第10話

「そういえばユリさんが、ママが珍しい魔法を使うって」

「あら、気になる?」

「うん!」


 レオはエレナに魔法の披露をねだる。

 エレナは微笑みながら、庭先に誘った。

 両手を器のようにして掲げると、手のひらの上で水の玉がふよふよと浮き上がった。


「水……?」

「そう。私が得意なのは、水を操る魔法なのよ」


 初級魔法書には、水の生成魔法が書いてあったのをレオは覚えていた。

 てっきり聞いたことがない魔法だと思っていたレオは、珍しい魔法という点に不思議な顔をする。

 そんなレオの顔を見て、エレナは微笑みながら見ててねと声をかける。

 すると、浮き上がった水球を中心に、周囲の温度がぐっと下がる。

 水球がみるみるうちに氷となった。

 前世の知識を持つレオにとっては、感じている冷気にしては凍る早さが早いことに違和感を覚えるが、それこそが魔法なのだろう。


「水を冷やすとね、氷になるのよ。私が学生の頃に、空から雨じゃなく氷が降ったことがあったの。このくらいのね」


 指で雨粒よりは少し大きい程度の大きさを示す。


「その日からね、不思議と水を氷に変える事ができるのよね。氷の魔法をちゃんと使える人ってあんまりいないのよ?」


 ちゃんと使える人、という言い方をしたのは、氷自体を発現させることは難しくない。

 魔力を氷に変換するだけだからだ。

 しかし、その過程で、多くの魔力を消費しすぎてしまったり、氷に似た別の物質になってしまい存在し続けられなかったりする。


ーーつまり、発現したい物の理解が足りていない。


 エレナの場合は、氷の元が水であるという正確な認識。

 雹が降った際の気温の低下から、凍結に必要な温度。

 空で水滴が凍る。

 そして、水に限るが凍結の際に体積が増加する科学的な知見を得たため、消費魔力が抑えられ、実用可能な魔法に昇華しているのだ。


「私は、レオもできると思ってるわよ?」


 他人の魔力に正確に調律してしまうレオなら、すでに魔力を物質に変換するなんて簡単だろう。

 そして、『できる』という自信が魔法には不可欠。

 魔法の教育者として、エレナはレオの背中を押した。


「まず水を出してみよっか」

「まず水……」


 むむむ、とレオは唸りながら魔力を操る。

 すると空中に水が現れる。


「あっ」


 しかしそれは、重力に逆らわずじゃばっと地面に落ちた。

 それを見てエレナは、レオは魔法に向いてるわと笑って言う。

 浮く水なんて、液体の水ではない。

 つまり、頑張って浮く液体を望もうものなら、とんでもない量の魔力を消費ながら、水に似た別の物質を発現してしまうだろう。


「魔力を器にするといいわ。ちゃんと支えるイメージをしてね」


 非物理的な魔力であるが、意思を込めればそれを魔法として応えてくれる。

 つまりは、発現した水の受け皿になる。


「できた……!」

「ええ、すごいわ!」


 レオの前には、水が球体となって浮いている。

 レオが初めて外魔力を用いた魔法らしい魔法を扱ったのは、水魔法となった。


 ……消費魔力が少ない。


 エレナはそう思った。

 水という物質を深く理解しているが故に、レオが水を発現するにあたって消費する魔力はとても少なかった。

 そこからレオは、指示される前に水の冷却を始める。

 温度の低下による分子の振動の減弱。

 分子構造が折れ線型である事から凝結する際体積の増加。

 大気圧の減少による凝固点降下。

 朧気ながらも前世の科学的な知識が、魔力の効率的な運用を助け、凍結の魔法を実現する。


「できたー!!!」


 水の発現の時以上に喜ぶレオを見て、エレナは色々な思考が過ぎる。

 我が息子が誇らしい。

 これからもっと、この子は大きくなる。

 それに伴うように、大きな苦難にも出会うのだろう。

 この子の父であるアストが、そうであったように。


「ほんとに、そっくりね」

「ママ? なあに?」


 仕方ないなぁ、と笑ってエレナはレオを抱きしめる。


「ううん。さすが、ママとパパの子よ」


 そんな言葉が、レオにはとても誇らしかった。

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