第8話

 恥ずかしい勘違いから数時間後。俺と白戸さんは夜ご飯を買うために、帰りに家の近くのコンビニに寄った。


「どれがいい?」


「これ食べよっかな~。あ、でもこっちのパスタも美味しそう……。でもそれだったら自分で作った方が美味しいんだよなぁ……」


「……おーい。あんま考えすぎんなよー」


 白戸さんはどうやら何やら妙なこだわりを持っている晩御飯を決めるために、思考の海に沈んだようだ。なので今日飲む酒でも探すことにした。


 俺は一旦彼女にその旨を伝えてからこの場を離れた。一日の疲れを癒すのはエナドリか酒の二択なのだ。そして今日は一日中歩いたから結構疲れている。なので酒の気分。


 俺は酒が置いてある所へと向かった。その道中何かつまみがないか探しつつ。


 しかし特に気になったつまみが無かったので仕方なくつまみコーナーを抜け出し、酒のコーナーへと向かった。そして俺がお気に入りの酒を取ろうとしたその時、横から別の手が伸びてきた。


「お」


「あ」


 そこにいたのは何と祖野沢だった。

 そう言えばこいつこの近くに住んでるって前に言ってたっけ。


「あ、遠峰じゃん」


「祖野沢か」


「よっす」


「おっす」


 取り合えずお互いにあいさつを交わす。それだけで何だか心なしか円滑に会話が進むのだ。


「遠峰何飲むつもりだったの?」


「お気に入りの酒である泥酔い」


「それアルコール度数高いやつだよね? 大丈夫なの?」


 俺が手にしたのは、“これを飲めば嫌なことも忘れられるっ!!そうだっ!!忘れてしまえっ!!”というコンセプトの元作られたというアルコール度数驚異の19.9%のビール、“泥酔い”。酒税法ギリギリを攻めた、知る人ぞ知るビールなのだ。


 そう言えばもう少しでこれの製造が中止になるとかならないとか、そういう噂を耳にしたのだが……いや、所詮噂だな。そう信じたい。


 俺は泥酔いを10本くらいそっと買い物カゴの中に入れた。決して製造停止を警戒したからではないのだ。あ、帰ったらネットで箱買いしとこ。

 しかしそんな俺の行動に驚いたのか、少しだけ引いた感じで祖野沢が俺に聞いてきた。


「ねぇ、流石に飲みすぎじゃない?」


「ん? これは予備に決まってんだろ」


「そうだよ─────ん? 予備?」


「何を不思議がってんだ? これくらい普通だろうが。泥酔いなんてな、もう少しで製造されなくなるかもしれないのかもしれないんだぞ?」


「なんか必死になりすぎて最後おかしくなってなかった?」


「とにかく、これは何ら問題でもないのだよ分かるかい?ねえねえねえねえ」


「……君はエナドリとそれに関してはとてつもなくめんどくさい性格になるんだね。もしかしてあれなの? 中毒者なの?」


「何を言っているんだ俺は全くもって中毒なんかじゃないし至って健全な日本男児だし何ならお前よりも健康である自信があるし毎日多分だけど運動してるはずだし記憶が正しければだけどでもきっと俺は運動しているはずだから問題ないきっと大丈夫だから俺は健康であるからこそ」


「なんか途中から壊れてなかった?」


「とにかく、俺は何も問題が─────」


「ねぇ勢登さん、もう選び終わった…………へぇ」


 と、その時だった。俺が祖野沢に泥酔いが如何に俺の人生に大事かを説いている時に丁度後ろから白戸さんがやってきてしまった。そんな彼女は満面の笑みを浮かべていた。が、笑っているはずなのに、どうして俺は彼女に恐怖を抱いているのだろうか。

 まずいところを見られてしまった……。せっかく機嫌が直ったというのに。


「ん? 遠峰、その子は一体……?」


「勢登さん、その方は……っ!? まさか」


 俺は悪いことをしていない。していないはずだ。

 なのに何故だろう。こんなにも罪悪感が芽生えてくるのは。


 遭わせてはいけない二人を遭わせてしまったような、そんな不穏な空気がここ一帯を占め始める。その空気に当てられたのか、近くにいた社会人と思われるスーツを着た男性がスッとまるで空気になったかのように自然と去っていったのを俺は見逃さなかった。


 逃げたな。


「勢登さん、その方、紹介してくれますよね……?」


「遠峰、その子は一体誰なのか、教えてくれるよね……?」


 俺はそっとこの場から離れようとするも、浅草の雷門にある風神と雷神のような恐ろしい顔をした二人に捕まってしまった。


 そして会計を済ませた後、俺は祖野沢と白戸さんに連行される形でコンビニの外に出て、俺の両腕は二人に掴まれてしまった。もうこれで逃げることはできない。


 俺は大人しく連行されるしかなかった。


「それで、勢登さん。紹介してください。この方が一体誰なのかを」


「そうだよ遠峰。私にもちゃんと説明してもらわないと」


「…………」


 正直な話、祖野沢を白戸さんに紹介するのはまだいい。だが、祖野沢に白戸さんを紹介するのはまずい。

 どう説明するのが正しいのだろう。まさか素直に一緒に住んでるとか言えないし……。一発で通報確定コースになりそうでそれで更に面倒なことになりそうだし。

 一応通報されても問題ないとは思うのだが、警察沙汰になる時点で面倒になるのは目に見えている。なのでここは穏便に済ませるためにも、近所の知り合いとかそんな感じで説明するしかない。


 俺は頭の中で、彼女らに言う文章を高速で作成する。そして最初に白戸さんに祖野沢を説明する方がいいという決断に至った。


「えっと、まずは、この人は祖野沢侑那。俺の大学での友人」


「兼恋人、でしょ?」


「……へぇ」


「ンな分けねぇだろ質の悪い嘘を止めろ」


 危ない。祖野沢が恋人だと言った瞬間この場の空気が一気に5度くらい下がった。気がした。


 まぁ、いい。

 

 気を取り直して、今度は祖野沢に白戸さんのことを話す。


「この人は白戸朱火っていう、俺のアパートの近所に住んでる人で」


「将来を誓い合ってる許嫁ですっ♪」


「……遠峰、そうなんだ」


「ンな分けねぇだろ白戸さんも質の悪い嘘を止めろ」


 危ない危ない。白戸さんが許嫁なんて言うからこの場の空気が更に5度下がった気がしたじゃねぇか。恐ろしい。


 まぁ……いい。


「これで満足だろ? んじゃ俺は帰る─────」


「とか言わないよね? 勢登さん」


「そうだよ遠峰。ここで白黒はっきりしなきゃ」


 ……俺は帰ることができないようだ。これを解決するまでは。

 そして更に祖野沢は言葉を続けた。


「それに知ってるからね? 私」


「……え?」


 一体何を知ってると言うのだろう。俺だけでなく、これには白戸さんも首を傾げる。

 そんな呑気な俺たちを他所に、祖野沢はさっきとは違って真剣な表情で俺たち二人を見て、こう言った。




「君たちが一緒に暮らしてるってこと」




「「っ!?」」


 その祖野沢の言葉に、俺たちは瞠目せざる負えなかった。



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