お昼寝
先程来た方向とは若干違った方向に走っていくリネットの背中が消えてしまうまで何気なく目で追っていた。
それを疑問に思わないわけではなかったが、旅人などには少々難しいような近道でもあるのだろう。
リネットが見えなくなった後、リーナに話しかけようとしたが目を瞑って心地よさそうにしており、それを邪魔するのは気が引けた。
フレイも自然が好きな方ではあるが、何かの最中になんとなく自然を感じることが出来れば十分なので、どこか手持ち無沙汰な感じは否めない。
周りを見渡してみても、見える範囲には花と草、人間が四人程見えるくらいだ。人間が見えると言っても、会話が聞こえてくるような距離では到底ないため、暇つぶしにはなり得ない。
そもそも、盗み聞きはかなり趣味が悪い。
何かだらだらと食べられるような物も買ってくれば良かったとぼんやり思っていた時、フレイの視界にリネットが入ってきた。
お金を忘れたとかそんな事かと最初は思ったが、手に三つの木のカップを持っているためどうやらそうでは無いらしい。
まだ遠くに居る時は、右手に二個持つしかない事から安定感に欠けているのか、右手に意識を集中させゆっくりと歩いてきていたが、少し経つと普通に歩いてくるようになった。
「てっきりさっきの所ら辺まで戻ったのかと思ったが、そうじゃなかったんだな」
「ここからだとちょっと見えないんだけど、向こうの方に行くと酒屋のおじちゃんがいつも休憩してるんだよ」
「それは別におかしい話でもなんでもないが、休憩なのにわざわざ売り物の酒を持ち歩くのか?」
「ここは見ての通り広いから、人があんまり居ないように見えて、実は結構居るんだよ。だから今日みたいに天気がいい日はお酒持ってきてみたらどうかって昔に提案したの」
「ほーん、それで結構売れてんのか?」
「今日は、エール三人分って伝えたら『お、ちょうど最後だ。運良かったな』って言ってたよ」
「そりゃ凄いな」
「まぁ、そんなに沢山持ってきてるわけじゃないと思うけどね。前に、酒は夜が本番みたいな事言ってたし。それより、二人ともエール受け取ってー」
確かに、高難度の依頼をこなした後や祝い事など事ある毎に、夜はお酒を飲んで騒いだ気がする。
「悪いな、ありがとう」
「ありがとー」
「いえいえ、服を買ってもらっただけじゃなくて、お昼ご飯も出してもらっちゃったし、せめてこれくらい買わせてよ」
「じゃあ、みんなエール持ったな? 乾杯ー!」
『乾杯ー!』
三人の声が綺麗に揃う。
「うん、美味いな」
所謂粗悪品と呼ばれるような物も多く流通している世の中で、きちんとした物を飲めるというのは、当たり前の事のようでそこそこ運が良い。
中には、水で薄めていることを悪びれもせずに公言するような酒屋の店主も居る。
しかも大抵の場合、その水も衛生的にあまり宜しくないというオチがあり、本当に救いようがない。
そんなに薄めたければ、最低限水の生成をする訓練とそれ相応の魔力量を持ってからにして欲しい。
「でしょー? お父さんもお気に入りの店だからね。リーナちゃんはどう? 初めてのお酒は」
「ちょっとだけ甘い感じがするかも。りんごでも入ってるの?」
「そういう訳じゃないんだけど、なんかそんな感じがしちゃうよね。まぁ、私も全く詳しくないからお父さんか酒屋のおじさんに聞かないと」
「俺もよく分からん。酒を飲む時なんていい気分になりたい時だけだからな。不快な味がしなければ良いって位にしかぶっちゃけ思ってない」
「なんとなく美味しいなって思えたらそれでいいんだよ。美味しい理由なんて、万が一店員さんになった時に分かっていたら十分」
リネットが多少強引な締めくくり方をした後、全員が二口目を飲む。
「それにしても昼間から酒を飲むと、少しだけ背徳感があっていいな」
「そうだね。私もお酒に弱いわけじゃないんだけど、飲むと仕事があんまり手につかなくなるし」
「もしかして最初のお酒が昼間って結構珍しいの?」
リーナも会話に参加してはいるが、飲むペースがかなり早い。
「それはそうかもな。それより、もうちょいゆっくり飲んだ方がいいぞ」
「酔いつぶれてここで寝ちゃうのもありだとは思うけどね」
リネットの言うことが一理あるのは認めるが、それはそれとして一緒に止めて欲しいものだ。
フレイがカップの半分程まで飲んだ時、何かが少し寄りかかってきた。
わざわざ見て確認するまでもなく、それはリーナだ。
「言った傍から酔いつぶれたな……。一杯だけだし流石に大丈夫だよな?」
言いながら、リーナを地面に寝かせる。芝生なら寝るのにはうってつけだろう。
「流石に何も無いでしょ。それより酔いつぶれた訳じゃないんじゃない? 別に顔赤くなったりしてないじゃん」
「え? 言われてみるとそうだな。じゃあ、普通に昼寝したくなったってことか?」
リーナは相変わらずの真っ白な肌をしていた。
「リーナちゃんに聞いたけどフローラに着いたの昨日なんでしょ? お店に来てくれた時からずっとはしゃいでたし、眠くなっちゃうのも仕方ないんじゃない?」
「それもそうか。別に先を急いでたりする訳じゃないんだ」
魔の森を抜けるとなれば食料の準備など、いくら国の軍隊と言っても多少は時間がかかるし、行き先も相当な数の候補が出る。
少しの準備期間を経て、大規模な捜索が行われた場合、見つかる危険性が出てくるがどちらにしてもまだまだ猶予はある。
「ちなみにさ、なんでグロッサ王国を出たのか聞いてもいいの?」
「まず言いたいのは犯罪を犯したとかそういう訳じゃないからな?」
犯罪者では無いので手配書を出すなんて事は当然されない。そんな状況下で捜索するとなれば、一体どれだけの人員と金をかけることになるのだろうか
「それは分かってるよ。でも勇者だったらいい生活が保証されてそうだし、黙って国を出る必要あるのかなって思ってさ」
「確かに一生国の切り札みたいな扱いで、のらりくらり暮らしていく事は出来たのかもしれないけどさ、魔王を倒してから自分のやりたい事が分からなくなって……」
「分からなくなって?」
「仲間が二人居たんだ。けど、しばらくして二人とも旅に出てしまった」
「なんでどっちかについて行かなかったの? 仲が悪いわけじゃないんでしょ?」
「二人ともやりたい事がきちんとあって、そんなやつになんとなくついて行きたいなんて言えなかった。だから、師匠への恩返しをするためだって自分に言い聞かせて国に残ったんだ」
「師匠が居るの?」
「ああ、もう亡くなっちゃったけど、両親に変わって育ててくれた。そしたら、いよいよ自分が何のために生きてるのか分からなくなった。けど、このまま国に居るのは違う気がして、旅に出て自由になりたかったんだ」
「そっか。リーナちゃんとは旅に出てから出会ったの?」
「確か深夜に家を出たから、旅に出たその日ってことになるのかな」
「何その偶然に偶然を重ねてみたような出来事」
「本当だよな。リーナも旅をしたかったらしくてさ、その日のうちに一緒に行くことを決めたんだ」
「リーナちゃんもグロッサ王国に居たの?」
「それが森精霊の村に居たのに、飛ばされたって言うんだよ」
「どういう意味?」
「森精霊は大抵北の方に住んでるから、ここら辺まで来るのに下手したら一年かかる。なのに一瞬だったんだとさ」
「私はおとぎ話を聞かされてるの?」
「俺もそう思ったけど、嘘をついてる、もしくは記憶を失ってるって感じでもなくてさ。それに、
「そんなものがもしあったら、行商人なんて居なくなってるでしょ」
「魔法の研究なんてしたことがないし、無いとは言いきれないとしか言えないな」
「無いことの証明は難しいだとかそんな話?」
「そんなとこだ。俺も質問していいか?」
「いいよ。リーナちゃんの事は引っかかるところが多いけど、本人に聞くべきな気がするし」
「リネットの事っていうより、アイガスさんの事なんだけどさ。正直、フローラは魔法が付与されてる程の防具の需要はあんまりないだろ? なんで、フローラに居るのかなと思ってさ。店には防具しか無かったけど、武器にも詳しいみたいだし」
「確かに、私が小さい頃にフローラに引っ越してきたよ。八歳位の時かな。その……さっきの私みたいに気楽な感じに聞いてね?」
「え、ああ」
確かにさっきは重たい話をさらっとしてしまったかもしれない。気楽な感じでと言われると、逆に身構えてしまいそうになったが、何とか抑えた。
「フローラに引っ越してきたのは、亡くなったお母さんがお花を好きだったからなの。どうせ引っ越すならそうしないかってお父さんが」
「どうせ引っ越すなら?」
「前住んでたところは、フローラなんかより危険が近くにある場所でね。お父さんがそういうものから離れたかったっていうのもあったみたい」
「自分の作ったものを使って、戻ってこないようなやつが一杯出るからってことか?」
「それもあるんだろうけど、近くだからって少人数で素材を取りに行った時に魔物に襲われて、お父さんはお母さんを守りきれなかったらしいの」
「それは……それ以上ない程堪えるだろうな」
魔王を倒し、積極的な侵攻も止まった時の人類が歓喜に包まれた様子は微塵も伺えないのに対して、こうした悲しみは至る所に転がっている。
「お父さん、昔は武器ばっかり作ってたのに、自分が作った武器でお母さんを守りきれなかったから、防具をもっと作っていたらって酔った時とかにたまに言うの」
「防具を作っていたら?」
「武器は使う人次第でどれ程の効果が出るか変わってくるでしょ? けど、防具なら身につけてるだけで全員同じ効果を得られる。そうじゃない?」
フレイの場合、戦う事が身を守る事だという固定観念に近い物がある。
そのため剣が自分自身を守ってくれると考えていたが、本当の意味で自分自身を守ってくれるのは他でもない防具なのだろう。
「だから防具を作り始めたって事か?」
「そういうこと。それであんなに重そうな防具ばかり作るようになった訳。私が作ってるものは凄く軽いんだけどね」
「リネットは武器を作ることを選ぼうとは思わなかったんだな。武器を作る人の方が多いしさ」
何かと物騒な世界なのもあって名匠と呼ばれる人物は多いが、武器を扱う人の方が多い気がする。
平和的な方法とは到底言えないが、障害は排除してしまう方が楽だからだろう。
父親に影響を受けたと言われれば納得は出来る。
しかし、アイガスが防具を作り始めた経緯が経緯だけに、防具作りに向けられている物が純粋な情熱では無いことは娘であるリネットが一番よく分かっているはずだ。
むしろ対極であると言ってもいいかもしれない。きっと、やるせない気持ちが心の底の方でずっと静かに燃え続けている。
本来なら防具どころか武器を作るのも気が引けてしまう人が多い気がした。
武器と防具の違いなど、戦闘で使う物と少し大きく括ってしまえば存在しないのだから。
多くの人が父親とは全然関係が無いことをしてしまうのではないだろうか。
「剣とか鎧、盾ってどれも似たような見た目じゃない?」
「時々、本当に違いが分からないことすらあるな」
「でも、服は違いが出しやすい。小さかったからお母さんと何を話しただとかは殆ど忘れちゃったけど、お母さんが作ってた服だけはちゃんと覚えてる」
「お母さんも職人だったのか」
「私はそれで服に興味を持ったの。けど、唯一無二を目指したくて、色々考えた結果、魔法を服作りに使おうって思ってさ」
「それであの服を作ったのか」
「そういう事。別にさ、両親の意思を継いでとかそんなんじゃないんだ」
「そうなのか?」
聞いた感じ、両親がやっている事、やっていた事を混ぜた様な事のように思えた。
「お父さんにも無理しなくて良いとか色々言われたんだけど、周りに沢山の物があった中でたまたま服に興味を持って、付与魔法がたまたま必要になったってだけなの」
「なるほど?」
「お母さんに縫い方とかを教えて貰って、お父さんには付与魔法を教えてもらったし、手伝ってくれる。こんなに良い環境があるんだから小さい頃からの興味を仕事にしない方が損だって思ってるくらいだもん。これはきちんとした私の意思」
「――そっか、すげえな」
太陽の様な絶対に直視してはいけない何かに思えた。
――この旅の中で、自分の意思の断片くらいは掴んで離したくない。
自分の本音が自分の中に無いのではないかと本気で疑ってしまうフレイはこう思わずには居られない。
勝ち負けなんて一切存在しないが、リネットに何だか負けた気がして残りのエールを一気に飲み干し、大地のベットに体を預ける。
「私達も寝る? リーナちゃんの寝顔見てたら眠くなってきちゃった」
「賛成だ」
ちなみに、寝心地は最高だった。
魔王が倒されたら勇者はもう用済みですか? 月雪奏汰 @yuki-0808
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