無事な人間!

 あかりが帰り道を教えてもらっていた頃、浩輝こうきもまた明を探していた。目の前の得体のしれないお面集団に警戒して様子を観察していたら、明を見失ってしまった。本当だったらすぐにでも明を追いかけなければいけなかったのに、あいつらに見つかっては危険だと思い慎重になりすぎてしまった。参拝した時に明の本が成功しますようにと願ったのだが、無事に帰宅できますようにと願った方が良かったか。

 だが手がかりは何もなく、やみくもに歩くしかなかった。スマートフォンが使えれば連絡を入れられるのだが今はそれはできない。元々人の多い場所に行くのだから、はぐれた時にどうやって再会すれないいかを決めておけばよかったのかもしれない。

ため息をつきながら歩いていると、あの謎のお面に出会いそうになり咄嗟に隠れた。息を潜めながら通り過ぎていくのをじっと待つ。おそらく常に何人かが巡回しているのだろう。明も捕まってなければいいが。無事やり過ごしたことを確認して、また歩き始める。

「帰り道は逆方向です」

 咄嗟に話しかけられて、思わず振り返る。そこにはお面をつけていない人間がいた。自分たち以外にも普通の人間がいた。それだけで緊張が少し和らいだ。

「そうですか、ありがとうございます」

 ところで何故帰り道の方向を知っているのか。少し探ってみることにした。

「あなたは帰らないんですか?」

「いや、私はここに来てしまった人を帰す依頼を受けているので」

 帰す依頼とは一体? 男は浩輝の警戒心を察したのか提案をしてきた。

「こちらも帰り道の近くに用はありますし、途中までなら一緒にいきますよ」

 広場で一際大きく燃える炎を指差す。この人物の警戒が解けた訳ではないが、2人なら心強い。

「お願いします。1人だと迷いそうなので」

 そういうと、男はさっさと歩いていってしまった。浩輝は置いていかれまいと足早について行く。


 見知らぬ人だからといって沈黙が続くのは辛い。普段なら大して気にはしないが、この状況では気を紛らわしたい。何かいい話題はないものか。

「日本語上手ですね。日本に何年くらい住んでいるんですか?」

「11年です。父が日本人なので日本語は話せますが」

 やってしまった……。金色の髪に彫りの深い顔立ちだったので、外国の方だと思っていた。

「すみませんでした」

「いえ、母はイギリス人ですしよく間違えられるので」

 話題をよく選べばよかった。余計に空気が重く感じられるのは気のせいか。浩輝は他の話題を必死に探していた。初対面の作家さんと会話する時にはどんな話題が無難だっただろうか。

「ここに来る時にまずいと思った時に引き返していれば神社に戻れたかもしれないのにと今更後悔しているんです」

 考えているうちについ弱音を吐いてしまった。

「それ正解です。もしこの場所に通じる道で引き返そうとしていたら、神社にも帰り  道がある広場にも辿り着かずに彷徨っていた可能性があります」

 直感に従って良かった。こんな非常識な時でも直感というのは働いてくれるようだ。

「下がって」

 浩輝は突然、腕を掴まれて男の後ろに移動させられる。

「う、うわぁ」

 前を見るとさっき広場でみたお面の人が2人いた。どうやらこちらを捕まえようとしているみたいだ。早く逃げなければと思った瞬間、男が小型のナイフのようなものでお面の人を刺した。刺された方は身体が消え、お面だけがその場に転がった。続けざまにもう一人のお面も刺した。こちらも同様にお面だけが転がり落ちた。全てが終わった後に浩輝の方を振り向く。

「お面は付けられてないようですね」

 男は浩輝の顔を確認すると、再び歩き出した。

「待ってください、今の……あいつらを消したのは一体?」

 浩輝は歩きながら、質問する。目の前で鮮やかなナイフ捌きは惚れ惚れとするものだったが、何故目の前で消えたのか? そもそも正当防衛とはいえ躊躇なく人を刺していいのか? 助けてもらったのは有り難い。だが、目の前の男に対して不安がよぎる。

「怪異を倒しただけです」

 それがどうしたと言わんばかりに。さも当然のように答える。

「怪異?」

 怪異とは所謂、幽霊や妖怪のようなものだったはずだ。浩輝は別にその類は信じてはいないが、職業柄出版物で目にする機会が多い。まさか、明と話していた幽霊や神隠しの話が本当だったと……?

「いや、怪異は漫画や小説等の中だけの存在では?」

「存在していますよ。普通は見えないだけで」

 浩輝は信じたくはなかった。他人の体験談なら夢や見間違いだったと否定できるのだが、実際に説明できないものを見てしまっている。だから反論ができない。

明の心配も本音を言うと半信半疑だった。もっと真剣に話を聞いてあげれば、この広場に着かなかったのかもしれない。向き合えば明と離れ離れにならなかったのかもしれない。いや、最初に作品について明のやりたい事を尊重すれば神社に誘おうとしなかったのではないか? 今更ながら実は自分が明と話し合おうとしていなかったのではないかと悔やむ。

「気をつけて歩いてください。お面をつけられると奴らの仲間にされてしまいます」

 浩輝の困惑や葛藤、後悔をよそに男は注意する。

「は、はい。」

 いまいち状況が飲み込めないし、明に対する今後の接し方で反省したい面もある。だが今はあのお面が危険だから、そちらに注意することの方が重要だ。それと同時に広場で見た男女がお面をつけられた後の動きも理解できた。

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