EP.2 世界の入り口

 2023年12月15日。

 日南本部長から直々にFDへの加入を言い渡されたあの日から、約半年が経った頃。すっかり日も短くなり、世間はいよいよクリスマス気分だ。

 私はというと、すっかりFDの訓練を卒業して既にいくつか任務にあたっている。

 正直こんなに忙しいと思ってなかった……ってのが本音だけど、そんなことも言ってられない。

 訓練を卒業してからの8月は、NAZYの発表から間もなく発見された謎の遺体と、その周辺の調査から始まった。人の死体なんて見たくなかったけど、幸い私たちが対面したのは解剖が済んだ後の報告書だけ。そこから細かい現場の状況だったりを、改めてFORWARDが現場検証とかを行って調査する。

 あと、調査は極秘で行わなければならないらしい。だから深夜帯に行うことが多いんだけどこれがとにかく眠くて……。慣れてきたからいいけど、最初はまじでつらすぎてさ。


 そして今は、11月から新たな調査対象となった【ゲート】を探しているところ。

 私たち精鋭班5人はさらに5つのグループに分かれて、NAZYの調査員2名とFDが一緒に行動しながらそれぞれ担当区域を調査することになっている。

 私の担当区域は、謎の遺体が発見されたところに一番近い、通称【エリア1】と呼ばれる区域。FORWARDが設立される前に、NAZYが目をつけていた場所らしい。ぱっと見は別に変な場所じゃないんだけど、目をつけてたってことはきっと何かがあるんだろうなーって感じ。

 深夜1時に調査を開始してからまだ30分しか経ってないけど、既に疲労感が身体を襲っている。


「佐倉さーん。一旦休憩しない?」


 私は疲労感のあまり、NAZY調査員の一人・佐倉蒼佑さくらそうすけさんに提案した。けど、


「駄目だ。まだレナが帰ってきていない」


 あっけなくはじき返された。佐倉さんが言ったレナって人は、もう一人の調査員の柏木かしわぎレナさんのこと。佐倉さんもレナさんも、NAZYのすごい人なんだけど、二人とも堅苦しくてあんまり好きくない。あ、ちなみにレナさんはめっちゃ可愛い。モデルさんみたいな人なの。

 文句を言いながらとぼとぼと歩く私に、何かを発見した佐倉さんが鋭い目つきで近づいてくる。


「なあ、あれ見ろ」

「えっ、どれですか?」


 目が慣れてきたとはいえ、なかなか見つけられない私の顔を無理やりぐいっと動かして、その方向に向かせる。痛いんですけど。

 しかしその痛みも忘れるくらいのものを私は目の当たりにした。交差点の中心に、空間がひび割れたようなものが浮かんでいる。


「え……なにあれ」

「まさかとは思うが……。とにかく、本部に連絡だ」


 すると佐倉さんはNAZY制服のポケットからスマホを取り出して電話をかける。


「調査員No.818佐倉です。こちら東京都のエリア1ですが、交差点に不可解なものを発見しました。……はい、わかりました」


 電話を終えた佐倉さんは、スマホを操作しながら鋭い目つきで私に話した。


「どうやら俺たちは見つけてしまったらしい。俺たちが探していたのはこれだ」


 そう言って私にスマホの画面を見せる。そこには、SNSで拡散されていたが映っていた。


「これって、今あそこにあるものと同じもの……」

「ああ。世界各地で確認されている不可解現象そのものだ」


 写真には、今目の前にあるひび割れた浮かぶものと酷似したものが映っていた。そしてそれを見たものは相次いで翌日に遺体となって発見されている。つまり、


「佐倉さん!逃げないと!!」

「待て木神」


 慌ててその場を去ろうとする私の腕をつかんで佐倉さんは制止した。


「調査対象が今目の前に現れたんだ。このまま調査を続行する」

「無理だって!これを見た人たちはみんな死んでるんでしょ!?」


 そして、不安を掻き立てるように目の前の浮かぶそれはギリギリと音を立てて大きくなっていく。


「ほら、やばいって。早く逃げようよ!」

「駄目だ!」


 佐倉さんは声を張り上げる。その声にびっくりしていると、私の肩を掴んで正面に立った佐倉さんが続ける。


「思い出せ、木神。君がなにをしにここに来たのかを」

「え、え……わからないよそんなの」


 佐倉さんの手の力が強くなる。


「痛い!離してよっ」


 佐倉さんの手をふりほどいたその時、急な頭痛に襲われる。その後にひどい眩暈めまい。ぐらぐらと視界が歪んで、吐き気が一気に襲い掛かる。


「うっ……きもち、わる」


 佐倉さんがなにか呼びかけているけど、視界がどんどん白くなっていって何も聞こえない。

 もうだめ。私は意識を失い、その場に倒れこんでしまった。


  *


 木神の異変の約30分前。FORWARD司令部はざわついていた。

 エリア1で調査を進めていたレナのレーダーが突然消えたのだ。


「司令、エリア1の柏木調査員の消息がわからなくなりました」

「なんだって?」


 日南は司令部のメンバーの伝達を受け、すぐさま巨大スクリーンに目を向ける。それぞれのエリアを行動する3つの点のうち、エリア1の点が一つ減っていた。


「すぐに柏木のスマホに繋げて。連絡がなければ事実だけを佐倉くんに伝えて」

「了解」


 メンバーが佐倉に電話を繋げようとしたとき、点はすぐに表示された。しかし、位置が明らかにおかしい。調査を開始した場所から数キロ離れた場所にいた。


「どういうこと?柏木はさっきまで佐倉くんたちのそばにいたわよね」

「ええ。まるで瞬間移動をしたかのようです」


 そして調査開始から約30分が経過した頃、本部に緊急の連絡通知音が鳴る。緊急連絡の相手はエリア1の佐倉からだった。日南はすぐに応答する。


「こちら本部。何か異変でもあった?」

『こちら東京都エリア1ですが、交差点に不可解なものを発見しました。おそらく例のものかと』

「……ついに見つけたのね。それと、柏木は今どこ?」

『それが、先ほどから行方がわかりません。調査対象らしきものを見つけたと言い、すぐそばで待機していましたが未だに戻ってきていません』


 日南はちらっとスクリーンの画面を見やる。柏木の位置を表す点が何回も点滅している。


「佐倉くん、柏木は今あなたたちの場所から5キロも離れた場所にいる。おそらく何かがあったことは間違いないみたいだわ」

『5キロ!?なんでそんなに遠くに……?』

「今はまだわからないわ。すぐにでも木神さんの力を借りたいところだけど……彼女はどう?」

『全然です。未だ覚醒は確認できていません』

「そう……。きっと彼女の力さえあれば、柏木の位置も割り出して状況を打破することができる。佐倉くん、彼女の様子を窺いながら一時撤退して」

『わかりました』


 日南は電話を終えると、頭を抱えた。そして顔を上げて祈るようにスクリーンを見つめる。


「お願い、木神さん」


 しかし、そんな願いも虚しくスクリーンに表示されていたはずの3つの点が一瞬にして消えた。


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