第10話
すみませ~ん!遅くなりました~!
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(side 祖野沢侑那)
唐突だが、私は遠峰勢登が大好きだ。
この気持ちは最近昇華され始めてきて愛してるとまで言っていいところまで来ている。
だからだろうか。
ある日私が見たあの光景は、私を一気に焦らせるには十分だった。
それは、二年前。
習慣である夜のランニングに勤しんでいる時だった。
この日はいつもと違って気分を変えて別のコースを走っていた。
やはりコースを変えると肌に感じる風の冷たさも変わってくるから新鮮だ。しかし道に迷ってはいけないため逐一立ち止まっては自分のスマホを開いて自分が今どこにいるのかマップを見て確認する。
そして何度目かの確認をするとコンビニが近くにあるではないか。丁度喉が渇いてきたところだったので、私はそのコンビニに向かって走り始めた。
「おや?」
そしてコンビニが見え始めた、その時だった。
コンビニの入り口から出てきた人物に私の目は丸くなった。
(遠峰だ。そっか、そう言えばこの近くに住んでたんだっけ)
その彼は何だかいつもと違って朗らかな感じだった。大学とは関係ないところで彼を見るのは初めてだったから何だか新鮮だ。彼の家に泊まったこともあるのだが、その時は雅人もいたし、大学の時のままだった。
私は声をかけようと彼に近づいた。その時、
「─────そうだな」
「しかもだよ?私に気がないと再三言っているのに、何度も付け纏ってくるの。もうストーカーも同然だよね!?」
彼が知らない女の子、しかも高校生の女子と談話していたのだ。しかしそんなこともつかの間、突然知らない男が彼らに話しかけた。
私は咄嗟に近くに隠れて彼らの会話を聞いた。しかし私にも遠峰にも関係のない話だった。しかし話の内容はここからだと聞き取りづらく、分からなかった。なので私はここから離れることにした。これ以上聞くことなんてないと思ったからだ。
それに、人の話をこうやってコソコソと聞くなんて趣味が悪い。
しかし、私が立ち去ろうとした瞬間だった。
「お前こそ─────俺の彼女に何してんだ」
「っ!?」
私は彼の発したその言葉に驚き、その場に佇んでしまった。
彼と、あの子が付き合ってる……?
私の頭の中はその事でいっぱいになった。
その後の帰り道の記憶は曖昧だった。私の気持ちははショックで埋め尽くされ、何もする気が起きなかった。
それに、盗み聞きをしてしまったという小さな罪の意識も相まって私の気分は最悪だった。
「はぁ……」
次の日。
「…………」
「お?祖野沢じゃん」
「……え?あぁ、遠峰か。おはよう」
「お、おう……どうした?なんかあったのか?」
サークルの部室で私は遠峰と会った。そして彼は一目で今の私がいつもと違うことに気が付いてくれて、気をかけてくれた。
だがその彼の優しさが今の私には毒でしかなかった。いつもは嬉しいはずなのに。彼にはもう彼女がいると思うと……私は気が狂いそうになった。
だからだろうか、私の口は勝手に言葉を紡いでいた。
「……ねぇ、遠峰って彼女いたっけ」
「は?なんだよ突然」
「なんだか気になってね。で、どうなんだい?」
なるべくいつもみたいに少し笑いながら聞けたはずだ。今の私にはさっきよりは何も違和感はないと思う。
すると彼はいつもみたいにきょとんとした顔で、
「んなもんいるわけねぇだろ」
と、まるでそれが当たり前かのようにそう淡々と彼は告げた。
嘘かもしれない。本当はあの子と付き合っていて、それを隠すためにそう言っているだけかもしれない。
でも私は、その彼の言葉を信じたかった。
まだ私にチャンスがあるのだと、細い細い一本の長い糸が、まだ私の前にあるのだと。
「そうなんだ。いやね?昨日高校生と一緒にいるのを見てさ」
「あ?そうなのか?あー、あそこのコンビニにいたのか。だったら声かけてくればよかったのに」
「ジョギングの途中だったし、なんかもめてたじゃん?だからやめておいたんだよ」
「……そこまで見られてたのか。あ、だからお前誰かと付き合ってるのか聞いたのか?まさかあの高校生と付き合ってると?」
「そうだよ。もしそうだったら私は友人として失望していたんだけどね。そうならなくてよかったよ」
「俺が高校生と付き合えるわけないだろうが。そもそも俺はそう言ったものには縁がねぇんだよ」
「もしかしたらあるかもしれないじゃないか」
例えば私とか、私とか……私とか。
「そうやって簡単に諦めちゃ、駄目だぞ?」
「……へーい」
そうやって何か気に食わないとでも思っていそうなその顔を眺めながら、私は心の中で一安心するのだった。
だが、その時私の脳裏にある光景がよぎった。
「っ!?」
それは去り際に見た、あの時遠峰と一緒にいた女子高生の顔。
遠くだったからあんまり鮮明に見えなかったのだが、街灯の光のお陰でちょっと見えた、あの真っ赤に染まった頬に……明らかに遠峰を意識していた、あの女の目が、頭の中から離れなくなった。
(まずい……)
無意識に私は危機感を覚える。それはきっと間違ってない。彼女はきっと彼に恋をしている。
故に。
(仕掛けるしかない……)
朴念仁─────遠峰勢登を堕とす。私しか考えられないように……。
だが、それは果てしない過酷な道だとは、この時の私には気付くはずもなかった。
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