第11話

 氷魔法を覚えてから、レオとマナは頻繁に顔を合わせるようになった。

 というのも、マナはレオが身体強化魔法を教えに行くと瞬く間に習得し、水、氷魔法共にあっさり使えるようになる。

 そんな2人は、もはや魔法書に頼ることなく、あれやこれやと色んな魔法を考え、試し始めたのだ。


 まるで、新しいおもちゃを見つけたように。


 意外なことに、魔法の考案に積極的なのはマナの方だった。

 あれは魔法でできるかな。

 あの魔法でこんな事できるかな。

 あの絵本の魔法はどうすればできるかな。

 そんな湧き出る発想に、前世の記憶からなる知識で実現の近道を示すのがレオだった。

 魔法書の指南を離れた2人は、とても自由に魔法を扱うのだった。


 そんな2人を見るエレナとユキは、2人の将来を考える。

 魔法学校に通わせたい、と。

 魔法学校に入学できれば、最先端の教育や研究、施設に恵まれ、卒業後の将来も約束される。

 実は、マナの父であるルミナスは、この国において立場ある人間だ。

 レオの父であるアストも村をまとめる立場柄収入が多い。

 高等な学び舎に通うには、相応の資金が必要だが、2人には問題ない。

 そうでなくても、年に1度来訪する国の使者の目に止まれば、推薦という形で資金の後払いという契約で入学もできるのだ。

 ともあれ、レオとマナはまだ5歳。

 入学年齢である12歳に達していないため、まだ先の話である。

 問題は、親が子離れできるかという話だ。

 同じことを考えていたエレナとユリは、静かに笑いあった。


 そんな日々を過ごしていると、とある事件が起きてしまう。


 マナが6歳を迎えた秋頃。

 村では小さな収穫祭を行っていた。

 催しとあって、普段会わない人達とも顔を合わせる機会となる。


「お前!」


 ふと、いつものように一緒だったレオとマナは、何人か子供を引連れた少し年上そうな少年に荒っぽく声をかけられる。

 特に警戒もなく、レオとマナは2人でその少年の声に反応して振り返った。


「お前、家来にしてやるよ」


 そう言ってその少年が指さしたのは、マナだった。

 村の人総出で出し物や屋台を行っており、エレナとユリも例外では無い。

 だが、人目が絶えずあるため、レオとマナ2人での行動を許可されていたのだった。

 レオは、なんだか穏やかじゃない不穏な空気を感じ、そっとマナを隠すように立つ。


 簡単な話、一目惚れした少年の暴走だった。


 傍目から見ても、可愛らしい少年の不器用な絡み方を微笑ましく思う程度だろう。

 傍目から、なら。

 マナから見たら、自分より体格の良い男性が、興奮したようにずんずんと近づいてくる恐怖体験でしかなかった。

 そして、レオはそんなマナを守るようにエレナやユリにお願いされていたため、少し気負っていた。

 それでも冷静だったレオは、マナと少年の間に立つだけに留まったが、状況はそれでは収まらない。

 息巻いた少年は、レオを煩わしく思い、強めに押し退けてしまう。

 体格が及ばないレオはどうにか踏ん張ろうと力むと、腕に庇っていたマナはつられてよろけて倒れてしまった。

 そんなマナの目に、立ち上がったままの少年は、ひどく恐ろしく映る。

 助けるためか否か、少年がマナに手を伸ばすと、マナが叫ぶ。


「ーーいやっ!!」


 その瞬間。

 辺りに霜が降りたように、強烈な冷気が襲う。

 レオを除いて、近くの屋台や差し出されていた少年の手には、白い霜が張り付いていた。

 レオや周りの大人が呆気に取られていると、ばたりと少年が倒れる。

 その様子にいち早く動いたのは、レオだった。

 マナが呆然としていて、外傷がないことを確認すると少年に駆け寄る。


「大丈夫!?」


 身体中をぺたぺたと触り、冷たい箇所は差し出されていた右手だけだと分かると、魔法で温水を浮かべ、彼の右手を温める。


「っ!?」


 右腕部凍結のショック症状なのか、心臓が止まっていた。

 前世の知識から、レオは迷わず胸部を圧迫する。


「誰か、チヨばあを呼んできて! 近くにいるはずなんだ!」


 レオ自身、神聖魔法を習得できていないため、魔法的な治療は行えない。

 そのため、祭りに参加していたはずの村随一の神聖魔法の使い手を呼んできて貰いたかった。

 チヨばあが駆けつける頃には、少年は素早い蘇生処置で息を吹き返し、後遺症もなく回復する。

 そんな騒ぎの横で、マナがだんだんと息を乱していることにレオは気づく。


「マナちゃん、落ち着いて」

「ーーっ」


 自分の手によって、事故が起きた。

 その事実を、時間とともに飲み込めてしまったのだろう。

 正確に状況は理解できなくても、周りの大人の反応や、倒れた少年を見て、マナは焦燥や恐怖を強く感じてしまう。

 レオは背に手を置いて、マナを落ち着けようと努めた。


「大丈夫、ゆっくり息をして……? ちゃんと呼吸できてるから……ゆっくり」


 ふと周りを見ると、物凄い奇異の視線を受けていた。

 この場に居たくないという気持ちと、マナをこの視線に晒したくないという気持ちで、レオは身体強化を施してマナを抱えると、チヨばあや自体の収集に動いている大人達に任せてその場を離れる。

 少しずつ、乱れた呼吸が涙と嗚咽に変わるマナを見て、レオは急いでユリを探した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る