第11話
(side白戸朱火)
「遠峰の家久しぶりだなぁ……!」
「お前なぁ……」
「だって最後に行ったの去年の夏とかじゃなかったっけ?そう考えると約一年ぶりだよ?これではしゃがなかったらそいつの感性は死んでるねっ!!」
「そこまで言い切れるかよっ!?お前馬鹿か!?」
勢登さんと祖野沢という女が仲良く話しているその光景を見て、私は歯がゆい思いをしていた。
ついて行けない。彼らが話している内容は私には全く分からない。私が勢登さんの家に住み始める前の話だから。
しょうがないと言うその一言で済む話なのだが……それでもやっぱり悔しいものは悔しい。
「あ、そうだ白戸さん」
「……え?」
「さっきからどうしたんだ?なんかボーっとしてたから気になったんだが……」
「あ、ううん、何でもないよ!」
そんな私の気持ちが表情に出ていたのだろう、不意に勢登さんがこっちを向いてから私に話しかけてきてくれた。
それだけで私の心はぽわぽわとして、なんだかさっきまでの不満が一気に吹き飛んだ気がした。
なんて単純な女なんだろう。我ながら呆れてしまう。
いつからこんなになってしまったのだろうか。
そうやって考えると、ふと、ある出来事を思い出した。それは私が彼に惚れる一つのきっかけになった事だった。
高校に入学したばかりの私は中学の時と変わらず遠峰さんと偶に会うと、よくそのコンビニから一緒に帰りながら話したりしていた。
そんなある日のことだった。
「あ、遠峰さん」
「ん?おお、白戸さんか。最近会ってなかったな。平風さん元気か?」
「うん。なんか日を追うごとにどんどん元気になっていってるよ……」
コンビニに入ろうとしていた遠峰さんに偶然出会った。ここで話すのもなんだからということで、コンビニの中に入って、話しながら一緒に回ることにした。
「そう言えば二か月前とかに怪我したんだっけ」
「そうそう。大変だったよほんとに。愚痴聞いてよ~」
「はいはい」
今日は誰かにこの愚痴を聞いてほしい気分だった。施設の子たちには聞かせたくないものだから、何も関係のない、けど気軽に話せる人─────遠峰さんが丁度よかったのだ。
「母さんをあんまり動かしちゃいけないから、家事の分担は必須でしょ?それで最初もめちゃってね……」
「そういや、お前の次は中学生だっけか」
「そう、中二が三人。後はほとんど小学校か保育園に通ってる子だよ。やっぱり小っちゃいからどうしても、ね」
私の言いたいことが分かったのか、『あー、確かにそうね。それは大変だわ』と、相槌を打ってくれた。
彼ら年少組ができる手伝いは精々洗濯物をたたむとかお風呂を洗うとかくらいで、洗濯物を取り込むのは背が足りないからできないし、料理は指を切る恐れがあるし、火の元を注意しなければいけない。
私や他の年長の子たちには彼らの様子を見る暇がないのだ。
でも、できる限り年少組にも手伝えることを模索しつつ、何とかやっていけた。
「疲れたよ~。母さんも昨日ようやく完治したし」
「お、そうだったのか。よかったじゃねぇか」
「うん」
「それじゃあ今度完治祝い持ってくわ。平風さんの好きな食べ物って何か知ってるか?」
「えっとね─────」
私は思いつく限り母さんの好きな食べ物を彼に伝えた。その途中彼の顔は面白いくらいにコロコロ変わり、それがなんだかおかしくてつい笑ってしまった。
「ん?どうしたんだ?突然笑ったりして」
「ううん、何でもないよ。ただ遠峰さんの顔がコロコロ変わるから、それが面白くて」
「あー……まぁ確かによく言われるわ。なんか知らないけど、俺よく顔に出るらしいんだよね。やっぱ顔に出てたのか」
「うん」
彼の顔はよく変わる。それはもう面白いくらいに。でもそれが彼のいいところだと私は思う。
だってそれって彼は誠実で正直者だと言うことの証明だと思うからだ。彼は自分の感情を隠せない。それは確かに人によっては悪いことだと思うだろう。
でも、その分信用は得やすい。それはやっぱり彼のその朗らかな人柄に繋がっていると思う。
だから……私はそんな彼にちょっとだけ甘えてしまう。
「……ちょっとだけ、話変わるんだけど……聞いてもらってもいいかな。学校の」
「ん?ああ、別にいいぞ」
突然私の声色が変わったことを少しだけ不審に思ったのだろう、彼は眉を少しだけ歪ませたがそれは一瞬で元に戻った。
そんな彼にクスっと私は小さく笑ってから話し始める。
「最近ね、よく告白されるの」
「それはなんだ。自慢か?」
「そうじゃないよ。そんな訳ない……まぁ、ちょっとだけ自慢だけど」
「やっぱ自慢じゃねえか」
「話を戻すけど、つい一か月前にね。ある男に告白されて、それをまたいつものように断ったんだけど……」
「だけど?」
「その断った次の日から、私の行く先を付いて来るようになったの。怖くない!?」
「確かにそれは…………そうだな」
「しかもだよ?私に気がないと再三言っているのに、何度も付け纏ってくるの。もうストーカーも同然だよね!?」
「まぁ─────」
「─────白戸?」
「っ!?」
私たちがコンビニから出たその時だった。突然横から私の名前を呼ばれた。それはここ最近私を苦しめている、一番聞きたくない声だった。
私は嫌々その方を向いた。
「……何であなたがここにいるんですか」
「それよりも、お前、なんで他の男と一緒にいるんだよ」
彼の名は……正直忘れている。正確に言うと思い出したくない。
こいつは、さっき言った……ストーカーだ。
彼は一か月前に私に告白し、そして玉砕されて以降その気持ちを捨てきれないのかずっと私を付けまわっているのだ。
更に事あるごとに彼氏面してくるのだ。これが本当にめんどくさい。
なので私は一度彼に抗議したのだ。そしたら─────
『ん?俺たちは付き合ってるんだからこれくらい普通だろ?何言ってんだ?』
などと馬鹿げた妄想を展開し始めたのだ。これには流石にドン引きせざる負えなかった。
本当に気持ち悪い。
「どうしてここにいるんですか」
「それはお前を迎えに来たからに決まってるだろ」
「なんで私がここにいることを知ってるんですか」
「それくらい知ってて当然だろ?だって俺はお前の彼氏なんだから」
「あなたは私の彼氏なんかじゃありません。あの時断ったはずですが。何度も言わせないでください」
「ふっ……人前だからってそんな風に恥ずかしがるなよ。堂々と俺と付き合ってるって言ってもなんも問題ないんだ」
「問題しかありませんが」
「まぁそんなことを言いに来たんじゃないさ。それよりも……」
「……ん?」
そう言うと目の前のストーカーは視線を私から外して遠峰さんの方を向いた。
「お前、俺の彼女に何してんだ」
「…………」
いよいよ私は口から何かを吐き出しそうになった。
どうせ、悪人から私を救う為にーなんて頭お花畑のこいつはそう思ってるのだろう。さっきから胃の中にあるなにかが口から飛び出しそうで、それに耐えるのに精いっぱいだった。
「……お前」
しかし、そんな意気揚々としているストーカーに対して遠峰さんは静かに、だが重厚感のある声でこう言った。
「お前こそ─────俺の彼女に何してんだ」
「っ!?」
そして遠峰さんは私の肩を掴んで自分の方に引き寄せた。あまりに突然の出来事だったから私もストーカーもびっくりして固まった。
もう私の頭の中に彼女と呼ばれた時の謎の幸福感は上乗せされた更なる謎の幸福感によって塗りつぶされた。
なんで嬉しくなっているのか、私が不思議に思っている間に二人の間で会話が続いていた。
「自分のことしか見えていないようだからはっきりと言うけどなぁ……キモいんだよ、お前」
「っ!?き、キモいだとっ!?部外者のくせに知ったような口で言うなっ!それに……それに……白戸さんは俺の彼女だぞっ!!今すぐ彼女から離れろっ!!」
「でも現にお前は避けられてんじゃねぇか。気付かなかったとは言わせねえぞ。いい加減目を覚ませ。現実から目を背けるな。お前のその片道の想いは行き過ぎてんだよ」
「……っ、何を言って」
「はぁ……もう一度言うが」
そう言っていつも温厚な目がどんどん鋭くなっていく。こんな遠峰さんは見たことが無かった。
いつもは温厚な人が怒る。これ程恐ろしいものはない、と私は思う。
「─────俺の彼女に手を出すな。殺すぞ」
私のために怒ってくれている。
あぁそうか。さっきの謎の幸福感の正体。どうして彼に彼女だと言われた時に嬉しさが体中を巡ったのか。
これが─────好きってことなんだ。
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