第2話

 自分は田舎の村で暮らしているようだ。

 そんな事を思ったのは5歳の頃。

 木造の家屋ばかりで、村を囲むのは森。田畑や果樹を育て、森の獣を狩って生きる。

 しかしそれは、前世の記憶があるからそう感じるのであって、この世界、この時代、この国では恵まれた村であった。

 肥沃な土地に、豊富な資源、綺麗な水源に、程々の広さと人口。レオはまだ知らないが、都市も近くはないが遠くもない。

 化学が発達していないこの世界では、快適の部類に入る生活である。

 電気無いの? そう思ったのも束の間。

 この世界の『人間』は、地球の『人間』とは別の生き物であることに気づいていた。


 視覚。嗅覚。聴覚。味覚。触覚。

 そしてもう1つ。


 そう。なんと、五感に加えて第六感があるのだ。

 体内を巡る、空気中に漂う、不可思議な無色で無臭で実体のない、でも明らかにそこにあるもの。


 それは『魔力』。


 前世では空想の産物であった『魔法』が存在するのだ。

 化学ではなく、魔法という科学が発展してきた世界。

 そのため、一見すると前世より劣った文明に思えるが、平均寿命や死産数は変わらない上に、生活において不自由は感じない。


「おや、レオ。今日はお父さんとお散歩かの」

「おはようございます」

「おはよ、チヨバア」


 村という狭い世界であるためか、道行けば多くの人と会話を交わす。

 この『チヨばあ』とレオが呼んだ老人は、齢91の女性。村1番の年長者であり、1番の神聖魔法の使い手にあたる。病気や怪我をした際、よくお世話になるのだ。

 そんなチヨばあが、自身の家の周りの掃き掃除をしていた所に、父と歩いていたレオが通りかかった。

 レオの父、アストは屈強な身体と精悍な顔つきの黒髪な青年である。村で5本指にはいる狩りの実力者である。

 危険だといわれ、狩りに関わる話や現場をレオはあまりよく知らない。

 普段は多くを語らず、近寄り難い雰囲気であるが、村の住民はそんなもの気にしない。

 息子であるレオも、父アストを慕っていた。


「これからルミナスのもとへ行こうかと」

「あんれまあ、やっと顔合わせかい?」


 ルミナス。父の親友であり、ルミナスの妻は母の親友であるとか。

 そんな両親の親友の間には、同い年の女の子がいる。

 記憶もないような赤子の時に初対面は済ましているらしいが、それはあってないようなもの。

 それがチヨばあも共通認識が故に、''やっと顔合わせ''なのだろう。


 なぜ、5歳になるまで、幼なじみとなれるであろうこの出会いが引き伸ばされたか。


 一重に、両者の父のせいである。

 なんでも、赤子の初対面の際、酒に酔った勢いで、許嫁の約束を交わしたのだとか。

 しかしここからが問題で、素面に戻った2人は、娘はやらん、息子はやらん、と騒ぎ出す。

 それとまた同時に、しかし約束は約束だ、と両者臍を噛む。

 誠実かつ親馬鹿な、なんとも締まらない苦悩のせいで、引き伸ばされたのであった。

 アストが腹を決めた、というよりは、歳の割に達観したレオが、友達が欲しいと言葉少なに言ってみせたからだ。


 前世のようなインターネットやゲーム、電話など、そういったものはこの世界には無い。または普及していない。

 つまり、人生を豊かにするのは、もっと原始的な人と人との繋がりであるとレオは朧気に感じる。

 両親の同伴で村を散歩することで、多くと顔見知りではあるが、あくまでそれは広く浅く。

 深い仲、つまりは友人を得たいという思いがあった。


「ついた」


 まるで、ついてしまったと言わんばかりのアスト。

 どうやら目前にある立派な木造屋が、両親の親友の家らしい。

 コンコン、とアストが扉を鳴らせば、女性の声で返事があった。


「アストさん? 少し待って下さいね。あなたー?」


 アストが小声で、今の人がママの親友のユリさんだと教えてくれる。

 銀の綺麗な髪だな、という印象だった。


「ついに来たか…」


 何やら悲壮な覚悟を決めた表情で、金髪のスラリとした青年が現れた。彼がルミナスだろう。

 ルミナスはアストを睨んだ後、次に聡明そうな眼差しと温和な表情でレオを見た。


「やあ、レオ。実際には初めましてではないんだが、あえて。初めまして、君の父さんの友人、ルミナスだ」

「初めまして、ルミナスおじさん。レオです」


 どんな人物か、少し緊張していたものの、凄くいい人そうだとレオは思った。

 中へどうぞ、と案内されてルミナス宅へお邪魔する。

 ちなみに、靴は脱がない。それが世界の文化なのか、国の文化なのか、村の文化なのかはまだ分からないが、そういう教えだ。


「ふわ」


 思わず声が出た。

 母親譲りの滑らかな銀の髪。父親譲りの深い眼差しに、まるで精巧な人形のような顔。天使のような女の子が食卓の椅子に座っていた。

 彼女が……。


「紹介するよ、レオ。家内のユリと……娘のマナだ」

「よろしくお願いします、レオちゃん」

「……」


 ユリが淑やかに挨拶を交わし、マナはじっとレオを見たまま喋らない。


「よろしくお願いします、レオです」


 ぺこりと頭を下げる。礼儀正しいが、へりくだりすぎ。そんな印象をこの世界では与えてしまうらしいが、レオの知識と感覚で1番丁寧な挨拶だった。


「レオちゃんは挨拶できて偉いですね。マナもできるはずですよ?」


 そっと慈愛の表情でマナの背に手を置くユリ。

 マナはレオから目を逸らさず、じっと見つめて口を開いた。


「……マナ」


 すごく、レオの印象に残る声音だった。

 合った目をそらせない錯覚に陥るほど、深い眼差しにレオは固まる。

 妙な間が空いた時、ユリが助け舟を出してくれた。


「レオちゃんは、マナとお友達になりたいんですって」

「あ……うん!」

「……」


 正気に戻ったようなレオは、今日1番の声を上げてマナへと1歩近づく。それでも食卓を挟んだ距離で、傍から見れば離れているが、レオにとっては大きな一歩に感じた。


「お友達……」

「そう。昨日、絵本で読んだでしょう? あのお友達ですよ?」


 ユリに顔を向けて、その言葉を咀嚼するように聞いた後、マナはもう一度レオを見て口を開いた。


「おともだちから、よろしく、おねがいします」


 一体どんな絵本を読んだというのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る