第12話
色んなことが重なった不幸な事故だった。
まず、マナが大事にされていたこと。
マナの父、ルミナスは村に居を構えるような身分の人間ではない。
そのため、村の人間はマナをものすごく高貴なお姫様のように感じていた。
そのため、マナに不要な接触はせず、気軽なやり取りもない。
自身の子にも、あんたが遊んでいいような子じゃないんだと言い聞かせ、偶像のように持て囃して聞かせた。
村でガキ大将をしていた気の大きい10歳の少年が、本物のお姫様と見紛うような女の子を見て、知らぬ振りなど出来なかった。
そして、レオや家族以外との接触がまるでなかったマナに、対人における耐性はなく、恐怖を感じずにはいられなかった。
そんなマナと唯一接点のある同い年のレオが年上の少年に押し退けられ、自身も無防備に倒れてしまえば、5歳の少女に冷静さを求めるのは酷だろう。
拒絶と共に内魔力が溢れだせば、発現したのは氷の魔法だった。
類稀な才能と、そして遊び感覚だったとしても積み重なった歳に見合わぬ研鑽。
それは精神的に未熟な子供が持っていていい力ではなかった。
少年が倒れ、レオがマナを一瞥すると、次には背を向け少年の方に駆け寄る。
これもマナにはショックだった。
他に安らぎを求めて周りを見れば、恐ろしげな目で自身や、意識のない少年を見ている大人達。
呼吸すら忘れてしまうような孤独感だった。
そうして周りの様子も分からなくなったマナの次に、それ以上に恐ろしい怪物を見るかのような目で見られたのはレオだった。
魔法によってあらゆる治療が行われる世界に、医療はあまり発展していない。
心肺蘇生法は限られた者しか知らず、村の住民にはまるで心臓マッサージはーー。
「トドメを刺しているかのようだった、と」
「ち、違うんだよ!?」
レオは、村人から提供された情報を読むアストに弁明する。
心臓が止まっていたから、動かしてあげたのだと。
アストとレオと共に、自宅の椅子に座るエレナは、確かにその方法は私達も知ってるけど……と口ごもる。
問題なのは、その知識が専門的すぎる事なのだ。
それこそ、魔法学校という最先端の学び舎ですら扱わない程に。
王族やそれに遣える者達が、王族の危機などに対する緊急の応急手当……ですら打つ手がないような藁にもすがるように行う対処の1つとして教えられるくらいだ。
「ほ、本に書いてあった」
「…………レオ、本には書いてないわ」
焦りで出たレオの言い訳も、正しい知識を持つ2人には通用しなかった。
「……レオ、誰に教わった」
アストが、厳しく言う。
初めての剣幕に、レオは怯えてしまった。
寡黙で表情の固い父だが、怒られたことはない。
ここまでの圧力を、感じたことがない。
真剣なアストの視線に、レオは堪らず涙が流れる。
「言いなさい」
それでも、アストは詰問を止めなかった。
そんなアストに、レオはわなわなと力無く口を開こうとしてーー。
スパーンっ。
と、小気味の良い音が鳴る。
はっとして、俯いていたレオが顔をあげると、エレナに鍋敷き用の硬めの布で後頭部を引っぱたかれたアストがいた。
「アスト、ちゃんと説明しなさい。レオなら分かってくれるわ」
エレナがアストにそう言うと、アストは黙って頷く。
「レオ、それは間違った知識だ」
「え?」
「あの程度なら、村の住民の神聖魔法でも対処可能だ」
アストの真剣な目は変わらないが、レオは不思議とさっきまでの怯えはなかった。
「むしろ、胸部の圧迫による肋骨の骨折で、体の内側を傷つけてしまう可能性がある。村人のいう『トドメ』に、十分なり得た可能性があった」
「そんなつもりじゃ」
「分かっている」
アストは、レオの両肩に手を置いて、再度問いかけた。
「レオが彼を救おうとしたことは分かっている。俺が聞きたいのは、誰がレオに、そんな危ない知識を教えたのかだ」
後ろから、エレナがレオを抱きしめる。
「私達は怒ってるんじゃないのよ。レオを守りたいの」
そんな2人の真ん中にいるレオは、2人の暖かさを感じて、ぽろぽろと涙をこぼす。
「別の世界で生きてた記憶があるんだ」
「……え?」
「生まれた時から、僕は別の世界の記憶があるんだ」
「それは……」
エレナとアストは目を合わせた。
そんな気配を感じて、レオは更に言葉と涙を募らせる。
信じてもらえないかもしれない。
信じてもらえても、気味悪く思われるかもしれない。
「それでも、僕はママとパパの子供だよね……!?」
そんなレオの言葉に、何で今まで言わなかったんだという疑問は出てこなかった。
レオがずっと、ずっと不安を抱えていたことを知り、思わず2人はレオを強く抱きしめる。
その日、物心ついてから初めて、大声を上げてレオは泣いた。
しばらくレオを抱き締めていた2人。
幼い彼の中には、膨大な量の経験や知識があるのだろう。
そして、それ故に年相応の姿を見せれていなかったのではないだろうか。
様々な推測や不安を胸に、この5年間を生きていたのだろうか。
私達は親として、きちんと寄り添えていただろうか。
出来ていても、出来ていなくても、これから2人で、両親として、寄り添おう。
この秘密を、レオが苦に思わないように。
私達が最初の理解者になってあげられるように。
そんな思いを込めて、我が子と伴侶を腕に抱いた。
「ぐる゛じい……」
ゆるめた。
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