第3話 終わりからの始まり3

「ど、どうした⁉︎」


 その叫び声を聞いて奥から支部長らしき男性が飛び出してくる。他のギルド職員もなんだなんだと駆け寄ってきた。


「し、支部長! これ、これ!」

「なに? な、なんだってー⁉︎」


 受付嬢から書類を受け取った支部長は彼女と同じく叫び声を上げた。


「カ、カカカルロさん⁉︎ これはどう言うことです?」


 随分と慌てた様子の支部長は書類片手にカルロに詰め寄った。

 シエラが記名したときはなにもそこまで驚くような内容は含まれていない、普通の脱退の書類だった。

 だというのにここまで騒ぐのはやはり先程カルロがなにかを書き込んでいたのが理由だろうか。


「えーっと……え?」


 シエラは支部長の手に握られた書類を横から盗み見た。そしてギルド職員たちと同じように動揺の声を上げた。


「どういうもなにも、そこに書いてある通りだよ。オレは今この時をもってギルドを抜ける」

「……はぁぁぁぁぁ⁉︎」


 支部長、受付嬢、ギルド職員、それにシエラの叫び声がギルド施設内をこだまする。周囲にいた人々も感化されたのか騒々しい。


「ど、どうして⁉︎」

「そうですよ、なんでマスターさんまで辞めるんですか⁉︎」


 支部長たちに詰め寄られているカルロにシエラも詰め寄った。

 シエラの記名した書類の脱退希望者欄には当然のこと、シエラの名前があった。そしてなぜかその下の段にはカルロ・サトレイジと書かれていたのだ。

 これで驚くな、と言う方が無理なことだろう。


「どうしてもなにも、脱退に特別な許可はいらないだろう? 辞めたいから辞める。それだけだよ」

「いやいやいや、たしかに我々には脱退の拒否はできませんが! ですが、いいのですか? せっかくSランクにまで昇格したギルドを脱退するなんて!」


 何食わぬ顔でそう答えるカルロに支部長は食い下がった。

 支部長の反応は当たり前のことだ。


 普通、ギルドランクというのはギルド新設後に最低ランクのDから始まる。そこから様々なクエストを受け、時にはギルド組合から直々にミッションを任命されてそれを成し遂げて、徐々にギルドランクを上げていく。

 Sランクギルドに上がるのは簡単なことではないし、冒険者ランクと違って業績を残せなければAランクに降格されることもある、結構シビアな話なのだ。


 それなのに、そのSランクのギルドをカルロは簡単に抜けようとしている。カルロが結成し、他のメンバーを集い導き、Sランクまで登り詰めた大切なギルドのはずなのに。


「ほらほら、はやく認め印を押してくれ。きみが判子を押したらオレは正式にギルドを抜けられるんだ」


 当惑する周囲を他所に、カルロは支部長に判子の催促をした。


「わ、わかり、ました……え? 本当にいいのですか?」

「いいって、いいって。はやくはやく」


 困惑していたものの、カルロの圧に押されて支部長は脱退書に判子を押した。

 これでシエラの脱退、およびカルロの脱退がギルド組合に認められたのだ。


「って、いやいやいや! 本当になんでマスターさんまで辞めちゃうんですか⁉︎」


 認められたのだ、ではない。そんなこと言ってる場合なんかじゃない。カルロはSランクギルドのマスター。ギルド組合の幹部の一人でもあったのだ。

 Sランクギルドを抜けるということは、カルロはギルド組合の幹部ではなくなり、シエラと同じくギルドに所属していないただの冒険者になってしまう。

 冒険者はどこかのギルドに所属しなければならないというルールは存在しないが、ソロで行動するよりもギルドに加入しておく方が有益なことが多い。


「んー、なんでって言われても……辞めたかったから?」


 シエラに問いただされたカルロはさらっとそう言った。

 後悔も反省も未練もなさそうな清々しい笑顔だ。


「えぇぇ……」


 そんなあっさりギルドを脱退するなんてどんな大層な理由かと思ったら、あまりにも適当すぎる返事に思わずシエラの口から気の抜けた声が漏れた。


「で、次にギルドを新設したいからその書類を用意してほしいんだが」

「ギルドを新設⁉︎」


 次々と爆弾発言を落とすカルロに、シエラたちは今日何度目かの大声を上げた。一言一句違わないなんて気が合うのかもしれない。いや、この状況は誰でも同じ反応をするということだろう。


「そうだが……そんなに驚くことか?」

「マスターさんがギルドを抜けるって言ったあたりから驚きの連続ですけど!」


 こてんと首を傾げるカルロにシエラは素直な気持ちを言葉にした。


「まぁ、いいじゃないか」


 みんなは唖然としているのにカルロはまるで他人事のように笑った。それが余計に周囲の混乱を招く。


「えっと、新しいギルドを開設するのはまぁ、はい、驚きは一度外に置いておいたとして……ギルドを開設するには少なくとも二人は必要ですよ?」

「一人はオレ、もう一人はシエラ。これで二人だ」

「ああ、なるほど。マスターさんはギルドを脱退して私と新しいギルドを……って、いやなるほどじゃないんですけど⁉︎」

「もしかして……オレと同じギルドはいやだったか?」

「いや、そう言うわけじゃ……」


 少し眉を下げたカルロにシエラは思わずたじろいだ。


「よし、なら決まりだ。そんなわけでオレとシエラで新しいギルドを作る。書類を用意してくれ」

「は、はぁ」


 驚きすぎて感情がついてこなくなったのか、支部長は放心状態で奥に引っ込むと書類を持って戻ってきた。


「こちらがギルド開設の書類になりますが……」

「ありがとう。じゃあ、シエラはこの手の書類は始めただろうからオレが書き込んでいくとするか……よし、あとはここにシエラが名前を書くだけだ」


 カルロは支部長から書類を受け取ると慣れた手付きで書類に必要事項を書き込んでいく。しばらくするとシエラに書類を渡して名前を書くように促した。


「は、はい」


 シエラはいまだ困惑の中ではあったが、カルロに言われた通りの欄に名前を書き込んだ。


「うん、これでいい。ではこの書類を提出する。問題がなければこのまま処理してくれ」

「はぁ」


 支部長はほとんど話を聞いていないような気もするが、一通り内容に目を通すとそのままぽんと書類に認め印を押した。


「よし、これでオレたちのギルドが設立できたな。ではさっそくクエストでも探しに行くか!」

「はい! ……はい⁉︎」


 ギルドの新設が終わり、席を立ったカルロに元気よく頷いたシエラは、混乱状態から正気を取り戻すと大声を上げた。

 あまりにも衝撃的な展開が続いていたので支部長と同じく放心状態でカルロに言われるが名前を記入してしまった。無意識のうちになにかとんでもないことになってしまった気がする。


「よーし、まずは定番の魔獣退治にでも行くか」

「いや、マスターさんちょっと待ってください! ま、待ってくださいってばー!」


 シエラの手を引いてるんるんとカルロは軽い足取りでギルド組合を後にした。


 これがのちの魔王級ギルドの始まりである――いや、始まらないから!

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