花園
店から出たフレイ達は、まず先程の大通りまで戻ることにした。
「リネット! フローラで一番見るべき所ってどこなの? やっぱりお花と水が凄いの?」
「俺も殆ど知らなかったものだから、リーナに花と水の都としか説明出来なかったんだ」
「フローラの中心からは離れたところにあるんだけど花園があって、川も流れてて綺麗だよ。そこは最後に行こうよ」
リネットの提案に特に異論はない。
「私お腹空いちゃったかも」
リーナが控えめな声で伝えて来た。
その瞬間、どこにあるのかは分からないが修道院の鐘が聞こえてくる。
リーナの感覚はこれ以上なく正確らしい。
「じゃあ、まずお昼ご飯を食べるか。リネット、何かおすすめあるか?」
「フローラは商売とか色々かなり自由だから屋台が沢山出てるのが特徴なの。だから屋台が一杯出てる通りに行ってみる?」
「フレイ、屋台って何ー?」
「今までご飯を食べたところよりも手軽な所、みたいな? 色んな物を少しずつ食べれるんだ」
屋台が多い国や町は何個か行った事があるが、フローラもそうだとは知らなかった。
「前から気になってたんだが、フローラって国なのか? それとも町なのか?」
リネットに向けて質問をしてみる。
「どういう意味? 質問にそのまま答えるなら国でも町でも無いって答えになるけど」
「じゃあ、村か? でも、こんなに広いのにそれは有り得ないよな」
「ああ、言ってる意味がようやく分かった。フローラはなんでもないんだよ。国とかそういう形みたいなのもないくらい自由なところ」
「じゃあ、誰がここを治めてるとかそういう事もないのか?」
「一応フローラを取りまとめてる人達は十人くらい居るんだけど、有志の人達だからパン屋だったり、商人だったり普通の人だよ」
「王族だとか、そういうのは一切ないって事か」
「そういう事。さっき取りまとめてるって言ったけど、土地を持っている人から最低限の税金を徴収するくらいしか仕事もないしね」
「それは道を直したりとか、そういうことのためか?」
「そうそう。王族と違って懐にお金を入れないから、税金も安いよ」
そういえば、フレイがよく知っている王は、庶民から度々不満を言われていたような気がする。
そもそもフローラに住む人々など人間族も色々な場所で生きているのだから、人間族のというよりグロッサ王国の王と言うのが正しいのに、人間族の王とも度々自称していた辺り、思っていた以上にろくでもなかったのかもしれない。
「確かに、俺のよく知ってる王族はろくでもなかったかもしれないな」
「偏見で言ってみたんだけど、案外当たるもんだね。そんなことより二人とも、屋台が見えてきたよ」
少し移動して通りを変えると、喧騒が聞こえ、天幕のようなものが道の両端に所狭しと並んでいる。
「さっきまであんまり旅人を見かけないと思ったら、ここに居たのか」
宿の食堂で沢山旅人を見かけた割に、先程まで数が少なかった事を疑問に思っていたが、答えは単純だったらしい。
花と水の都と呼ばれるような場所で服を選ぶより、花園を見に行く前にここで腹ごしらえをする方が多数派に決まっている。
「フレイ、アネット! 早く早く」
その証拠にいつもはしゃいでいるリーナが更にはしゃいでいる。――いつもはしゃいでいるから実はあまり参考にならないのかもしれない。
肉をパンで挟んだ物、蒸かした芋、フワッとした皮で肉や野菜を包んである物、甘味など多種多様だが、それにしても屋台の数が多い。
しかし、肉の種類が違うなど微妙な違いを生み出すことで全く同じものを売っている場所はないらしい。
「屋台の多さからすると、種類は少ないんだね。ていうか、屋台が多すぎるのか」
どうやら、リーナにはそんな僅かな違いはどうでも良いらしかった。
「ここの食べ物の相場はどれくらいなんだ?」
場所によって物価が違ってくるため、リネットに聞いてみる。
「どれも銀貨数枚って感じかな」
「なるほどな。リーナ、これで好きな物を選んでいいぞ」
そう言って、銀貨を二十枚程渡してやる。今まで行った場所の中で概ね平均的な額のようなのでこれくらい出してやれば十分足りるだろう。
「ありがとう! 先に行っていい?」
「リネット、なんか分かりやすい場所とかあるか?」
「この道を真っ直ぐ行くと大きい噴水があるけど……」
「じゃあ、そこで待っててくれ」
「分かった!」
短く返事をするや否やリーナ駆けていった。
「可愛いなぁ。歳が離れた妹が出来たみたいだよ」
「それリーナに言ったらまじで怒られるからな。さっきから俺だけがヒヤヒヤさせられて不公平だ」
「なになに? そんなに言うってことはリーナちゃんに怒られたことあるの?」
「出会って二言目くらいには怒られた気がするよ」
「でも、怒ってもどうせ可愛いでしょ?」
「まぁ、正直そうだな……」
庇護欲を感じたから一緒に旅することを決めたという部分は少なからずあって、あんな物は怒られているという括りに入らないと感じる人が大多数だろう。
「リーナちゃん、森精霊の中でも幼い見た目なのかもね。いくら森精霊でもあれが普通なんて事は無い気がする」
「どういう事だ?」
「リーナちゃん、森精霊以外と会ったのはフレイが初めてで、それもつい最近って言ってたじゃん?」
「言ってたけど、それがどうしたんだ?」
フレイが聞いた事と何も違っていることはない。出会ったのも確かに最近だ。
「もし、子供っぽいって暗に言うような扱いをフレイが最初にしたんだとしたら、ちょっとそれに慣れるのが早くない?」
言われてみればそうな気もした。
「――たしかに……」
そこで決定的な記憶が蘇る。
出会った時、年齢以外の事も聞いたのに年齢の事しか答えて貰えず、どうせ子供っぽいと思ったのだろうとか言われた気がする。
いや、確かに言われた。
「じゃあ、リーナは森精霊っていうのもあるけど、森精霊の中でも幼いって扱いをされる程だったから、あそこまで年齢と見た目が釣り合わないって事か?」
「多分そうなんじゃないかなって。見た目だけじゃなくて内面も素直だしさ。舐められたくなくて口調をわざと強くしてたりもしてないし」
「すぐに顔に出るしな」
「うん、そこら辺の十歳ぐらいの子供を捕まえてもリーナちゃんくらい素直な子は中々居ないと思う」
「まぁ、色々理由を考えた所でリーナはリーナだからな」
「そだね、私は森精霊について殆ど知らないし、リーナちゃんが可愛いのは事実だから」
「そこなのかよ……」
「ほら見て! 私が作った服を着たリーナちゃんを。半人前とはいえ職人の端くれである私にとって、自分が手間暇かけて作った物を使って貰えるのは何よりの幸せだよ」
「そうだな。リーナの為に用意されたみたいだよ」
「もうリーナちゃんだいぶ先まで行っちゃったね。私たちも食べたいもの早く買って噴水まで行こうよ」
「何食いたいんだ? リネットも好きなの選べよ」
「もしかして買ってくれるの?」
「もしかしなくても買ってやるよ。リネットだって年下なのは変わらないからな」
「そういえばついさっき勇者だって聞いたばかりだった。さぞお金が有り余ってるんだろうね」
「自分の寿命が来ちゃう前にどうやったら使い切れるかよく考えてるよ」
半分冗談ではあるが、旅に出ないまま一生を過ごしていたら絶対に使いきれなかっただろう。せっかく旅に出たのだから適度に使って、また稼ぐ。
きっとそうするのも旅の醍醐味だ。
「その次元まで行くと、いっそ清々しいね。悪態をつく気にもならないよ」
「こんな話おいといて、食べ物選んだらどうだ?」
「じゃあ、パンと牛肉のローストとあそこら辺のお菓子を何個か! パンは上質な小麦のやつね!」
「俺もパンと牛肉のローストはとりあえず決まりかな」
「フレイー早くこっち来て! パンはあそこのおじさんが焼くやつが一番美味しいから」
「今行くからそんな大声出すなよ」
「なんだってー? 声小さくて聞こえないよ」
確かに周りは騒がしいが、それにしてもリネットの声量は限度というものを知らない。
変に注目を集めることはしたくないので、返事を返すのはやめて、早くリネットに追いつく事を優先した。
屋台を何個か回り、時にはリネットがおまけを貰ったりしながら買い物を済ませた。
リネットが何か言うことは無かったが、表情が満足さを表していて一安心した。
元々微塵も機嫌の悪さを感じたりする事はなかったので、だからどうということもないが。
「フレイー! リネットー! こっちだよ!」
先程フレイを呼び寄せた時のリネットの声量に負けず劣らずの声量の声が聞こえてきた。
これ以上注目を集めたくないが、無視をする訳にも行かない。
せめてこれ以上叫ばせないために急いでリーナに近づく。
「思っていたより更に買ったな」
リーナは両手をお皿のようにして買った物を持っていた。お金を出す時は一旦置いて、商品は上に乗っけて貰ったりでもしたのだろう。
「ピッタリ使ったよ!」
「別にそれはなんでもいいんだけどさ。ほら、何個か鞄に入れてやるから」
「分かった。じゃあ、これ以外は入れてー」
「以外って、一つだけ手に持ってどうするんだ?」
「今食べるの」
そう言って、包みを開いて分厚い肉がパンで挟まれた物を豪快に食べだした。
確かにもうお腹が空いて仕方なくなってきた。
「ここで食べても良いけど、せっかくだし花園まで行ってから食べようよ」
「そ、そうだな。リーナだってまだまだご飯は残っているし」
リネットのその言葉には、当然だというようなニュアンスが確かに含まれていて、自分もお腹が空いたから食べ始めたいとは言えない。
一歳だけとは言え、歳上は歳上なのだ。
取るに足らない物かもしれないが、プライドというものがある。
再びリネットについて行くと、町の中心から離れていると聞かされていた割にそこまで歩かずに花の量が格段に増えてきた。
離れていると言うから、リーナが二個目の包みを開けてしまってもおかしくないと思っていたが、まだ先程食べ始めた一つ目が少し残っている。
「お花が増えてきたけど、この辺なのー?」
夢中になって食べていたのを一旦止めて、周りを見渡していたリーナがリネットに問いかける。
「もう花園に入ってはいるんだけど、お気に入りの場所があるの」
「そんな場所があるのか。洞窟とかか?」
「私、秘密基地じゃなくて花園に案内するって言ったよね?」
「それもそうか……。旅をしてると洞窟の中に何かがある事が多くて」
「確かに洞窟の中に日光が差し込んでる場所があって、その下に花が咲いてるなんてことはあるかもしれないけどさ。それくらいじゃ花園は出来ないよ」
「フレイはさっきから何言ってるの?」
リネットだけでなく、リーナにまで突っ込まれてしまった。
確かに、洞窟の中に花園と呼べるような規模の物が出来ているとしたら、それは魔法によるものだろう。趣も何もあったものじゃない。
「2人とも、ここだよ!」
リネットがそう言って止まったのは、花がない場所を探すのが難しい程に咲き誇り、よく耳を澄ませば水が流れる音が聞こえてくる場所。
確かに、お気に入りだと言ってこだわりたくもなるだろう。
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
フレイとリーナだけではなく、誰が見てもこの美しさに心を大きく動かされるだろう。
「できるだけ花を踏まないように気をつけてね。こっちに芝があるからそこに座ろう」
リネットの言う通り、目に見える殆どの場所が花と葉っぱで覆われていたが、一箇所だけ違っている場所があった。
おそらく誰かが意図的にやったのだろう。
「やったー! お昼ご飯」
「リーナはもう食べ始めてたじゃないか」
「あれは……、味見だよ。味見」
「フレイー、リーナちゃんの言う通り早く食べよう。流石にお腹空いたよ」
「二人とも自由だな」
鞄に入れていたリーナのお昼ご飯を出してやりつつ、自分の分も目の前に置く。
そしていざ食事が始まってみると、予想に反して誰も話さない。
フレイは二人のどちらかが出した話題に乗れば良いと考えていたからという理由があるが、二人がそんな遠慮したような考え方をするとは考えにくい。
殆ど経験がないので断言出来ないが、こうしてわざわざ景色が綺麗で開放的な場所でご飯を食べる場合は賑やかになる物なのではないのだろうか。
「二人ともどうだ? 美味しい?」
「ふぅん! おいふおいひいよ」
「さひほー」
「どっちも何言ってるのか分かんねぇ……」
確信した。この二人は食事を静かに取るこだわりがある訳でもなんでもなく、空腹を満たすという事が最優先事項というだけなのだ。
リーナとの食事を思い出してみると、半分ほど食べたあたりから徐々に口数が増えてきた。
リネットも同じだとは夢にも思わなかったが、これも相性がいいということなのだろうか。
フレイもお腹が空いている事は確かなので、二人に合わせて黙々と食べ進める。
「ねぇフレイ、私もジャムパン食べたい」
「久しぶりに喋ったと思ったら、量が足りないのか? そんなに遠くないしもう一回買いに行っても良いけど」
リーナの手元を見てみれば、やはり半分以上買った物がなくなっていた。
「違くて! 甘いもの一個も買わなかったから……」
「フレイはリーナちゃんの事なんだと思ってるの?」
「本当だよ!」
「べ、別に馬鹿にしてる訳じゃなくてだな。ほら、パンちょっとやるから」
ジャムがあんまり入っていない端っこなんてあげた時には、また責められてしまうので真ん中の辺りにしておいた。
「それにしても今日はいい天気だね。花もしっかり咲いてるし、いい時に店に来てくれたよ」
季節は春。季節や暦を意識する事はとんとなくなっていたが、こうも花が咲いていては無理やりにでも意識させられる。
まさに、春真っ盛りだ。
「私も春好きだな。ここは村より暖かいから更に良いかも、凄くポカポカするよ」
リーナはそう言って、心地よさそうに大きな欠伸を一つ。
春の陽気を楽しみながら、それぞれ残っていたお昼ご飯を食べ終えたところでリネットが急に立ち上がった。
「二人ともエール飲まない?」
「昼からか?」
「こんなに天気が良いんだから許されるよ」
「なんだそれ」
「私飲んでみたい! 村ではもうちょっと経ったらねってずっと言われてたの」
「止められてたんなら飲まない方がいいんじゃないのか?」
「なんでも挑戦だよ! リネットもそう思うでしょ?」
「まぁねー、それにフローラではお酒は自己責任だから何歳だって飲んで良いんだよ。もちろん健康を害さない程度が推奨はされてるけどね。」
「だってよ?」
「――分かったよ。リネット、俺達二人の分頼めるか?」
「了解しました!」
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