お祭りの元凶!
「あの、このお祭りらしきものは何の目的で開催されているんですか?」
お面も納得はいかないが、このお祭りはもっと謎だ。自分たちはなんでこんなところに来たのか。怪異に付け狙われる心当たりはない。
「ああ、未練たらしい落ち武者が成仏できずに彷徨っているだけです」
「は?」
「憎悪の炎がずっと燃やすためにお祭りみたいな儀式を開いている、らしいです。まあ怪異の考えなど分かりませんが。あの小さい炎が怪異を強くしているらしいですよ。」
いよいよ物語の世界に入り込んだみたいになってきた。
「そうですか。やっぱり専門の方は見ただけで分かるんですね」
話の中身は全て理解できていないが、ここまで来るまで何でもありになってきている。自分は戸惑ってばかりいるが、その手の方は経験等ですぐパターンに当てはめる事ができるのかもしれない。
「依頼をしてきた神社の宮司さんが教えてくれましたので」
別に専門職による見立てではなかったようだ。
「宮司さんはこのお祭りを知っているんですか?」
「ええ、代々伝わってきた話でこの神社で長く働いている方はみんな知っているそうです。そして、ずっと悩んでいたようです。むやみに倒してしまっていいものかと。排除した結果、神社によからぬことが起きないかと。毎年犠牲者は出ているが伝統を止めても罰が当たらないかとかね。神社に残されている古い文献にもお祭りについて書かれていたらしいので」
神社なら自分でお祓いをすればいいのでは。いや、悪霊のお祓いはお寺だったか? 浩輝はこんな時に自分が神社とお寺の区別がしっかりとつけられていないことを自覚した。世の中には知っているようで知らないことが自覚できていないだけで数多くある。
そしてフッと頭に疑問が出てきた。
「今までの犠牲者の家族から神社に問い合わせしかなかったんですか? 警察も動きますよね?」
人が帰ってこず行方不明になったんだから、行き先に事件や事故がないか訊ねたり警察に相談するのは当然の行動だろう。
「警察も毎年この時期に神社に来た人が行方不明になるっていうのは分かっているらしくて。被害者の家族や身近な人から捜索願いが出された時はどう説明するか頭を抱えているようで。警察からも神社に対応をお願いしているそうです」
「……そうですか」
警察も流石に相手が悪かったか。
「大体、神社もこの広場に行かせない、行ってしまった人を戻す対策として毎年怪異の専門家を雇っているのに一度も根本的解決を試みないなんて。これは神さまが関係ないただの怨霊でしょうに」
見るからに男は不満そうだった。余計なことは言わないでおこう。
「それも神社側もこのお祭りは慰霊が発端です、とはっきりと言えばいいのに。このお祭りは数多くの参拝客が訪れるので中止にはしたくないのは分かります」
言われてみれば綺麗な灯籠が並べられているだけで、慰霊なんて考えもしなかった。お祭りの目的が過去の慰霊だと告知されたところで、それが理由で怪異が出るから注意しようという発想になる人がどれくらいいるかは疑問だが。
他にも自分の中ではある程度予測はできているが答え合わせしておきたいこともある。この専門家なら何か知っているか、それとも神社の方に聞いているかもしれない。
「その……なんでお面を付けると怪異の仲間になるんですか?」
今更感もあるがはっきりとさせておきたい。お面をつけられただけで、人間が怪異になってしまうなんて理論が成り立たない。
「知りません」
「あっはい。専門家の方でも知らない事があるんですね」
きっぱりと言われてしまった。少々拍子抜けしたが確かに浩輝も出版や編集の仕事の全てに正確に答えられるかといわれると自信はないので、言われてみれば当然かもしれない。
「まだ全て調べきっていないので確信は持てないです。似たような怪異のパターンもあるとはいえ、それは推測にしかすぎないので。怪異の成り立ちも色々あるんですよ」
推測としてはあるらしい。幽霊退治は意外と論理的なものなのだろうか。
「どんな推測なんですか?」
確信が持てないとはいえ興味はある。
「個を消して別にもの――落ち武者の幽霊に変身させる、という形です」
「落ち武者の幽霊に変身? お面を付けられただけで?」
そう言って浩輝は少し考え込む。
「あっもしかしてお面を付けてその役になりきる、みたいなことを強制的にされているとか」
男が浩輝の方を向いて少し微笑む。
「はい、概ね私の言いたいことはそれです」
「なるほど……」
強引だが納得できないこともない。
「なら、その落ち武者の幽霊(?)を除霊すれば全てが解決というわけでしょうか?」
「いいえ、それは安直かと」
やっぱり怪異の世界は自分の常識ではまだ深く推測を立てられないらしい。
「私はこう思うんです。直接怪異を除霊しようとしても意味がないんじゃないか、と」
除霊の意味がないと、打つ手がないのでは?
「もしその推測が当たっていたら、それは除霊できないということでしょうか?」
「いいえ」
金髪の男は否定する。一応除霊の手段はあるのだろうか。
「このようなケースは大体怪異の本体――こちらに攻撃を仕掛ければ除霊ができるものがあるんです。ただ、それが見当たらない」
男は悩ましげな表情をする。先程は日本人だと言われたがやはり洋画に出てくるような色気のある男優のようだ。
「お祭りに関連するものじゃないでしょうか? ここに来てしまった時も祭囃子のような音が聞こえましたし。どこかに和太鼓のような楽器があるかもしれません。櫓らしきものは広場にありましたから。」
実際に怪異がお祭りで人を誘っているかは知らないは浩輝には分からない。楽しそうな雰囲気を出して人を誘い込む妖怪が出てくる小説や漫画は読んだことがあるから、伝承とかでは存在しているのかもしれない。
「でも祭囃子は入ってきた道でしか聞いていないので誘い込む罠のようなものの可能性もあります。ですがお祭り関連は怪しそうです。残り時間も少ないですし、そのあたりに絞ってみるのも手ですね」
「残り時間とは?」
何やら不穏な単語が混じっている。浩輝は嫌な予想を打ち消したかったが、それは叶わなかった。
「このお祭り会場は、あの神社がお祭りを開催している3日間しか行き来できならしいので」
「もし、帰れないとどうなるんですか?」
怪異に疎い浩輝でもなんとなく予想はつくが尋ねずにはいられなかった。本当は目を背けたいが、最悪の場合は知っておきたい。何よりそうなる前に明と合流して帰りたい。
「これも私の推測ですがタイムリミットまでに帰れないと、逃げられなくなって結局怪異に取り込まれてしまうのではないでしょうか? それか、彷徨って倒れてしまうか」
浩輝は思わず顔をしかめてしまった。やはり、逃げ遅れるともう終わりなのだ。
「そう怖い顔をしないでください。もうすぐ、出口に着きますから」
冷静に返される。この状況に慣れているのだろうか?
そう考えているうちに分かれ道に着いた。おそらく、自分たちが入ってきた場所とは反対側の位置だろうか。入ってきた時に見えた櫓の裏側が見える。
「見つけた……」
男が突然立ち止まる。
「あなたも歩かないで」
浩輝は男に突然腕を掴まれる。
「ええなんで」
反抗したかったが、あまりにも大きな力で腕を掴むので浩輝は大人しくした。
「あちらを見てください」
浩輝は言われた方向に視線をやる。そこには明らかに他のお面の人とは違う雰囲気を放っている怪異がいた。
「おそらくあれが先程お話した落ち武者の幽霊かと」
警戒しているのか小声で説明してくれた。確かに動きを見ていると決まったルーティンで動くのではなく自分の意志で動いているかのようだった。
「私はこれからあの怪異の後をつけます。あなたは教えた帰り道から帰ってください。もう近くまで来ているのでお面が来た時に上手くやり過ごしてくれれば帰れるはずです」
無茶振りされているような気もするが、今見た怪異は他のお面よりも危険そうなのは自分でも分かる。ここは従うしかない。
「ありがとうございます。ただ、一つお願いがあるのですが」
男性は怪訝そうな顔をする。目の前にお祭りの元凶となっている怪異がいるのに最後の最後でお願いされたら煩わしく思うかもしれない。だが、臆せずに浩輝は続ける。
「女性を見つけたら同じように帰り道を教えてあげてもらえないでしょうか? 特徴は肩よりちょっとしたの茶色の髪、ピンクのサマーニット、膝より少し下の黒のフレアスカートです。それと白のヒールが低めの靴を履いていたはずです。
「分かりました。話が通じそうでしたら、お伝えします」
なんか引っかかる言い方だが、今は明と合流する手段は一つでも多いほうがいい。浩輝はうなずくと出口に向かって歩き出した。
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