第16話

「勢登さん」


「……なんだ」


 俺は彼女の目を見る。その目は真剣そのもの。

 今まで彼女がこんな目をするのは見たことが無かった。


「私は、あの時祖野沢さんがあなたに告白した、あの瞬間を見たとき、胸がキュッと締まる感覚に襲われました」


「……」


「その後に来たのは苦しみと焦り。何で私が焦っているのか、それには見当がついていたの。そして何で苦しんでいるのかも」



 そして、彼女は告げる。



「私は、どうしてもこの気持ちを抑えきれない。抑えることができない。やっぱり───」


 





「私は、あなたが好きです」







「……白戸さん」


「前からずっと……そして、これからも……私はあなたが好き」


 彼女が頬を染めながら静かに笑った。

 

 その表情は恋する乙女そのものとしか言えないもので、俺の心を大いに狂わせてきて、思わずドキッとしてしまった。

 そして少しだけ目をずらしてから、すぐに俺と目を合わせる。


「だから……私と付き合ってほしい、です」


「…………」


 今の俺の中で浮かび上がっている感情はなんだ。

 祖野沢から告白された時とはまた違った感情。


 嬉しさはある。それは祖野沢から告白された時と同じだ。


 だが何だろう……その時とはまた違った、何かがある。


 すると彼女が一度ふぅ、と息を吐いた。どうやら緊張していたようだ。


「答えはまだ聞かないわ。祖野沢さんの告白も受けてるんだし。まだ頭の中が混乱してるんでしょ?だから、覚悟してね?いつか──いや、あと数日でその時が来る。答えを出さないといけない時が。だからきっと祖野沢さんからも猛アピールが来るし、もちろん私もだけど」


 それを聞いた俺の表情はきっと酷いものになっている気がする。

 そんな俺を見て白戸さんはふふっとおかしそうに笑った。


「そんな今にも怯えたような顔しなくても大丈夫よ、きっと」


「そ、そうか……」


「うん。きっと」


「こ、怖い」


 





 次の日。


「おはよ、勢登さん」


「お、おぅ……」


 朝。俺がいつもみたいに目覚めると、目の前にはエプロンを着た白戸さんがいた。


「朝ごはんできてるから、すぐに着替えてきてね?」


「うん……」


「あ、それと、もうそろそろ名前で呼んでよ。朱火って」


「そ、それは……また今度」


「分かった」


 そう言うと少しだけ寂しそうな表情をしてから、俺の部屋から出て行った。そんな彼女を見て俺は少しだけ心が苦しくなった感じがした。


 しかし……前から名前で呼んでほしいと言われていたが、告白される前と後でその言葉の捉え方がこうも変わるのには驚いた。


 なんというか、ちょっと照れる。それに余計彼女を名前で呼ぶのに抵抗感が生まれてしまった。


 そんな恥ずかしさを奥に引っ込めて、俺はクローゼットから今日着る服を軽く吟味してすぐに着替える。


 そして部屋を出てから顔を洗って、いつものようにキッチンへと向かい、自分と白戸さんの分の箸とコップを取ってリビングの机に置く。


「「いただきます」」


 彼女が作ってくれた朝ごはんを机に二人分置いてから一緒に食べ始めた。


「…………」


 吹っ切れたのか知らないが、昨日とは違って俺の目の前に座っている彼女は俺の顔を見ながらニコニコしている。

 俺の顔に何かついているのだろうか。


「ん?どうした?」


「あ、ううん。何でもないよ」


 そう言って彼女は手元に視線を戻した。

 

 

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