第6話
月日は流れ、気温が暖かくなってきて四季は夏を迎える頃。
レオは上手くいかない魔力操作にめげることなく、言葉の勉強、初級魔法の書の読書、魔力操作を時間があれば取り組んだ。
日課のように、庭の草むらに座り魔力の操作を試していたレオは、行き詰まって寝転ぶ。
子供の思考というのは、柔軟なもので。
流れる雲をみて、レオはあっと声を上げるのだった。
ふと起き上がって周りを見れば、野焼きの煙が風に流されている。
「……できた。動いた」
風が体の中を通るようなイメージをすれば、細かな操作はできないが魔力が煽られるように動いた。
「ママー!!」
家の中で昼食を作っているエレナに、レオは大声で呼びながら駆け寄るのだった。
あまり見ないレオの年相応な様子に、エレナは作業を止めて庭に出る。
「どうしたの、レオ?」
「魔力を動かせたんだ!」
「あら!」
レオが実際に動かしてみると、エレナは頑張ったわね!とレオと一緒に喜んだ。
エレナはこの約2ヶ月、レオのことをいつも以上に見てきた。
大事な時期だと思ったのだ。
レオを授かって5年。親としても、レオ自身も、何かしら困難にぶつかる事はなかった。
自身の母やアストの両親、友人から聞くような、トイレや言語、好き嫌いや行儀など育児の苦労話や工夫を数多聞いていたが、本当に何一つ困らなかった。
そんなレオの初めての壁。
そして母という教育者としての、不甲斐なさ。
不貞腐れたり、反抗期のきっかけになったり、レオの素直さやひたむきさを失ってしまうのではないか、なんて不安を、考えれば考えるほど抱いてしまった。
レオの感覚の話であるため、母として教えてあげられないこの無力さも相まって、思考が悪い方に向かいがちだった。
もし、レオが魔法は無理だと感じてしまったら、もっと魔法が遠くなる。
どう支えればいいか。どう一緒に学べばいいか。
来る日も来る日も、レオに引っ張られて魔法のことばかり考えていた。
そう。レオに引っ張られて、だ。
レオは一時たりとも諦めなかった。
この方法では魔力が動かないとみては、言葉を学びながら魔法書を読み。何かを得たり時間ができれば、自身の魔力へと意識を向ける。
基本から魔法書に書いてないようなちょっと極端な疑問まで、自分やアストに聞く日々だった。
そして今日、その努力が実った。
早く狩りに出ているアストに教えてあげたい。
自慢の息子の話を。
ーーー何度も嫌になった。
できっこないって思った。
いっぱい知ってることはある。うっすらだけど、前の記憶があるから。
きっと、魔法が好きなのは、この記憶のせいもあると思う。
前はできなかったことだから。
でも、うまくいかない。
パパもママも、なんで上手くいかないか分からないんだって。
ルミナスおじさんが貸してくれた本にも書いてない。
普通の人ができないのは、魔力を感じること。
動かせない人のための本ではないんだって。
こんなんじゃ、マナちゃんに、人に教えるなんて出来ない。
実は、庭に行くって嘘をついて、チヨばあの所に行ったことがある。魔法ができないって。
なんでだろうねぇ。って言われた。
なんだか、少し寂しくなった。
だから言っちゃったんだ。
「僕だけおかしいんだ。前の記憶があるから」
これがおかしなことだっていうのは、その記憶でわかってる。
皆は生まれてからの記憶しかないんだ。
僕の言葉を聞いたチヨばあは、詳しく話してごらんって。
別の世界で生きて死んだ記憶があるんだって話をしたら、その話は大切な人にしか話してはいけないよって言われた。
この話は、パパとママにも話したことないんだ。
だって……変な子って思われたら……こわい。
「僕が変だから、魔法が出来ないんだ」
ずっと思ってたことが口に出た。
「それは、レオの心がそう言ってるのかい?」
「……」
そう。間違いなく僕の心からの言葉だ。僕は変。
でもね、同時に思ってるんだ。諦められないって。
僕はね、前の記憶では、諦めたんだ。ううん、逃げたんだ。
試験で悪い点をとったって、勉強してないから。
運動ができない時だって、本気でやるとかださい。
やりたい仕事に就けなかったときだって、こんなもんだろ。
やればできるし。点数だけが全てじゃない。他人が何を評価できるんだ。こんなもんじゃない。やらないだけ。
でも、思ってた。やっとけばよかった。全力で取り組むべきだった。失敗したって、ぶつかるべきだった。
大切な人ができた時、思ったんだ。
もっと幸せにできたんじゃないか。
もっといい人生を歩ませてあげられたんじゃないか。
こんな夫でよかったのか。
こんな父親で良かったのか。
死ぬ時まで迷惑をかけた。死んでからだって苦労させてるかもしれない。
「……やってやる」
「がんばっておいで」
やるって決めた。
決めたんだ。
泣きながら僕は家に帰った。
この気持ちは、この後悔は、きっと宝物。
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