第8話 初めてのクエスト達成2

「ですが、なんの相談もなしに勝手に辞められるのは!」

「おまえたちはシエラを勝手に脱退させようとした。オレになんの相談もせずにな。それは許されて、オレが勝手に脱退するのは許されないというのか?」


 カルロの言葉に周囲の空気が凍りつく。

 隣に立っていたシエラでさえ、カルロの普段とは違う声色に体を縮こませた。


 もしかして、いやもしかしなくてもカルロはかなり怒っているのではないだろうか。普段温厚な笑顔を浮かべるカルロとは同一人物とは思えない圧を隣から感じて、シエラは体が石のように動けなくなってしまった。


「い、いや、それは……シ、シエラ! シエラじゃないか! おまえからもマスターを説得してくれたまえ! もちろん、ギルドに再加入とも!」


 シエラと同じく肩を震わせたタージャはなにか弁明しなくてはと言葉を紡ごうとしているようだ。しかしうまく言葉選びができなくて口ごもっていたが、シエラの存在に気がつくと助かったと言わんばかりの表情を浮かべてシエラにしがみついた。


「あっ、え、っと」


 説得を求められたシエラは困惑して口籠る。

 昨日の今日で再加入などと言われても困るだけだ。

 それにシエラにはカルロを宥める言葉など思いつかない。なんなら今はカルロの顔を見ることすらできなかった。


「おい、これ以上オレを怒らしてくれるなよ?」


 相変わらず低い声色を響かせるカルロの言葉にびくりとタージャの肩が揺れた。

 シエラも思わず肩を震わす。カルロは怒らせたら駄目なタイプの人間なのだと、凍りついた空気がひりひりと教えてくれた。


「えーっと……副マス、じゃなかった。タージャさん、私はさっさとシャワーを浴びたいのでここで失礼しますね」

「そういうことだ。じゃあな、タージャ。おまえの利口なところは好きだったぞ」


 気まず過ぎる雰囲気から逃げたくてシエラはそう言うと、タージャの手をそっと振り解いて足早にその場を離れた。

 カルロの言葉に膝をついたタージャを置いて宿へ向かうシエラをカルロは追いかけた。


「びっくりしたね」


 少し離れた距離を詰めたカルロがシエラに声をかける。その声色はいつも通りに戻っていた。


「そう、ですね。タージャさんに会ったことより、どちらかというとカルロさんがあんな顔できたんだって方にびっくりしました」


 一瞬ちらりと見えたカルロの真顔が、下手な強面の人より怖かったなとシエラは思いながら言葉を返す。

 なぜ真顔は真顔でもあそこまで迫力というか、気迫があるというか、圧を感じるというか。そんな表情をできるのだろう。

 先程のカルロからはいつもの朗らかな性格からは想像もできない怒りを感じた。

 あんなに元のギルドに戻りたくないとは、やはりSランクギルドマスターの仕事量は馬鹿にできないようだ。


 小手先が器用なタージャもたった一日で悲鳴をあげていたし、改めて今までそれを弱音ひとつあげずに頑張っていたカルロは凄かったんだなと感心した。

 そして仕事の量に差はあれど、ギルド組合はいつも何千人といる冒険者に関するたくさんの仕事を担ってくれているんだなと思った。


「Sランクギルドのマスターって結構大変なんですね」

「ああ、大変だよ。タージャたちが思っているよりもはるかにね」


 シエラの問いにカルロは困ったように眉を下げてふっと笑った。


「……もしかしてタージャさんのこときらいだったりします?」

「いや、あいつは少し守銭奴なところがあったけれど、利口なところは好きだったよ。仕事も真面目にしていたしね。ただ……今回は俺の神経を逆撫でしすぎたな」


 そう言ってカルロはそっと視線を逸らした。行き交う人々を見つめるカルロの瞳は少し物悲しそうに見えた。

 Sランクギルドのマスターをするということの大変さを身に染みて理解しているカルロが、タージャのつらさに気づきながらも冷たく突き放した。

 もしかして、だが。今回のシエラ脱退を決めたタージャの身勝手な行動をカルロは、シエラの想像以上に怒っているのかもしれない。


 どんなときでも仲間と助け合うのがカルロの目指したギルドの方針だったはずだ。カルロはいとも簡単に仲間シエラを放り捨てたタージャに失望して見限ったのだろう。

 情に熱い人だなと思いながら歩いていると宿が見えてきた。


「じゃあ、宿でシャワーを浴びたらさっそく今後の方針を決めましょうか!」


 まずは昨日から浴びられていないシャワーを浴びることにして、そのあとに今後の予定を決めようとシエラは提案した。

 カルロは意義なしと頷く。


「ああ、オレもシエラも世界に飛び出したい気持ちは一緒だからな。すぐに決まるだろう」

「ええ! 綺麗な景色をいっぱい見ましょう。おいしいものをいっぱい食べましょう。これからも頑張りましょうね、マスター!」


 これから訪れるであろう数多の冒険譚に、期待に胸を膨らませてシエラは元気よくカルロの方を振り向いた。

 そんなシエラの言葉にカルロは一瞬きょとんとした顔をして、


「いや、今のギルドのマスターはきみだよ、シエラ」

「……えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」


 さらりと衝撃の事実を知らされて街中に大声を響かせたシエラだった。

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