第9話

 魔力感知に熱中していたレオとマナは、お昼時を過ぎていることに気づかなかった。

 一段落つくと、空腹を自覚した4人は屋内に戻り、昼食を食べる。

 エレナとユリは、その場でレオを問い詰めるようなことはしなかった。

 レオとマナに、よく出来たねと褒めた。

 というのも、なんて声をかけていいか分からなかったのが大きい。

 とてつもなく凄いことであると同時に、それは異端であったからだ。

 何がどう異端たるかは、レオが大きくなってから知ることになる。


「また魔法を勉強してから、教えに来るね?」

「……うん。わかった」


 覚えたての身体強化魔法まで教えられなかったことは、レオの中でもどかしく感じていた。

 しかし、内魔力の感知だけで悩みに悩んで、試行錯誤を繰り返しての結果だったため、教えるという難しさを目の当たりにしていた。

 もっと自分が魔法を知っていれば、もっとかっこよく教えられたかもしれないと、レオは思う。

 その後は夕方まで、レオとマナはマナのお気に入りの絵本を共に見て過ごし、エレナとユリは家事を協力してこなしていた。




 日が暮れる前に帰宅したレオは、誇らしげな顔で家中を歩き回る。

 マナの魔法の第一歩に携わることが出来て、とても嬉しかったようだ。

 エレナも、母として息子の深刻な問題に直面したが、それでも充実した日々を過ごす息子を微笑んで見守る。

 そんな中、アストが帰宅した。


「あら、早いのね」

「おかえりなさい!」

「ああ、ただいま」


 本来なら獲物が動き出す夕方から夜にかけてが、狩りの時間帯だ。

 昼間は、森で資源を集めたり、そんな村人達を守ったり、村の治安維持のため働いている。

 狩猟にしろ、治安維持にしろ、この時間に帰宅するのは珍しい。

 そう思いながらエレナが声をかけると、アストがエレナに耳打ちする。


「うーん、少し早いと思うけど……」

「そうか」

「……ううん。やっぱりお願いしてもいい?」

「ああ」


 そんなやり取りだけ、レオには聞き取れた。

 首を傾げるレオに、アストは屈んで目を合わせる。


「少し怖い思いをするかもしれないが、外で勉強しないか」

「うん!」


 そんな明るい笑顔のレオを見て、アストは微笑むような、申し訳なさそうな、複雑な表情で手を繋ぐ。


「行ってらっしゃい」


 そんなエレナの見送りで、今日2度目のお出かけにレオは向かった。




 アストに連れられて少し歩くと、村の中心部までやってくる。

 この時間帯はいつも賑わっているものの、今日は喧騒といった印象だった。

 道にできていた人集りを、アストとレオは縫って歩くと、開けた先では甲冑を身につけた数人に、何人かの村人が縛られ連れていかれる様子が見て取れた。


「あの人……」


 レオは見覚えのある縛られた村人の1人を見つけ呟く。

 たまに挨拶を交わしたくらいの浅い交流ではあったが、レオはその人を覚えていた。


「ああ。冬に村の倉庫から食べ物を盗んだんだ」

「え?」

「人のものを盗っちゃだめだと、教えたのは覚えているか」

「うん」

「そういう悪いことをすると、捕まって罰を受ける」

「……」


 レオはじっと、甲冑の人と縛られた村人の列を見る。


「……あの人は?」

「……人を殺した」

「あの人」

「女性に乱暴をはたらいた」

「あの人は」

「酒に酔って、数人に暴行を加えた」


 並ぶ数人を指差して、レオはアストに聞く。

 アストは元々感情が表に出ないが、この時のレオは父に似て無表情で、淡々とした様子だった。

 見ようによっては怯え、強ばった表情に思えなくもないが、父であるアストから見れば無表情と認識した。


「パパはなんで知ってるの?」


 そんな無表情が、ふと僅かに和らいでレオはアストに目を向ける。


「パパが、村を守る立場だからだ」

「そっか……」


 もう一度、縛られて連行される村人を見る。


「あの人達はどうなるの?」

「……罪の重さで変わるが、一生家にも帰れず働かされたり、死をもって償うこともある」


 5歳の息子には、過激かつ難しい内容だが、アストは自身の息子が聡明だと理解していた。

 その証拠に、そっか……と呟くレオは冷静に、そして正確にアストの言葉を理解しているように見える。


 後々レオは知ることになるが、国には法律がある。

 しかし、小さな村や集落には法の適応や遵守が難しいこともあり、自治権が認められていた。

 もちろん、その自治が適正か否か、年に数回国の者が視察にくるが、罪人と判断した者の捕縛や殺害などは、国によって村の治安維持を任命された人物に委ねられるのだった。

 その人物が、この村ではルミナスであり、現状は委任されたアストが担っている。

 ちなみに、村の長とは別だ。


「これを見せたかったんだ」

「うん。忘れないよ」


 純粋で素直な子供には、普通の親なら見せぬよう避けるかもしれない。

 だが、アストとエレナは必要な教養だと判断しのだった。


 レオは強くなる。


 アストはレオを見ながら、そう思う。

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