第4話 初めてのクエスト1

 シエラは草木が覆い茂る森の中を歩いていた。その少し前には悠々とした足並みのカルロがいる。

 カルロはシエラとともにギルドを抜け、新しいギルドを設立したSランク冒険者である。しかし、


「ギルドはDランク……」


 新設したギルドは当然のこと、最低ランクから始まる。

 Dランクのギルドは多々あるが、大体の場合はギルドに加盟して活動しているうちにギルドマスターやメンバーの冒険者ランクも上がっていく。つまり冒険者ランクとギルドランクはある程度比例しているのだ。なのでSランク冒険者が所属しているのがDランクギルドなど前代未聞だろう。


「どうしてこんなことに……?」


 始まりはシエラがギルドを脱退させられたことだった。本来ならシエラがギルドを抜けてただの冒険者に戻る、それだけのはずだったのだが、なぜかギルドマスターであるカルロが一緒についてきたのだ。

 カルロはシエラとともにギルドを抜け、そしてともに新しいギルドを設立した。

 ある程度は落ち着きを取り戻したが、いまだ困惑状態のシエラはカルロに魔獣退治のクエストを受けると言われて、妙に機嫌の良いカルロのあとをおとなしくついてきていた。

 目の前を楽しそうに歩くカルロを視界に入れながら、この人はこんな自由奔放な人だっただろうかとシエラは頭を悩ませた。


「あの……」

「どうした?」


 シエラが声をかけるとカルロが振り返る。


「あのギルドは大丈夫なんでしょうか……」

「シエラは自分を追放したギルドの心配なんかしてるのか? 優しい子だな」

「いや、そういうのじゃなくて」


 カルロはSランクギルドのマスターだった男だ。そんな彼が急にギルドを抜けたりしたらあのギルドは混乱の渦に叩き落とされることだろう。もしかしたらギルドを解散させられるかもしれない。

 それが少し気がかりだった。


「ああ、いちおう言っておくけど、オレが抜けてもギルドは組合に解散させられることはないよ。ギルド組合のルールとして、ギルドのマスターが死亡および脱退した場合は副マスターが自動的にギルドマスターになるようになっているんだ。だからあのギルドは今頃タージャのものさ」

「でも」


 それだとせっかくマスターが作り上げたSランクギルドの看板が盗まれてしまいますよ、そう言おうとしてシエラは黙り込んだ。

 シエラの脱退からギルド新設までとんとんと話が進み、そしてなにより手続きの最中にカルロが嫌そうな顔を一度も見せなかった。

 今だって後悔している様子はない。むしろ目を輝かせて新米冒険者が受けるようなBランククエストを嬉々としてこなそうとしている。


「もしかして……」


 その様子を見てシエラはひとつの回答に行き着いた。

 もしかしたらカルロはギルドを抜けたいと前々から思っていたのだろうか。

 そう考えると今までカルロの行動に納得がいった。


「マス、カルロさん。カルロさんってもしかしてギルドのこと、きらいでした?」


 慎重に、失礼の無いようにカルロに問いかける。するとカルロは一瞬驚いた顔を見せたがすっと笑顔になって、


「いや、べつにそんなことはなかったよ。オレが設立したあのギルドでの日々は楽しかった。初期のメンバーが抜けたり、新しいメンバーが入ってきたり、色々と楽しい出来事が起きて楽しかったものさ」


 嘘偽りのなさそうな表情でカルロは語る。


「じゃあ、なんでギルドを抜けようと思ったんですか?」


 ギルドがきらいだったわけではない。ギルドで過ごす日々も楽しかったのなら、なぜカルロはギルドを抜けたのか。

 シエラの問いにカルロは少し言葉を詰まらせて、


「笑わない?」


 と気恥ずかしそうに首を傾げた。

 こくりとシエラが頷くとカルロは視線をシエラから逸らして口を開いた。


「ギルド自体はきらいじゃなかった。これは本当だよ。けどね、実は…………仕事が多くていやになったんだよね」

「へ?」


 すぅっと息を吸って間を溜めてから放ったカルロの言葉に、シエラは素っ頓狂な声が漏れた。


「いやー、だってSランクギルドのマスターは勝手にギルド組合の幹部にさせられるし? そのせいで仕事量増えて冒険に行けないし? オレは世界中を旅したくて冒険者になったってのに、これじゃあ本末転倒だろ?」

「そ、それは……」


 たしかにカルロはいつも書類の処理に追われていた。そのせいで何度かギルドメンバー全員で行く予定のクエストを、一緒に行けずにひとりで会議室にこもっていた。

 しかしまさか、それが理由でSランクギルドを抜けるなんて。


 冒険者にランクがあり、ギルドにもランクがある。これはランクによって推奨されるクエストや魔獣がいるので、その目安をわかりやすくするためにランク付けされているのだ。

 しかしランクは目安というただのお飾りではなく、報酬にもつながる大事なものだ。

 一度上がった冒険者ランクは特別なことがない限り滅多に下がることはない。冒険者ランクが高い冒険者の方が当然のこと、難易度の高いクエストを受けることができ、報酬も高くなる。

 それになにより冒険者ランクが高ければランクの高いギルドからスカウトされることもあるのだ。


 高いギルドランクのギルドに所属するのにはメリットがある。だからほとんどの冒険者はギルドに入るなり、自分で新しくギルドを開設する。

 冒険者ランクはクエストを受ける際の強さの推奨目安としての役割が大半だが、ギルドランクはまた別の力を持っている。

 ぶっちゃけると、ランクの高いギルドの方が組合からもらえる補助金が高くなるのだ。高難易度のミッションを受けることもあるが、ミッションを達成できたらもちろんのこと報酬も多くもらえる。

 つまるところ、高いランクのギルドに所属するのは得しかないのだ。だから大体の冒険者は自身のギルドのランクを高くするために邁進するか、他の高ランクのギルドにスカウトされるのを待っている。


 高い冒険者ランクに、高いランクのギルドに所属する。これは全冒険者の夢といっても過言では無いだろう。

 だが、カルロの言った通りSランクのギルドマスターは問答無用でギルド組合の幹部にさせられるので仕事が増える。それはシエラも目にしてきた光景なので否定するつもりはない。

 でもだからといってギルドを抜けてしまうほどのことなのだろうか。ギルド組合に仕事の量を減らすように調整を依頼すればよかった話なのでは、とシエラは思った。


「シエラ、オレはね、世界中を旅したいんだ」


 頭の中でくるくると思考が回るシエラの隣に並ぶように、カルロは歩幅を合わせて自身より背の高い木々の隙間から空を見上げた。


「世界中の綺麗な景色を見てみたい。おいしいものをたくさん食べたい。だからオレは……自由になりたかった」

「!」


 笑顔を携えたまま夢を語るカルロに、シエラは少し共感した。

 シエラははやくに両親を亡くし、施設で育てられた。そしてその施設で元冒険者の職員からたくさんの話を聞いた。

 やれ西に七色に光る木があるだとか、やれ東には食べたこともない見た目はあれだが味は絶品の珍味があるとか。

 きらきらと目を輝かせて語られたカルロの夢は、シエラが冒険者を志した理由を思い出させるような内容だった。


「きみを巻き込んでしまったのは申し訳ないと思っているよ。けど」

「いいですよ。私も元々旅をしたいと思って冒険者になったんです! 一人旅の予定が二人旅になっただけ。しかも一緒に旅をしてくれるのはSランク冒険者! 私みたいなサポーターにはありがたい話です!」


 申し訳なさそうに話すカルロの話を遮って、シエラは口を開く。

 そうだった、シエラは元々ギルドを脱退するように言われた時点で新米冒険者のように気ままに旅しようと決めたのだ。カルロが旅に同行してくれるのは光栄、むしろこちらが申し訳ないくらいだ。


「……そうか、きみは本当に優しいな」


 微笑むカルロに柔らかな風が吹きつけた。赤い髪がさらさらと揺れる。


「じゃあ、まずは手始めに魔獣退治に行こうか」

「はい!」


 カルロに流され、成り行きで結成したギルドだったが、同じ志を持つ者同士うまくできそうな気がする。

 シエラは笑顔で頷いた。

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