はじめて

田土マア

はじめて


 彼に体の関係を求められたのはもう3ヶ月も前の話で、私は自分の容姿に自信がなかった。中学、高校と眼鏡をかけ、前髪を分けて長い髪を後ろで結った、言わばそこら辺でよく見かける学生をしていた。そんな自分に嫌気がさして、大学からはコンタクトをつけるようになった。長かった髪もバッサリと切り落とし、最近流行りのウルフカットにしてみたりと、イメージチェンジを徹底した。


 自信がなかった私は彼に体を求められたまま、彼に体を任せた。慣れた手つきで私の服を脱がしていく。彼は私がはじめて出ないことはとっくに気がついてた。そんな彼に私のはじめてを捧げた。少し長めのキスをして、薄暗い部屋で一緒に過ごした。その時だけ、彼は私を見てくれている。私は私を忘れて快楽に溺れていく。事が済んだ後はシャワーを浴び、彼の腕の中で眠りについた。


 まだ付き合ってもいなかった私と彼の関係は、ただ何となく続いていた。ご飯を一緒に食べに行き、酒をひっかける、それだけの関係。そして呑み直そうと彼の家へ招かれた。私は酔った勢いで彼に体を預ける。私はそんな彼が好きだった。私を必要としてくれている。そのなんとも言えぬ充足感が私にはあった。


 何を思ったか分からないが、彼の腕の中で私はふとした疑問をぶつけてしまった。

「私ってセフレなの?」

慣れた手つきはきっと他にも関係を持っているからだ、と私は感じていたし、メイク落としも私が泊まる前から常備されていた。

そんなことないよ。とカスタードのように甘ったるい声でやんわりと否定された。普段は疑いの目を一度持ってしまえば、真相が見えるまで疑い続ける私が、好きな彼の言葉には弱かった。


 付き合うことも無いまま、夜は彼の車でドライブに出かけることもあった。田舎でしか見ることが出来ないような、夜景がよく見えるスポットに連れて行ってくれたり、静かな砂浜で波の音を聞きながら将来について、好きな音楽について、夜にたった二人だけの世界を広げた。



 彼に好意を持ってから、秋、冬、春、夏と過ぎていき、二度目の冬がやってこようとしていた。冬と言えば、子供たちも楽しみにしているだろうクリスマスがやってくる。もちろん私も例外ではなかった。私にとっては特別な日になる予定だった。クリスマスには告白をしよう。そう心に決めていた私は入念にメイクをして、髪型もいつも以上に気をつけた。そして彼が家まで迎えに来てくれて、その白いボックスカーに乗り込んで行った。


 いつものようにご飯を食べ、お酒を飲んで。なんの変哲もない彼との時間を過ごした。キラキラと光るイルミネーションなんか私たちには似合わなかった。彼の家に辿り着くと、また彼に体を求められる。告白もできていないまま、また体を許してしまう。彼と私の関係を繋ぎ止めるためには、体を預けてしまうことでしかできないと思っていた。求められるがまま、言われるがまま、私は彼に従っていた。見た目では私よりも可愛くて綺麗で、そして大人びた人は山ほど存在している。私はそこら辺に歩いている人にすら叶わないと思っていた。だからこそ、体を彼に捧げていた。


 事が終わって、また彼の腕の中で聞いた。

「私たち、そろそろ付き合わない?」

普段の私は決断をしていても、その直前でひよってしまう。だから前もってひっかけたお酒の力を借りた。やっと思っていた言葉を口にできた。私は不安を感じながらも、目線は真っ直ぐだった。

「そんなことを言われたら、揺れちゃうな」

せっかく用意した言葉への返答は、私の気持ちをぐちゃぐちゃにしてみせた。

「それってどういうこと?」

彼の言葉の真偽を確かめたくなってしまった私を後になって後悔したけれど、もう後には引けなくなっていた。

「無理を言っちゃうのかもしれないけれど、私は今その返事が聞きたい。揺れるとか、曖昧な言葉じゃなくて。」

彼の返答を待たずに言葉を走らせる。

「うーん。」

結局彼からの返事はもらえないまま、私が拗ねたように眠りについた。彼の腕の中で眠るのが最後だと分かったからなのか、私は彼の腕の中でひっそりと小さくなって瞼を閉じる。その時少しだけ涙が流れた様な気もする。


 後日、私は友達とご飯に行くことにした。彼との共通の友達でもあったから、彼の話を聞いてもらうことにした。

「私、振られちゃったのかな。」

そういうと友達が目を丸くして動揺していた。鈍感な私でもはっきりと分かるくらいに。

「なんていうか、これ言ってもいいのかな。」

そう言い淀んだ友達に私は催促した。

「あいつ、彼女居るよ。それもだいぶ前から。」

その言葉を聞いて私は頭が真っ白になってしまう。これまでの数ヶ月はなんだったのか。私が彼に尽くしてきた時間とはなんだったのか。私は分からなくなってしまった。そして今までの疑念が全て真実に変わっていってしまった。

 友達の前では絶対に泣きたくなかった私は、家に帰るまでその虚しさと哀しみを背負って帰路についた。

ベッドに潜って泣きながら色々と考えた。今までの私の努力は水の泡のように消えてしまった。後悔しても過去は変えることが出来ないし、どう足掻いても彼との時間がなかったことにはならない。スマホの写真フォルダには彼との思い出がたくさん残っていた。それを見て私は更に辛くなって涙が枯れるほど泣いた。そのまま疲れ果てて眠ってしまうかと思っていたら、全然眠れなくなって、気がつけば太陽がカーテンの隙間から覗いていた。


 彼にとってははじめてではない体験だったかもしれない。でも私に取っては何もかもがはじめての体験だった。一人虚空を見つめながら呟いた。


「私のはじめてを返して。」

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はじめて 田土マア @TadutiMaa

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