第3話

 マナの家には、多くの書籍が置いてあった。

 レオの家には紙を媒体としたものは、冊子はなく数枚程度の書類であったが、ここには五十は優に超える本が収めてある。

 5歳になるまで基本的な言葉と共に、簡単な文字を覚えていたレオは、一際熱心に覚えた文字がある。

 それが


「魔法」


 居間は自由に見ていいとルミナスから許しを得て、レオは真っ先に本棚に向かうのだった。

 その蔵書の背表紙には、全ては読めなくとも『魔法』という文字が記されているものがほとんどであるとレオは気づく。


「ははは、気になるかい?」

「うん」

「マナはあまり興味が無くてね。絵本にばかり夢中なのだが……レオは文字は読めるのかい?」


 ルミナスは数ある蔵書の一冊を取り出し、レオに背表紙を向けて文字を指さした。


「……はじめの魔法?」


 読めないなりにも、知っている単語と似ている事から推測してレオは口にした。


「うん、その通り。初級魔法の書と読むんだ。魔法を使い始めるのに適した一冊さ」


 そう言われた本を、レオは輝いた瞳で見入る。


「ふふ、レオ。君に一年間、この本を貸そう」

「いいの!?」

「ああ。見たところ、君にも魔法の才があるようだからね」


 わぁっ、とまだ小さな両手を広げて書物を受け取るレオ。

 そんなやり取りを優しい瞳で見つめていたアストは、ルミナスに尋ねる。


「そうか……レオにも……。レオ『も』ということは、やはり?」

「ああ。うちの娘も相当な素質を持ってるよ。贔屓目抜きに、ね」


 本を抱いて嬉しさのあまり固まってるレオ。

 そんな小さな肩に、ルミナスは手を置いて話す。


「レオ、お願いがあるんだ」

「なんでも!」


 有頂天になっているレオは、内容を聞かずに安請け合いをして、大人組の微笑みを貰う。


「覚えた魔法を、マナに教えてあげて欲しいんだ」

「え……?」

「どうだい?」


 ルミナスの深い眼差しと目を合わせるレオ。

 この会話が聞こえているであろうマナに目を向けると、食卓の椅子に座るマナはいつの間にか大きめの本を開き、夢中で読んでいた。

 ルミナスとレオの会話の内容など、全く入っていないようだ。

 アストとユリを見れば、レオとマナ2人を視界に、穏やかに微笑むのみ。


「……」


 ほとんど読めない本と、興味なさげな女の子。

 幼さゆえに、明確に今の感情を表現できないレオだったが、その心は不安だった。

 やれるかな、どうかな。

 自信はないけれど、やりたくないという気持ちは無い。

 ……じゃあ。

 もう一度ルミナスを見て、レオは応える。


「がんばってみる」


 ぎゅっと抱えた本に力を込める。

 それはレオの、意志の強さの現れだった。



「あっ、貴重な物だから丁寧に扱ってくれ」



 ゆるめた。

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