは楽しくていいことだが、今のギルドは少人数だからこそ自由に行き先を決めれるというメリットもある。なにより先程の二人はカルロの顔が目当てだったので、ギルドに入れたとしてもどうせあとでなにかしらの揉め事を起こすことだろう。

 それなら断るのが当然なことではあった。もうギルドマスターではないのに、色々と周囲とのやり取りをしてくれるカルロに感謝しつつ宿に戻った。

 お腹が空きすぎてもう少しでシエラの腹の虫が鳴いてしまう。

 宿に戻ると品揃え豊富なビュフェで夕食をとると、各々の部屋に戻って寝ることにした。

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