第9話 ギルド方針
宿で二人分の部屋をとると、各々シャワーを浴びるために自室に入った。
部屋はそう広いわけではないが、長く滞在するつもりはないので問題はない。シエラはベッドの上にカバンを置くと部屋に用意されたシャワーを浴びて汗を流した。
少し汗の匂いが気になり始めていたタイミングだったので、体を綺麗にできて気持ちもさっぱりだ。
シエラが髪の水分をぽんぽんとタオルで拭っていると部屋の扉がノックされた。おそらくカルロだろう。
シエラは軽く身支度をして扉を開けた。
するとそこには想像通りカルロの姿があった。服も着替えてシエラ同様さっぱりした様子だ。
「入ってもいいかな? マスター」
「その呼び方はやめてくださいよ……」
冗談めかしてシエラをマスターと呼んだカルロに苦笑しながら、シエラはカルロを部屋に招き入れた。
べつにシエラがカルロの部屋に行ってもよかったのだが、カルロの方が先に支度を終えたのだろう。やはり髪は短い方が乾くのが早くて便利そうだなとカルロの赤い髪を見てシエラは思った。
「じゃあ話し合いをしようか」
「はい、ギルドの方針を決めるんでしたよね」
シエラとカルロは机を挟んで向かい合うように椅子に座る。
「ああ、と言ってももう決まっているようなものだけどね」
「そうですね! 私たちの目標は――」
「世界中を旅すること! だな!」
「はい!」
シエラたちは顔を見合わせて頷き合う。
ギルドの方針は満場一致、なにも揉めることなく自由気ままに世界中を旅することに決まった。
ランクの違いこそあれど世界中を旅して周り、いろんな文化や景色、おいしい料理を食べたいという夢は二人とも同じだ。
言い争いになる要素すらない。
笑顔で今後の方針を決めたシエラたちは部屋を出る。そろそろ昼食の時間だ。今日は朝食を食べていないのでもうお腹がペコペコだ。
「明日にはこの街を出ようと思うんだけど、どうかな?」
「わかりました。じゃあ今日中にハビスカの街を満喫しないとですね!」
「はは、そうだね。最後くらい普段は行かないような店に行ってみようか」
カルロはいい店を知っているらしい。
シエラはカルロに案内されて、街の中心から少し離れた場所にひっそりと佇む店に連れてこられた。
「ここは?」
店の前にはおいしそうな匂いが漂っている。しかし酒場や他の飲食店のような主張は少なく、店先にひとつだけ小さな看板が置かれているだけだ。
店の外見は普通の一軒家にしか見えないので、この小さな看板がなければここが飲食店だとは誰も思わないだろう。
「まえにギルド職員に隠れ家的ないい店があるって聞いたことがって、興味があったんだけどなかなか時間が取れなくてね。行くなら今しかないと思って」
「いいですねぇ、いろんな街に行くことのあるギルド職員さんのおすすめなら期待できそうです」
冒険者だってクエストの内容によっては拠点にしている街を出て冒険することがある。しかし、基本はクエストが終わると拠点のある街に帰ってくる。
なので下手な冒険者よりもいろんな街に出張することがあるギルド職員の方がいろんな情報を持っていて、おいしい飲食店を知っていることも多い。
自分が何年も暮らしていた街にこんな隠れた名店があったなんてとシエラは思いながら店に足を踏み込んだ。
「いらっしゃい」
「二人ですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、好きなとこに座りな。と言っても席を選べるほど大きな店ではないがな」
自嘲気味に笑った店主は五十代くらいだろうか。掘りが深い顔立ちでいかつく感じる体格だが、一見であるシエラたちの来店を快く認めてくれたので見た目ほど怖い人ではないのかもしれない。
「おおい、嬢ちゃんたち、よかったらここに座りな」
「あっ、はい」
店の中は窓辺にテーブル席がひとつ、店主の立っている厨房前にカウンター席が五つほどの、店主が言う通り小さな店だった。そんな店のカウンターの一番奥から声をかけられてシエラは声の方に向かった。
常連客感を出している男性に促されるままシエラは男性の隣に腰掛けた。その隣にカルロが座る。なんだか少し不服そうだ。
「おっ、なんだ兄ちゃん、嬢ちゃんの隣が俺だから嫉妬しちまったのか?」
「嫉妬……ですか?」
「違いますよ」
常連客の言葉にすんとカルロは顔を背けた。
もしかしてカルロはこの男性の隣に座りたかったのだろうか。カルロは結構人と会話するのが好きなところがあるからなぁと思いながらシエラは席を立とうとしたが、どこか面白そうに笑う常連客の男性に止められた。
「いやぁ、若いねぇ」
「あなたもまだ三十代くらいに見えますけど……」
「おいおい、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。もう四十七になるんだがなぁ」
「アンタは顔と頭だけは若いままだからな」
「そうそう、顔と頭――って誰が馬鹿だってぇ⁉︎」
身内のようなノリで男性と店主は楽しそうに軽口を叩いていた。仲が良さそうでなによりだ。
平和な光景に見ているこちらがほっこりする。
「おい、おやっさん、この嬢ちゃんにサービスしてやってくれ! 若いなんておだてられたら簡単に調子乗っちまうからな、俺は」
「それで散財してたらまた奥さんに叱られてもしらねぇぞ」
「おいおい、そう言う野暮なことは言うもんじゃねぇって」
「はいはい」
おだてたつもりはなかったのだが、機嫌のいい男性に断りをいれるのも申し訳なくて、結局シエラたちは男性の奢りでおすすめだという料理をご馳走になった。
日によって変わるというおすすめ料理は、今朝採れたての新鮮な野菜を肉とともに焼き上げた一品だった。
食欲を掻き立てる香りはもちろん、味付けがなんとも素晴らしい。
「秘伝のソースかなにかがあるんですか?」
「まぁ、そうだな。うちには焼き料理にはこれっていう味付けがあるが……どこの家庭でも真似できるレベルのものだ」
「ぜひ知りたいです!」
「そうか? じゃあ――」
気前よく店主はシエラに味付けのレシピを教えてくれた。いくつかの調味料を混ぜ合わせたそのタレのレシピは店主の言う通り、家庭でもできるお手軽なものだ。高い調味料を使っているわけでもないのに、合わせる調味料によってこんなにも美味しくなるのかとシエラは感動しながらおすすめ料理を食べる。
店主と常連客の男性と、カルロを合わせた四人で楽しく話をしながらの食事は楽しい。少し名残惜しいが、昼食を食べ終わると礼を言って店を出た。
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