第2話 終わりからの始まり2

 ◇◇◇


「あー、会議疲れた……しんどいな」


 その日は数月に一回、ギルド組合主体で行われるギルドランクごとに集まり、話し合いをするギルドの仕事で一番厄介な行事のある日だった。おそらくこの会合を面倒だと思っているギルドマスターはカルロ以外にもいるはずだ。

 無駄に長く肩の凝る話し合いを終え、ギルドの拠点に戻ると思わずため息を一つこぼしてしまった。


「おかえりなさいませ。Sランクギルドの会合お疲れ様です、我らがマスター」

「ああ、ただいま……って、どうしたんだ、みんな集まって」


 今日はギルドマスターのカルロ以外はとくにクエストの類いはなく、暇を持て余しているはずだ。だから買い物にでも出かけているのかと思っていたのだが、会合から帰宅したカルロをギルドメンバー全員が会議室で待っていた。


「というか、この会議室は用のない日はオレの仕事部屋になっていたはずだが……いつの間におまえらの憩いの場所になったんだ?」


 ギルドの拠点にある会議室はギルド組合から命じられたミッションを行う際の作戦立てや、なにか有事が起きた際にギルドメンバーが集まって会議をする部屋だ。

 それ以外の時の用途は主にギルドマスターが行う書類の整理などの面倒な仕事をする仕事部屋となっていた。


「まぁ、べつにいいけどね。仲がいいのは悪いことではないし……ん? シエラはどうした?」


 会議室の中にはまだ処理が終わっていない書類もある。それらをぐしゃぐしゃにさえしなければべつに立ち入りを禁じる必要はないだろうと考えたカルロは、集まったギルドメンバーの中にシエラの姿がないことに気がついた。

 他のメンバーは全員集まっているというのに、シエラだけがいない。自然に溶け込む深く優しい緑色の髪がどこを探しても見つからなかった。


「シエラですか。シエラならギルドを脱退しましたが、なにか?」

「はぁ⁉︎」


 当たり前のようにとんでもないことをさらりと言いのけたタージャは満足気ににこりと笑った。

 カルロは衝撃的な言葉に思わず大声を出してしまう。


「ど、どういうことだ? なんでシエラがギルドを抜けた? 他のギルドにスカウトされたのか?」


 シエラからギルドの脱退について相談を受けたことは一度もない。そんなシエラが急にギルドを抜けたと聞いて落ち着けるはずがなかった。

 にこにことご機嫌そうなタージャに詰め寄る。タージャはその様子に少し驚きながらも、


「シエラはこのギルドでは役立たずですから……お優しいマスターからは言いづらいかと思いまして、わたくしが代わりにシエラにギルドを抜けるように言いつけたのです」


 と言い放った。


「…………はぁぁぁぁ⁉︎」


 カルロはこの日、おそらく生まれて初めての声量を出したと思う。


 ◇◇◇



「と、いうことなんだ」

「ええっと、つまり……マスターさんは私をギルドから脱退させるつもりはなくて、勝手に副マスターさんが私を脱退させようと決めた、ってことですか?」

「ああ……本当に申し訳ない」


 一通りの流れを説明したカルロは心底申し訳なさそうに頭を下げた。


「あっ、いや、そんな、頭なんて下げないでください! たしかにびっくりはしましたけど、私は気持ちを切り替えてソロで生きると決めたので! なのでマスターさんは心配しなくても大丈夫です! 私が弱いのは本当のことなので」


 シエラのギルド脱退はギルドマスターの決定ではなく、勝手に副マスターのタージャが決めたことだったというのには些か驚いたが、シエラはもう気持ちを切り替えたのだ。

 おそらく急に家を追い出されて路頭に困っていると危惧して追いかけてくれたカルロに心配無用と伝える。


 カルロはSランクギルドのマスターだ。その仕事量は意外にも多い。

 基本的にギルドのことはギルド組合に任せておけばいいのだが、Sランクのギルドにもなるとそのマスターは問答無用でギルド組合の幹部の一人にさせられる。

 つまり、Sランクギルドマスターはギルドの仕事をこなしながらギルド組合の仕事もしなければならないのだ。

 いつも仕事に追われているカルロの姿を見ていたシエラには、そんな忙しいカルロに自分のために労力を向けさせるのが申し訳なくて首を振った。


「シエラ……」


 シエラのことを見て申し訳なさそうに眉を下げたカルロはそっとシエラを抱きしめた。


「へっ⁉︎ ちょっ」

「すまない」


 耳元でカルロの声が響く。

 あまりにもカルロが悲しそうな声色なので、むしろこちらが申し訳ない気持ちになってきた。


「だ、大丈夫ですって。自分のことは自分でなんとかします。だからマスターさんは仕事に戻って……」

「ギルドを抜けるにはギルド組合で正式な手続きを行わなければならないんだ。だからシエラはまだあのギルドを抜けたことにはなってない」

「えっ、そうなんですか⁉︎」


 なぜカルロがシエラを追いかけてきたのかと思えば、それを伝えたかったのかと理解した。それならそうと本題を先に言ってくれたらよかったのに。


「わかりました。私はその手続きとやらをやればいいんですね?」

「ああ、一緒に行こう」


 シエラから離れたカルロはそっとシエラの手を掴んで宿とは反対方向に向かって歩き出した。シエラはおとなしくついていくことにする。


「すまない、ちょっといいか?」

「ああ、カルロさん。お疲れ様です」


 シエラも何度か来たことのあるギルド組合のハビスカ支部に着いた。ギルド組合の幹部なだけあって、カルロは気さくに受付嬢に声をかけた。受付嬢も慣れた様子で会釈した。

 周囲からかすかに黄色い歓声が漏れ聞こえている。おそらくクエストの貼られたクエスト募集板を見ていた女性冒険者がカルロに見惚れている声だろう。


「実はギルドの脱退をしたくてね」

「はい。では書類を用意いたしますね」


 周りの声など聞こえていないのか、聞き慣れすぎて気にならないのかカルロは受付嬢と話を続けていた。


「あの人かっこいい……」

「だよね」


 クエスト募集板の前にいた女性二人がカルロに見惚れている。


「あの容姿で、冒険者ランクはSなんだもんなぁ」


 隣にいた男性からは羨ましそうな声が漏れていた。

 カルロはSランクギルドのマスターであると同時に、本人もSランクの冒険者だ。

 剣を使った接近戦を得意としており、シエラとは正反対の攻撃型だ。


 シエラはせいぜい冒険者ランクBといったところだ。本来なら隣に立ってともに戦うことすらありえないようなランクの違いがある。


「まぁ、それも今日で終わるけど」


 Bランク冒険者のシエラがSランク冒険者のカルロとともにいられたのも、ともに戦えたのも同じギルドという接点があったから。それがなくなる今、カルロとの関わりは完全に絶たれる。


 いい人だったな、とどこか上の空でカルロたちのやりとりが終わるのを待つ。すると受付嬢がギルド脱退の書類をシエラに差し出した。


「ここにお名前をお書きください。それを組合が承認しましたら正式にあなたはギルドを脱退したということになります」

「わかりました」


 シンプルな書類だ。ギルド名の下に脱退希望者の名前を書く欄と、それをギルド組合が承認した際に判子を押す欄しかない。

 受付嬢に言われるがまま、シエラは書類の脱退希望者欄の一番上に名前を書いた。


「では」

「シエラ、その紙を貸してくれ」

「え? ……はい」


 書類に記名したシエラは受付嬢に書類を渡そうと紙を持った。しかしカルロに制され、意味がわからないまま言われた通りカルロに書類を渡した。


「ありがとう。これをこうして、っと」

「?」


 カルロは書類になにかを付け加えていた。シエラと受付嬢はカルロの行動の意図がわからず首を傾げてその様子を見守る。


「はい。これで提出してくれ」

「はぁ、わかりました。ではお預かりしま、す……って、はぁ⁉︎」


 カルロから書類を受け取った受付嬢の叫び声が組合施設を震わせた。

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