第16話

「意地悪」

「むっ」


 珍しく刺々しい言葉を使うレオに、父であるアストは変な声と冷や汗を浮かべる。


「いや、これはだな、森の危険を知っているかそうでないかで生存率が変わる。レオには予めそれを身をもって学んで欲しかった。そして、狩りというのは命のやり取りだ。決して一方的に奪う側ではなないということをーー」


 アスト以外の全員がぽかーんとしていた。

 7歳になったレオでも、これほど口数の多い父は初めて見たのだ。

 ぽかんとしている間もアストの口撃は終わらない。


「だからこれはレオに意地悪をしたわけでは」

「ーーははは」


 レオは自然と笑い、その様子を見て呆気に取られたアストも、次にはふっと息をつくのだった。


「しかし、最後に腰抜かしたとはいえ夜の森を迷わず駆けるとはなぁ」


 見るからにレオを除いた9人の中で年長そうな大男が豪快に笑いながら言う。


「ギムなんか小便垂らしてたのに」

「あっ、余計なこと言うなよ!!」


 急に恥ずかしい過去を暴露されたギムが大きな男性に食ってかかる。

 その様子にギムの父親であるギザルが便乗して口を開いた。


「なぁに、村の子供は大便もらしーー」

「ギザル」


 そこにアストの厳しめの静止が入った。

 しんっとした空気の中、見かねたというように大男が大きなため息をつく。


「アストや」

「ランドルフさん……」


 ギザルの言葉を目でも牽制していたアストは大男、ランドルフへと目を向ける。


「愛する息子に、汚ぇ言葉は聞かせたくねぇか」

「……はい」


 そういう事だった。

 アストは、レオを物凄くよくできた子だと思っている。

 狩りや犯罪者の捕縛、雑多な力仕事など荒事に向いている自分とは違う。

 それは一重に、口数の少ない自分ではなく、エレナの教育の成果だと思っている。

 その成果を濁すような真似はしたくないのだ。

 その話を聞いたギザルは、やらかした……といった表情で汗をかき始めているが、ランドルフの言いたいことは他にある。


「なってねぇな」


 とても威圧感を感じる風貌と言葉に、レオは生唾を飲み込みながら様子を見ている。


「父親としてなっちゃいねぇ」

「……分かっています」


 潔いほどにアストがその非難を受け入れても、2人の雰囲気は変わらなかった。

 が、1人だけ怒気を孕む者がいた。


「ふざけんな!」


 何が分かって父親を馬鹿にできるのか。

 さっきまで雰囲気に呑まれていたレオは、打って変わって正面から食ってかかる。

 どこを取っても、レオにとっては最高の父親なのだ。

 その様子に、ランドルフは少し表情を和らげる。


「がはは、まあ、レオ坊は少し黙っとれ」


 言葉は威圧的な印象だが、どうにも毒気を抜かれたレオは父近くへ寄り様子を見る。

 そのままランドルフはアストを見据えて続ける。


「たかが少しくれぇ汚ぇ言葉や汚ぇ世界を見たところで、人は染まらねぇ」

「……」

「聞いたら覚えていいんだ。見たら学んでいいんだ。そこから何を選びとるか、それこそが生き様だ。そうだろうが」

「……はい」


「おめぇが父親としてやるべきなのは、遠ざけることじゃねえ。良いもんを選ぶ手助けをすることだろうが」


 言い切ったランドルフは、ふんっと一息つく。

 そんな大男に、アストは少し黙してから深く礼を返すのであった。


「ま、目の前で親父が叱られたら腹立つだろうぜ」

「がはは、そりゃそうだ。すまねぇな、レオ坊」


 ギムの冷やかしに大笑いしながら、ランドルフはその巨体を曲げてレオに頭を下げる。


「……ううん。こちらこそ、怒鳴ってごめんなさい」


 レオの顔は少し赤かった。

 まさか自分のためにランドルフが話していたなんて思わなかったから、カッとなって怒鳴った手前気恥ずかしかった。

 それでもーー。


「それでも、僕のパパは、立派な父親です」

「レオ……」


 アストは珍しく驚いたような表情をみせて、思わずといったようにレオの小さな肩に触れる。


「あぁ、そうとも。アストはレオの立派な父親だ」

「はい」

「レオは生まれて何歳だ」

「7歳です」

「ってこたぁな、アストは父親になって8年ってこった」

「8年?」


 1年多いぞ? と思ったのは、レオだけではなくこの場のランドルフ以外全員であった。

 その様子に呆れたようにランドルフは続ける。


「赤ん坊が母ちゃんの腹ん中いた時から、父親として生きてるだろうが……」

『あぁ』


 全員得心がいった様子。


「おれぁ、父親やって46年の大先輩ってわけだ。少しくらいお節介させてくれや」

「……」


 黙って再度礼をするアスト。

 ご教授よろしくお願いします、といった意味だろう。

 レオも礼をするのはなんだか、違う気がしたが、表現の仕方が分からなかったため、レオも倣って礼をする。


「だっはっは、気恥しいからやめんか!!」


 火を起こして肉を食おう!

 そういう話になる。

 なんでも、新鮮な内でないと食べれない部位があるとのこと。

 狩りに出た者の特権ということで、肉の下処理がてらその部位を調理して食べるのだそうだ。


「えっ」


 出てきたのは狼だけではなかった。

 猪と兎が2羽、血抜き中で逆さに吊られている。

 いつの間に捕らえたのか。

 すごいなぁ、と9人に憧れを持つレオであった。




「パパ、下着の着替え持ってきてたよね……」

「ああ」


 人目を盗むようにアストの背でこそこそ着替えるレオ。

 しれっとした顔で焚き火に戻ると、隣のギムから。


「仲間だな」


 バレてた。

 僕はちょっとだけだし。

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レオ 緋色 @gonna_be_ok

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