ギルドを追放されたら、ギルドマスターがついてきました
西條 迷
第1話 終わりからの始まり1
三階建ての木造建築。一階には酒場があり、二階は民泊施設になっている。本来なら三階も民泊用の宿泊部屋として使われるはずだったが、この建物の持ち主の娘のマートがここをギルドの拠点として選んだため、贅沢なことに三階丸々がシエラたちのギルドの拠点として使用されていた。
三階にあるいくつもの宿泊部屋はギルドメンバーの泊まる宿舎として利用され、一番大きな部屋――ギルドの会議室は、有事の際やギルド組合から命じられたミッションを行う際にしか使用されていなかった。
だというのにシエラは今、その会議室に呼び出しを受けて、ギルドマスターを除く全員に見つめられ、状況がわからずにそわそわと落ち着きなく周囲を見回していた。
心なしかみんなのシエラを見つめる瞳は冷たい。なんだかすごくいやな予感がする。
「あのぉ……なんで私は急に呼び出されたのでしょうか?」
誰もなにも話し始めないのでしびれをきらしたシエラが、なぜか本来ならギルドマスターが座る椅子に腰掛けている副ギルドマスターのタージャに問いかける。
今日はミッションやクエストの類いは予定に組み込まれていない完全オフの日のはずだ。それはシエラ以外のギルドメンバーも同じのはず。それなのにギルドメンバーがこれだけ揃っているということはなにか重大な問題でも起きたのだろうか。
「シエラ。おまえはこのギルドに必要ない」
「え?」
開口一口、タージャはとんでもないことを言い出した。
急、かつ想定外の言葉すぎてシエラは困惑のあまり言葉が出てこない。
困惑した表情で狼狽えるシエラを他所に、タージャはそのまま話を続けた。
「私は常々思っていたのだよ。本当にこのギルドにシエラは必要なのか、と。それで他のメンバーたちにも話を聞いてみた。そしてこう判断したんだ。おまえはこのギルドには不要な存在だとね」
「そ、そんな……急にそんなことを言われても」
状況はいまいち読み込めないが、だいぶピンチな状態にいることは理解できた。
シエラはなんとか言葉を振り絞ってタージャに言い返そうと努力するが、
「このギルドはギルド組合も認めたSランクのギルドだぞ? そんなギルドにおまえのような弱い女がいても足手纏いになるだけ、そうは思わないか?」
そう言ってタージャは周囲にいたギルドメンバーに視線を遣ると、全員がうんうんと頷いた。
「だからシエラ、おまえにはこのギルドを脱退してもらう」
「そんなぁ……」
困ったことになった。
シエラは現在、このギルド内の宿舎に泊まっている。ギルドを追い出されること、それはつまり宿無しになることを示していた。
シエラの口からは力のない言葉が漏れる。
「た、たしかに私はみんなに比べたら弱いですけど……」
「あなたは本当に邪魔なのよ。いつも戦闘中にあなたのことを庇わないといけないこちらの身にもなってごらんなさい?」
「うっ、ううん」
マートにそう言われてシエラはうめき声をあげると黙り込む。
たしかにシエラは戦闘時にはあまり役に立てていない。戦前に立てるほど強くないので後方で味方のサポートをするのが精一杯だった。でもだからといって急にギルドを出ていけだなんてひどい話だ。
なにか言い返したいのだが、追い出される理由に心当たりがありすぎてなにも言い返せない。
「これでわかっただろう? このギルドはおまえのような弱い冒険者には似つかわしくない。即刻出て行ってもらおう」
「……わかりました。身支度を終えたらすぐに出て行きます」
本音を言えばギルドを抜けたくはなかったが、実力がないと言われてしまってはどうすることもできない。シエラは肩を落としながらもギルドを抜けることを了承するしかなかった。
「聞き分けがいいのはおまえの唯一の長所だ。今晩にはここを出て行ってくれたまえ。新しい実力のあるメンバーのために部屋を用意しなくてはならないからな」
タージャの言葉にもう新しいメンバーの勧誘も終わっているんかいと心の中でつっこみながら、シエラは一人物悲しく会議室を出た。
「はぁぁぁ」
会議室の扉をパタンと閉じると長いため息が口から漏れた。
元々戦闘力が低いという自覚はあったが、まさかギルドを追い出されてしまうほどだとは思っていなかった。
困惑しつつもギルド脱退を承諾したシエラはこれで見事にギルドに属さないただの宿無し冒険者へと成り果ててしまった。
「いちおう、当分の間は宿に泊まれそうだけど……」
ギルドと宿舎を追い出されたとはいえ、今まで稼いできた貯金がある。このお金があれば当分の間は野宿をせずにすみそうだが、そう長くは持たないだろう。
コツコツとクエストをこなすにしても、タージャの言う通り、攻撃力の低いシエラには危険の少ない、つまり報酬の少ないクエストしかできない。
いつかは支出と収入が合わなくなって宿に泊まることもできなくなる。
野宿だけはなんとしても勘弁したいところだ。いつ魔獣や盗賊に襲われるか気が気じゃないし、ずっと警戒ばかりしていたら休めるものも休めない。
「カルロさん……」
部屋に置かれた最低限の荷物をカバンに詰め込んで、先程の会議室にいなかったギルドマスターの名前を呼ぶ。
彼は元々ソロで行動していたシエラをギルドに誘ってくれた人だ。
カルロはいつもシエラのことを褒めてくれていたが、脱退を命じられたあたりあれはお世辞だったのかもしれない。
たとえお世辞であったとしても、ずっと一人で冒険していたシエラに仲間を作ってくれたカルロには恩を感じていたが、ついに彼まで見限られてしまったようで少し悲しい気持ちになった。
「私だって少しは役に立ってたと思ってたんだけどなぁ」
荷物はカバン一つだけ。新米の冒険者程度の装備でギルドの拠点を出てため息をついた。
シエラ・クリスランは戦闘力が低い。
攻撃型ではないシエラにできることといえば味方が戦っている後ろで戦況を見極めたり、怪我をした味方に回復ポーションを渡したりすることくらいだ。
「危険なミッションの偵察とか頑張ってやってたんだけどなぁ」
シエラはどちらかというと支援型だ。
偵察や仲間のサポートが主な仕事、だと思っていたのだけど。
「攻撃力の低い私はお役御免って……」
眉を下げ肩を落としながら街の中を歩く。
この街はいくつかのSランクギルドが拠点を構えるくらいには広く、王都と離れているにもかかわらず発展している都市のひとつだ。行き交う人々の人種も様々で交易も盛んな豊かな街ハビスカ。
「うう……ギルドを追い出されてしまったのは正直痛い……けど」
シエラは今日泊まれる宿を探して歩きながらネガティブに偏りつつあった思考を変える。
「逆に言うと、これからは自由に動き回れるってことだよね! 新米冒険者みたいに気ままに冒険しよう!」
ギルドメンバーたちとクエストをこなすのは楽しかった。仲間がいることの幸せを感じられて、自分は一人じゃないという安心感があって気持ちが落ち着いた。けれど一人旅には一人旅の魅力があるのも事実。
シエラは気持ちを入れ替えるとぐっと気合を入れて大きく足を前に出した――。
「シエラ!」
「うわっ」
せっかく気持ちを切り替えて元気よく一歩を踏み出したシエラの袖が引かれる。とっさのことに反応できず、シエラは勢いのまま後ろに倒れ込んだ。
「おっと、すまない」
「カルロさん!」
声のする方に顔をあげると、そこには後ろに重心が倒れたシエラの体を支えてシエラの顔を覗き込むギルドマスターの姿があった。いや、シエラはギルドを追放されているので元いたギルドのマスターと言った方が正しいだろうか。
「なんでカルロさんがここに?」
「タージャから話を聞いて慌ててきみを追いかけてきたんだよ。住む場所を失った人が最初に向かうのは宿かな、とやまをはってきたのだけど……正解だったみたいだ」
そう言ってカルロは気さくにぱちんとウィンクをした。
なるほど、どうしてカルロがシエラを見つけられたかはわかった。しかしなぜ追いかけてきたのかがわからない。シエラはギルドを追放されたのだ。もうカルロにとってシエラは他人のはずなのに。
「まだ私になにか用があるんですか?」
「あるよ。もちろんある。きみにギルドを抜けられるのは困るんだ」
「え?」
シエラをギルドから脱退させたのに、抜けられると困るとはどう言う意味だろうか。意味がわからずシエラは首を傾げた。
「いや、実はね――」
困惑するシエラに、気まずそうに頭をかいたカルロは少し前のやりとりを教えてくれた。
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