第6話 初めてのクエスト3
「シエラッ!」
「あ、カルロさん」
シエラが魔獣のそばで喜びのあまり飛び跳ねていると肩で息をしたカルロが木々の隙間から突っ込んできた。
剣を片手に必死な剣幕をしたカルロだったが、シエラと倒れた魔獣の姿を見てぽかんと間抜け面になる。
「え? あっ、え? シエラの叫び声が聞こえたと……思った、んだが……」
「危機ではありましたが、なんとか勝てました!」
困惑したカルロにブイっとシエラがピースすると、
「……はぁ」
カルロはため息を一つついてその場にしゃがみ込んだ。
「だ、大丈夫ですか? もしかして怪我したとか? もしよかったら回復ポーションありますよ」
「いや、怪我はしていない。ただ、なんというか……安心したら気が抜けたというか」
「あっ、私のこと心配してくれてたんですか! 大丈夫ですよ、私は見ての通り無事です!」
シエラはカルロの前でくるりと一回転した。全力で走ったので疲れてはいるが、怪我はしていない。まだまだ元気である。
「そうか、ならよかった……本当によかった……」
もしかしたらカルロは結構心配性なのかもしれない。
シエラの姿を何度も見てはほっと胸を撫で下ろしていた。
「すみません、クエストの途中だったのに」
「いや、それは全然いい。想定外のことが起きるのも冒険の楽しみのひとつだからな。だがまさかはぐれるとは思わなかったから……次は手でも繋いで行くか?」
「結構です!」
そんな迷子の子供ではあるまいし、とシエラはカルロの提案を拒否した。するとカルロは少し残念そうに笑っていた。
「じゃあ、このままクエスト続行しますか」
「ああ、そうだな」
一息つけたおかげで体力も多少は回復した。
今度こそ離れ離れになってしまわないように気をつけながら目的地に着くと、そこには巨大な猪が二体いた。
「夫婦でしょうか?」
「いや、あれは……縄張り争いをしているみたいだな」
猪を見渡せる位置に隠れながら二人は様子を見る。
二体の猪は互いの体を何度もぶつけ合っていた。
助走をつけて角を相手に向けると勢いよく走り出す。そして体をぶつけ合ってはその繰り返し。
「シエラ、猪の肉って硬いと思うか?」
猪の突進を視界に収めながら、カルロが尋ねてきた。シエラは顎に手を当てて少し考え込む。
「そうですねぇ。全体的に硬いものが多いですが……私の記憶だとあの猪――イデカイノシシは加熱すると肉が柔らかくなっておいしいって聞きました」
シエラは自身の攻撃力の低さをカバーするため、いろんな魔獣の急所を記憶している。そしてその特徴も。
「ほう、つまり?」
「食べます?」
シエラとカルロは互いに見つめ合うと頷き合った。
「奇襲だー!」
「今晩のおかずにしてやろう!」
急に草陰から飛び出してきたシエラたちに反応できず、イデカイノシシたちはあっという間に食材へと成り果てた。
さすがはSランク冒険者が一緒に戦ってくれているだけはある。想定よりもはやく片がついた。
「今日はもう日も暮れたからここで野宿しよう」
「はい!」
カルロの提案で野宿をすることになった。カルロの言う通り空は陽が落ちて周囲は暗くなりつつある。
夜の森を移動するのはいくら高ランクの冒険者といえど懸命な判断ではない。
魔獣の中には暗闇の方が活発になったり、人間には見えない暗さでも視界良好なものもいる。昼の森に比べて何倍も危険度が増すのだ。
そんな森での野宿は一人だと心細いが、カルロと一緒ならと安心感すら覚える。
木の幹が割れて洞窟のようになったところを寝床として綺麗にすると、夕食の準備に取り掛かった。
食材はもちろん先程討伐した猪、イカデイノシシの肉だ。
急に始まったクエストだったので調味料などは充実していないが、焚き火を起こすとシエラの知識で見つけた油代わりになる葉っぱを火で炙りその上にイデカイノシシの肉を乗せる。するとじゅうじゅうと音を立て、しばらくすれば美味しそうな匂いが周囲に漂い始めた。
「角は持ち帰るんですよね?」
「ああ、イデカイノシシの角をギルド組合に渡すまでがクエストだからね」
この手の討伐クエストは、対象の魔獣を討伐したという証拠としてその魔獣の体の一部を提出することになっている。
今回はイデカイノシシの角をギルド組合に提出するのがクエストの達成内容だ。
シエラたちは討伐したイデカイノシシの大きな角を忘れないよう二体分ちゃんと回収していた。
「他の部位は?」
「もちろん、食べよう!」
「ですよね!」
嬉々としながらシエラたちはイデカイノシシの肉を焼いていく。本当はいろんな調理の仕方をしたかったのだが、材料が足りないのでそれはまたの機会にお預けだ。
「じゃあ」
「いただきます!」
シエラとカルロはイデカイノシシのステーキを口にする。
硬いイメージのある猪だが、話で聞いていた通り、火を通したイデカイノシシの身は柔らかく脂も乗っていてとてもジューシーだ。
「これ、味付けが塩だけとは思えませんね」
「そうだな、うまい」
塩を振って焼いただけでこんなにも美味しいのだ。もっとちゃんとした調味料を揃えて料理できていればいろんな味を楽しめたことだろう。
「んん、うまいな本当」
「はい」
おしゃべりもそこそこに、二人はイデカイノシシのステーキに夢中になっていた。
何枚もあったステーキが瞬く間になくなっていく。
「か、カルロさんって結構食べるんですね……」
「そうかな?」
ステーキの大半を平らげたカルロはけろっとした顔でそう答えた。シエラはもうお腹いっぱいだが、カルロはまだまだいけそうだ。
体内に吸収された食材たちはあの体のいったいどこにいくのだろうか。見た目からは想像もできない。
「シエラも遠慮してないでもっと食べていいんだよ?」
「いや、私は本当にお腹いっぱいなので」
いくらおいしいものでも永遠に食べ続けられるわけではない。
カルロと違って胃袋が通常サイズのシエラはカルロの好意に首を横に振った。
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