第4話
ルミナスは、ぜひ文字と共に魔法もレオに教えたいと言ってくれたが、残念ながら仕事の関係で来週には村をしばらく離れるらしい。
今は春先だが、来年の春頃まで帰ってこれないと言っていた。
アストとルミナスが、何やら二人で難し気な話をしながら別室に移って話し込んでいる間、ユリに魔法書の読めない箇所を聞きながら読み進めたが、進捗は遅い。
うんうんと唸りながら魔法書を読んでいると、黙々と絵本を読んでいるマナの集中力がすごいと感心するレオだった。
レオにとってあっという間の有意義な時間を過ごしていると、別室からアストとルミナスが出てくる。
どうやら帰宅する時間のようだ。
「あとはエレナに聞きながら読んでみてくださいね」
「うん、ありがとう。ユリさん」
エレナとは、レオの母の名前である。
ユリがいうには、エレナは珍しい魔法の使い手なのだとか。
5歳になるまで、レオが見てきた魔法はいくつかある。
料理や暖を取るために起こした炎、涼を取るための風、音を大きくしたり小さくしたりする魔法。
そして1番多く見るのが夜を照らす明かりと、小さな怪我の治療を行う神聖魔法。
レオは気づいていないが、真に1番多く目撃している魔法は、身体を強化する魔法だったりする。目に見えた変化はないから、魔法と気づくのは知らなければ難しい。
母の珍しい魔法とはなんだろう。見たことあるやつかな、まだ見た事ないのかな。
そんな思いを馳せながら帰路に着くのだった。
家につくと、レオは開口一番に初級魔法の本を借りた旨を話した。
するとエレナは頬に片手を当てて、考える仕草をする。
「うーん、レオにはまだ早いんじゃないかしら……まだ5歳よ?」
まだ言葉のお勉強もあるし……。
そう言いながら、アストを見やる。
魔法とは本来、12歳になって、然るべき教育機関に所属して習得するものである。
無論、日常においてよく使う魔法は、親など身近な大人から教わることも多い。また、貴族や王族など、身分の高いものは入学前から高い水準で学んでいることもある。
その点、5歳で魔法書を抱える姿は異様に映る。
だが、エレナの心配はそこではない。
前述した通り、火を起こす魔法がある。精神的に未熟な者が扱えば、怪我や火事に繋がるだろう。
安全に見える神聖魔法も、扱う魔力の制御を誤れば自身に危害が及ぶ。
その危惧をアストも考えながら、エレナに向かう。
「レオは聡明だ」
「えぇ、そう思うわ」
「丁寧に教えよう。魔法書だけに頼らず」
「……」
魔法の扱い方は、もちろん魔法書であるから書いてあるだろう。
その危険性や、使い道、その力を持った心の持ち方。
親として、子に教えることは多くある。
アストはエレナに歩み寄り、腰を抱くようにして近づき小声で話す。
「ルミナスは、レオに娘を守って欲しいようだ」
「あら、うちの子だってまだ守られるべきよ」
「そうだが……」
言い淀むアストだが、エレナには十分にアストの考えが分かっていた。
レオは、早熟だ。
言葉や知識などの習得は、親バカになってしまうほど早いが、まだ常識の範疇。
だが、情緒や発想は大人の両親ですら驚かせることがある。
そんな様子をみたアストは……。
早く一緒に狩りに出かけたいのよね。
エレナは半目でアストを見る。
無愛想で不器用で無口だけど、子供っぽいところがあるのだ。
内心を悟られていると分かっているアストは、珍しく困り顔で黙っていた。
会話の聞こえていないレオだが、父の形勢が悪いとみて、声を発する。
「あのね、ルミナスおじさんに、マナちゃんに魔法を教えてあげるように頼まれてるんだ。だから……っ」
「この子ったら……」
必死なレオを見て、エレナは耐えきれない!というように駆け寄って抱きしめる。
逆に取り残されたアストは、表情も元に戻り、見た目は威厳のあるはずだが、なんだかエレナには、ぽつん……といった擬音が聞こえるようだった。
「んもう……良いわよ。私たちできちんと教えましょう」
エレナの言葉に、レオとアストは綻ぶように笑うのだった。
親子だなぁとエレナはその2人の笑みを見て、幸せに浸る。
暖かな家族の一面だった。
「あ、そうだ。ちゃんとユリさんって呼んだ?」
「うん。ルミナスおじさんと、ユリさん」
「そう。いい子ね」
アストとエリナ、ルミナスとユリは20代後半である。おじさんおばさん呼びでも、おかしくはない。おかしくはないが。
もしユリおばさん、なんて呼んだ日には……。
エリナはそんな想像をして、はははと力なく笑うのだった。
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