第5話 初めてのクエスト2
「って、ちょっと待って! ちょっと待って!」
こちらシエラ・クリスラン。絶賛凶暴化した熊の魔獣に追いかけられて全力で逃げています。
「マスター! マスターさーん!」
ただひたすらに逃げるシエラはカルロを呼んでみるが返事はない。やはりはぐれてしまったようだ。
「うぅ! なんでこんなことに⁉︎」
時は一時間ほど前にさか戻る。
カルロの説明によると、ギルドは新設すると三日以内になにらしかのクエストをこなして業績を立てなければならない。
なので最近クエストに行けていなかったカルロの旅をする前の肩慣らしの意味も含めてイデカイノシシという魔獣退治のクエストを受けたのだが、目的の魔獣が住処としている場所に向かっている最中に大量の蜂型の魔獣に襲われシエラとカルロは分断されてしまった。
そして運悪くもシエラは蜂から逃げている最中に熊の魔獣の住処の中に足を踏み入れてしまい、こうして追いかけ回されている、というのが現状だ。
「でかいでかいでかい!」
シエラもいちおうBランクの冒険者だ。戦おうと思えば戦える。しかしシエラはサポート型。
奇襲ならともかく一騎討ちで後ろを付かず離れずに追いかけてくるAランクの魔獣を倒せる自信はまったくと言っていいほどなかった。
「とりあえず目眩しでも!」
そう思い、懐から煙玉を取り出すと背後に転がした。熊にあたるとボワッと煙が出て周囲は白く染まる。
「よっと!」
熊が視界を奪われているうちにシエラは軽やかな見のこなしで木の上に登る。本当は遠くに逃げたかったが、魔獣相手に体力が持つとは思えない。なので熊の死角に隠れることにしたのだ。
「マスターさんは無事だと思うけど……」
カルロはSランク冒険者。当然のことだがシエラなどよりはるかに強い。この森に生息するのは強くても今シエラの下にいるAランクの魔獣程度だ。Sランクの、しかも攻撃型のカルロが負けるはずがない。だからカルロの心配はしなくていい。むしろ――。
「グゥァァ!」
「自分の心配をしろってね!」
熊は煙で視界を奪われたにも関わらず、鋭い爪で周囲を無茶苦茶に攻撃していた。
この熊は今がちょうど繁殖期。相当気が立っているらしく、シエラの隠れている木もざっくりと爪痕を残されてしまった。
「なんでどこかに行ってくれないの?」
熊はその場に留まりただひたずらに爪を振りかざす。時間が経てばどこかに行ってくれるだろうと思っていたシエラは追い詰められつつあった。
「あっ、そうか」
枝の上から熊を見つめていたシエラはふと気がついた。この熊は視界を奪われて動けないからここに残っているのではない。シエラがまだここにいるとわかっているから動かないのだ。
「嗅覚……」
熊は視界を奪われている。しかし熊には嗅覚があった。だからシエラの匂いが移動していないことを察知してこの場で手当たり次第攻撃を行なっているのだろう。
「こうなったら……戦うしかない?」
今の状態はシエラの方が少し優位である。
熊は視界を奪われているのだから、隙をついて急所を短剣で斬りつければいいだけ。しかし、
「す、隙がない!」
熊はひっきりなしに周囲に爪を振りかざしている。
このままシエラが上空から奇襲を仕掛けても、その短剣が熊の急所を抉るより先にシエラはハエのように叩き潰されてしまうだろう。
「なにか手は……」
シエラの主な仕事は偵察や味方のサポート。一人で戦うのはカルロに拾われた時より前の話だが、それでも一人で戦ったこと自体はあるのだ。
シエラはゆっくり深呼吸して心を落ち着かせると、その時の戦い方を思い出す。
周囲ではガガっといやな音が響いている。落ち着いて行動しなくては、と思うがはやくしなければシエラが打開策を思いつくより先に、シエラの隠れているこの木が倒れてしまう。
「――!」
シエラはハッと目を見開いた。
一人で戦っていた頃のシエラはいつも奇襲で魔獣に先制攻撃を仕掛けていた。奇襲後に抵抗されないよう、敵の急所を一撃で仕留められるように特訓もした。
攻撃力の高さこそないが、偵察で鍛え上げられたステルス能力と奇襲で磨き上げられた俊敏さ。これを全力で掛け合わせれば――。
ぼきり、とシエラの隠れていた木が折れる音がした。
直径五十センチはあるであろう木は風を切って熊の隣を横切っていく。
「今だ!」
シエラの乗っていた枝が熊の急所の位置に一番近づいたタイミングでシエラは枝を蹴り飛ばして熊の急所を短剣で切り裂く。
「グギャ」
熊は悲鳴をあげるとよろめいて、ばたんと後ろに倒れた。
「かっ、た……やったー! 勝ったよー!」
初めての高ランク魔獣の討伐にシエラは歓喜の声を上げた。自分よりランクの高い魔獣を倒したのは初めてだ。今夜はお祭り騒ぎをしてもいいかもしれない。
「木に隠れた状態で魔獣に近づいて急所を攻撃する作戦大成功だよー!」
シエラが思い付いた作戦は言葉にするとなんてことのない、タイミングが重要なだけの奇襲だった。
絶え間なく攻撃を繰り返す熊に近づくにはなにかしらの対策が必要で、盾となるものが必要だった。しかし手持ちに盾を持たないシエラは熊の攻撃で倒れた木を盾代わりにしたのだ。
おかげで熊の爪がシエラに届くことはなく、怪我ひとつなく危機を切り抜けることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます