求む!強い服

「起きて起きてフレイ、起きてー!」

 休んでいる体でも聞こえてしまう声と揺らされる感覚によって唐突に一日は始まった。

 約四年ぶりとなる、毎日のように違った天井や景色を見る生活に戻っただけでも新鮮なのだが……。

 今日見えたものは、天井でも空でもなく顔だった。ただし、天井や空のように見慣れていないものたちではなく、見慣れてきた顔。


「――おはよう、リーナ……」


「おはよう! 初めてフレイより先に起きたよ!」

 言われてみれば、森に居た間は毎日フレイの方が早かった気がしなくもない。しかし、それは野外の時には熟睡は避けるという教えが染み付いているだけというだけ。

 リーナより早いか遅いかなど全く気にしていなかった。


「そうだな……」

 負けて悔しい訳でもなく、だからと言って祝福と言うのも何だか大袈裟で違う気がする。そうなると、同意するだけで済ませるしか無い。


「本当は起きるまで待ってようって思ってたんだけどね……。早く朝ご飯を食べて、外に出たいなって思ったら抑えきれなくて」

 バツが悪そうな顔をして、もじもじしながらリーナが言う。

 正直、数日熟睡出来なかった分を取り戻そうという訳ではないけれど、もう少しだけでも寝ていたかった。

 しかし、自分が初めて大きな国に来た時、朝早くから外に出たいという気持ちを抑えられていただろうか。

 詳しくは覚えていないけれど自分がそこまで出来た人間、というか冷めた人間ではなかった事は確かだ。


「よし! 行くか」

 足を大きく振り上げて、勢いよく起き上がる。

 体はいい具合に起き、心も盛り上がった気がしてきた。

 フレイ達が泊まったのは二階。階段の場所に迷ったりしつつも食堂にたどり着いた。

 昨日の夜は気が付かなかったが、建物が思っていた以上に大きく、沢山の部屋があるらしい。

 しかし、その部屋数を余すことなく利用者が入っている様で広々とした食堂は空いた席が中々見つからない程だった。

 無理を言って、数人に一個ずつ隣に詰めてもらう事でなんとか二人で並んで座る。

 食事は前の方に豊富な種類と量が用意されており、そこから自由に取るという形式だった。

 リーナと共にお盆を取り、それぞれ自由に選んでいく。


「フレイー!見てみて、沢山!」

 フレイが三種類選んだ後、次に取る物を選びかねていると、後ろからリーナに声をかけられた。

 リーナが持つお盆を見ると、大量の食事が奇跡的なバランスを発揮しているのかなんとか崩れずに済んでいる皿達で覆われていた。

 いっそ大道芸だとでも説明された方が納得出来る気すらする。


「――沢山っていうか、いくらなんでも多すぎじゃないか?!」

 フレイと品数はほとんど変わらないのに、極度に多いし極度に茶色い。


「朝は沢山食べないといけないんだよ?」


「そんな次元の話じゃないと思うけどな……。別に、朝ご飯だからとか取り放題だからって食べまくらないといけない決まりはないぞ?」


「そんなの当たり前じゃん。そうじゃなくてそこにあるから食べるんだよ。私がそう言ってるの」

 ついによく分からないことを言い出した。


「――そ、そうなのか……?」


「例えばね、お肉は何枚までだとか、腸詰めは何本までだとか前までは言われてたけど、今はもう違う」


「俺が責任もって止めた方が良い?」


「実は止めて欲しいとか、ありもしない裏を読むのはやめてよ」


「そうか? まぁでも、野菜は食べろよな」

 そう言って、四品目としてサラダを取る事にした。もちろん二人分なのでたっぷりとだ。

 リーナの取った茶色い食事を見ていたら、フレイ自身も食べたくなったがリーナが残してしまうと踏み、そのまま先程確保した席に戻ることにした。

 結果として、その十五分後にフレイは自分の分の肉や腸詰め、更にリーナが食べたがったデザートを取りに行く羽目になっていた。

 席では、サラダも含めて綺麗に食べきったリーナが食休みを取っている最中だ。満足だと繰り返し言っていたのに、甘い物は別腹らしい。

 まさかあの量を食べきってしまうとは夢にも思わず、仕方がないなとでも言いながら食べきれなかった分を貰ってやろうと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればフレイはだいぶ少なめに取ってしまったために自分の分を追加しなければならず、現在進行形で、肉とデザートを一気に持っていく持ち方を模索している。

 仕方が無いと言われるべきなのは一体どっちだろうか。

 取った腸詰めにしわが出てきてしまうくらいの時間持ち方を模索した末、なんとか席まで再び戻った。


「お、来たきた。お疲れ様! お肉とか食べたかったんなら最初から持ってきたら良かったのに」

 リーナ程ではないが、それなりに肉や腸詰めが盛り付けられたフレイの皿を見たのか、リーナが言った。


「――そういう気分だったんだよ」


「変な気分ー」


「ほれ、ご所望のデザートだ」

 話題を変えるために皿を差し出す。単純とまでは言わないが、リーナが食べ物に目がないというのは十中八九事実だろう。

 食事の開始から一貫している事だが、食べてる最中に二人の間に会話らしい会話はない。

 これが美味しい、口の周りに何かついてる、そんな独り言めいた言葉が極たまに発されるだけ。


「フレイもデザート食べる?」

 食べだした事で再び二人の間に沈黙が流れていたが、しばらく経ってリーナが明確にそれを打ち破った。


「くれるなら全然食べたいな」

 別に意味がある沈黙ではないので、フレイも普通に返事をした。


「何が欲しい?」


「そうだなぁ……オレンジかな」

 いくらサイズが小さいとは言え、朝から焼き菓子やらケーキを食べようという気にはならなかった。

 しかし、果物は輸送の必要があったりなどの理由で、地域と時期を選ばないと中々食べられない。

 たまたまフローラではオレンジは食べることが出来るようだ。

 魔法で凍らせ続けることである程度日持ちさせることは出来るが、労力が大きすぎてあまり一般的ではないと言える。

 果物が取れない地域の我儘な貴族がやるくらいだろうか。

 それはそれとして、フレイはリーナが今度こそお腹いっぱいなのではないかという一つの可能性に気がついた。

 デザートを取りに行く前にお腹が一杯だと言っていたのは恐らく嘘ではないし、いくら別腹だと言っても所詮比喩でしかないのだから。


「さてはリーナ、お腹いっぱいで食べきれないのか?」


「え? いや、普通にあげようかなって思っただけなんだけど」


「さて、どうだかなぁ」


「そんなに変に疑うなら良いもん! あげないー」


 リーナがそう言った瞬間から、デザートはみるみる減っていき、すぐに皿の上から全て消えた。

 内心では、完全に果物を食べる気になっていたフレイには先程に続く衝撃。

 仕方がないのは、リーナではなくフレイだと確信させられてしまった瞬間だった。


 ※※※※※※※※※※※


 これ以上を望むのは天から罰が下ると無宗教のフレイですら思ってしまうような素晴らしい快晴となった今日。

 食事を終えた後、窓からその素晴らしい天気を見たフレイ達は、何かに追い立てられるように外に出た。


「フレイは何回もフローラに来てるの?」


「いや、師匠と旅をしてた頃に補給で一度だけ寄っただけな気がする」


「補給ってことはそんなに長い間じゃないってこと?」


「長い間じゃないどころか、日が沈んで後に到着して日の出と共に出た、とかそんな感じだった気がする」


「えぇー! たしか楽しいところが一杯あるんだよね? 何もしなかったの?」


「そうらしいぞ? 師匠と旅してた頃は楽しいとか楽しくないとかそんなんじゃなかったから。強くなることしか頭に無かったんだ」


「そっかぁ。今回は楽しめそう?」


「ああ! それしか頭にないさ」


「やった! まずは何からする?」


「リーナの服を買うっていうのはどうだ? ヴォルフ村では結局買えなかったから」


「だからー、この服は汚くないってば! 服を綺麗に保つ魔法がかかってるんだから」


「いや、汚いって言ってるわけじゃないって! ただ、その服ちょっと薄いしさ。目立っちゃうから危ないかもしれないって思って」

 リーナが着ているのは、上下半身が繋がっていて明るい色が使われている服だ。

 たしかに冬将軍はとっくの昔に追いやられ、花や土や水が混じりあった甘い空気が漂う今の時期には丁度いい格好かもしれない。

 しかし、リーナは村娘でも町娘でもなく、旅人なのであって、それを加味すると軽装だと言わざるを得ない。

 何より、森精霊エルフの希少さに惹かれて、誘拐を企てるような連中が居ないとも限らず、目立たないような外見にしたかった。

 食事の時、そして現在もリーナに視線を送る人が絶えず居る。悪意のようなものは含まれていないように思うが、王国やフローラのように人間族ばかりの所ではどうしてもこうなってしまう。


「確かに、肌着は何枚か持って来れてたんだけど、服は本当にこの一枚だけだからなぁ……」


「服だって何枚かある方が都合が良いだろ? それに服を綺麗に保つ魔法ってそんなに凄いのか?」

 服を綺麗に保つ魔法に関しては、生活魔法の一種でだろうということくらいしかフレイには分からなかった。

 戦闘用の魔法にばかり固執していたため、自分で生活魔法を使おうなんて考えた事も無かったし、魔王を倒した後も身の回りの事は殆どお手伝いさんにやってもらっていたので相変わらず生活魔法を身につける動機が無かったからだ。

 したがって、生活魔法であると判断した理由は、名前からして日常生活に関連しているだろうというだけ。


「汚れとか匂いとか一週間位じゃ全く気にならないよ。汚れに関しては、流石に泥とかは洗い落とした方が良いけど」


「そこまでか!」


「詳しくは知らないけど、糸に服を綺麗に保つ魔法がかかってるから、服が完成してから魔法をかけた時より何倍も凄いらしいよ」


「へぇー、糸の時からねぇ。てか、服を綺麗に保つ魔法って本当にそのままの名前じゃないか?」

 火とか炎なんて名前の魔法は無いのに何故なのだろう。


「それは割と新しい魔法だからなんじゃないの? 火球ファイヤーボールなんて大昔からあるものでしょ?」


「現代人は面倒くさがりってことか」


「魔法の名前に関してはそうなのかもね」

 真面目に話していたのに、一瞬で適当になったが、それすらも心地良い。

 歩きながら話し込んでしまった事に気が付き、慌てて辺りを見回す。服屋を何個か見逃してしまったかもしれない。


「あそこに入らないか?」

 そう言ってフレイが指さしたのは、煉瓦造れんがづくりの大きな建物。

 一瞬見ただけでも何人かの旅人らしき姿が店に出入りして居たので、旅人御用達のお店かもしれない。


「良いよー!」

 店内に入ると、微かに木材の匂いが感じられ、内装も落ち着きがあり、いい雰囲気が充満していた。

 そして、予想通り旅人用と思わしき服が並んでいた。鎧はもちろん無いが、後衛となるリーナには必要のない物。

 鎧なんかより防御魔法を鍛えてやる方がリーナの為になるはずだ。


「好きに選んでいいぞ。遠慮せずな」


「ほんと?! じゃあ、こっち来て!」

 早速何かを見つけたらしく、駆け出すリーナ。


「この帽子か?」


「うん! 魔法使いと言えば帽子でしょ?」


「まぁ、服より帽子の方が印象強いかも?」


「私の一押しはこれ!」

 そう言ってリーナが手に取ったのは、黒色のつばが広いリボンの付いた帽子。頭頂部はとんがっていて、ついでに折れ曲がっている。


「良いんじゃないか?」


「ここ見て!」

 リーナが帽子の向きを少し変えると、少し控えめに花の装飾がほどこされていた。リボンと花という組み合わせが気に入ったのかもしれない。


「よろしければ、鏡を使われますか?」

 後ろから店員に声をかけられた。本当に良い瞬間に声をかけてくるとつくづく思う。

 嬉しそうに鏡を確認しているリーナを一目見たあと、フレイより一歩後ろにいた店員に声をかけた。


「打撃とか魔法に出来るだけ強い服をあの子に出来たら買ってあげたくて、金額はいくらでも構わないのでいいものはありませんか?」


「そうですねぇ……、ここの物は魔法が付与されていたりはしないので別の店が良いかもしれません」


「別の店……ですか」


「丁度この街には、そういう物をお求めならうってつけの店があるんです。私なんかでは全く手が出ない値段ですけど、金額を気にしないなら最高の店だと思います。服も売ってるのかどうかはちょっと分からないんですけど……」


「――なるほど」

 親切に店の場所まで詳しく教えてもらった所でリーナがこっちに戻ってきた。


「この帽子がいい!」


「じゃあ、この帽子は買って、服は他の所も見てみないか?」


「良いよ! 色んなお店入ってみたいし」

 帽子を購入して、外に出ると早速帽子の効果が出ていた。

 買った後すぐにリーナは帽子を被ったので、外に出た時には視線を集めなくなっていたのだ。

 帽子で耳が隠れきった訳でもなんでもなく、せいぜい耳の先端が隠れたぐらいだが、帽子を被っていれば、耳よりも帽子が視線を惹き付けるのだろう。

 帽子なんて珍しくも何ともない物なので、せいぜい一瞥するくらいだ。

 そういう意味でもいい買い物だったと言える。


「さっき店員におすすめの店を教えてもらったんだ。そこに行ってみよう」


「分かった! ここはどっちに曲がるの?」


「――えっと、右だな」

 リーナに置いていかれないようにしなければならないと思ったが、道を知っているのはフレイなのでそんな心配は杞憂だった。


 先程の店は大きな通りにあったが、教えてもらった通りに進むにつれて道が細く、人通りが少なくなっていく。

 治安が悪いといった感じではなく、閑静な通りと言うのが適切な気がする場所だ。

 やがて控えめな看板が出ている建物にたどり着いた。

 店内に入ると、先程の店よりはっきりいって狭くはあるものの、手入れは良くされていると感じた。

 ただ、置いてある物は鎧や盾など、程度の差はあれど重量がありそうなものばかりで、服も売っているのかはだいぶ疑わしい。

 客と店員どちらの姿も見えなかったが、扉についたベルの音で気がついたのか店の奥から足音が聞こえてくる。


「いらっしゃーい!」

 若い女が駆けて来て挨拶をしてくれ、その後から中年の男が黙って出てきた。


「どうも、ここなら強い装備が手に入ると聞いたんですが」


「うちの店を知ってる人なんて珍しいねー」


 自分の店が人気がないと言っているような発言をあっけらかんとする若い女。


「どんなものが欲しいんだ?」

 一目見ただけで顔つきが似ていることが分かるあたり親子なのだろうか、中年の男が尋ねてきた。


「魔法使いっぽい服!」


「それに加えて、打撃や魔法など出来るだけ多くに強い耐性があるものが欲しくて……」

 リーナにフレイが付け加える形で説明をする。


「え、ほんとに?! 名前なんて言うの? 可愛いね! ついでにお兄さんの名前は?」

 すると何故か、若い女の顔が明るくなり、息を荒くして喋ってきた。


「アネット一旦落ち着け。それより兄ちゃん、いきなりで悪いんだが良かったら持ってる刀を見せてくれないか」

 これが一般人で振り回したいなんて言われたら断りたいところだが、相手は職人なのだし、聞いた話によれば凄腕。

 見せるくらいなら問題ないだろうと思い、二刀とも渡した。


「やっぱり、二刀とも値段が付けられるような物じゃないな。それに片方は龍が倒された時に見つかったっていう魔剣じゃないか。もしかして勇者なのか?」

 完全に油断していた。

 ヴォルフ村で聞かれた時とは違って、疑問形ではあるが、中年の男は殆ど確信したような目をしている。


「はい。フレイ・ブランシュです。実は、事情があって黙って王国を出てきたんです。ここに俺が来たことは秘密にして貰えませんか?」


「もちろん構わない。刀を見せてくれと頼んだのは俺なのだし、客との約束は守るべきものだ。」


「勇者だなんてびっくり。私たち殆ど外に出ないし、口硬いし、この店にフレイの事を聞きに来る人なんてどうせ居ないから大丈夫」

 二人とも、すぐに快く了承してくれた。若い女の方は最後の方が余計だった気もするが。


「名乗っていなくてすまない。俺はアイガス・クーベルだ」


「私は、さっき父さんが私の名前を呼んでいたから言わなくて良いかもしれないけど、リネット・クーベルだよ」


「いえいえ、丁寧にありがとうございます」


「私はリーナ・アイナノア! このお店の名前はリネットの名前をそのまま使ったの?」


「リーナちゃんって言うのかー、いい名前だね。そうだよ? 父さんは私のことが大好きみたいだから」


「馬鹿言え、たまたまいい名前が思いつかなかったから仕方なく使っただけだ」


「はいはい、隠さなくたっていいのに。それより、リーナちゃんは何歳? 私は十九歳。フレイとはかなり歳が近いと思うな」

 同じようなやり取りが何度も繰り返されているのか、リネットは適当にアイガスをあしらいながら、リーナに質問をする。


「十八歳だよ。でも、多分小さく見えてるんだよね? 私、森精霊エルフだから……」

 周りの反応に少しずつ慣れてきたリーナが先回りしたような形だ。

 一個しか年齢が違わないのに、『ちゃん』を付けられているというのは幼く見られているからな気もするが、拒否したりはしないらしい。

 たしかに付けられようが、呼び捨てだろうが変わらないと言えば変わらない。


「それほんと??」

 予想外だったのであろうリーナの言葉に、リネットが更に食いついた。


「うん、本当だよ」

 そう言うと、リーナは先程買った帽子を取った。


「わ、本当だ。初めて会ったよ! なんだか嬉しいな」


「嬉しい?」


「うん! 世界は広いってよく言うけど、産まれてから旅に出るどころか、人間以外の種族に会ったことすら無かったから」


「そっかぁ。私もつい最近フレイに会ったのが初めてだったよ」


「そうなの? そんな風には見えなかったよ」

 リネットが、フレイの方を向いて聞いてくる。


「本当だよ。ちなみに俺は二十歳だ。偶然だけど、全員一個違いだな」


「リネット、仲良くなるのも良いが、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

 黙っていたアイガスが突然声をかけてきた。


「そうだった、父さんナイス! リーナちゃんは魔法使いみたいな服が欲しいんだよね?」


「うん! ある?」


「父さんは今まで鎧とか重たい物ばっかり作ってたんだけどさ、最近私が一年かけて完成させた服があってね。それが魔法使い用って言えると思うんだ! 今持ってくるね」

 そう言うと、リネットは再び奥に行ってしまう。


「騒がしい娘で悪いな。そのうち落ち着くと思ってたんだが、あれは一生物かもしれない」


「全然良いんです。普通に接してくれて安心しました。そうだろ? リーナ」


「うん! 驚かれてぎこちなくなっちゃう人も結構居たから……」


「まぁ、勇者なんてどこに行っても珍しいし、この辺だと人間族しか居ないからな。仕方ないのかもしれないが、難儀なもんだな……」


「お待たせしましたー!」

 アイガスとの会話の終わりを告げるように、リネットが戻ってくる。


「じゃじゃーん! これです!」

 リネットが持ってきたのは、上下が一続きになっていて、黒と白を基調とし胸元にはリボンも付いている可愛らしい服だった。


「こんな可愛い見た目で、防御性能も高いのか?」


「もちろん! 苦労したんだよ? 付与されてる魔法が違ってる数種類の糸を使って生地を作ったり、何重にも魔法をかけたんだから……」


「そこまでするのが普通なのか? 俺はそこら辺に疎くて」


「お父さんどうなの?」


「俺に振るんじゃねえよ。何かの魔法が付与された糸を使って服を作ることはよくあるが、数種類の糸を使うなんて事がそもそも珍しい」


「やっぱりそうですよね」


「更に、数種類の糸を一枚の布にしてからも魔法をかけ直したり、場合によっちゃ、より高度な付与が出来るやつに助けて貰ったりもした。何が言いたいかって言えば、俺から見ても手間をかけただけあって最高の一品だと思う」


「私が作ったみたいな言い方しちゃったけど、父さんにしっかり助けて貰っちゃったからさ。特に、魔法付与はまだまだだから」


「そんなの関係ないさ。凄いよ」


「うん! それに可愛い!」


「二人が褒めてくれるのは嬉しいな。でも本当に私はまだまだなんだ。糸が耐えられる魔法の付与量の限界をよく超えちゃったりするから」


「そうするとどうなっちゃうんだ?」


「使い物にならなくなっちゃうの」


「それはしんどいな」


「この服を作る時も、何回も糸を駄目にしちゃった。布にしたあとは失敗する訳にもいかなかったから父さんか、より高度な付与が出来る人を探してやってもらったんだ」


「でも、良いのか? こんな凄い物売ってもらっちゃって」


「完成してからずっと自分の部屋に飾っておいたんだけどさ、やっぱり誰かに着てもらうのが良いと思うから……特にリーナちゃんなら。どうかな?」

 そう言ってリーナをじっと見つめるリネット。


「フレイ、私これがいい!」


「ああ、似合うと思うぞ」

 魔力視をしてみたところ、本当に大半の事についての耐性がついているし、魔力の種類が五種類はあった。つまり、アイガスとリネットを含めて五人以上がこの服の作成に関わっている。

 店の奥に鏡があるということで、リネットに連れられてリーナが奥に行った。着替えを見るのもあまり良くないので丁度良い。

 ほんの少し待っていると、すぐに二人とも戻ってくる。


「フレイ、どうかな?」

 先程の服を着せて貰ったリーナが嬉しそうに一回転して聞いてくる。


「似合ってるよ。少しだけ大きい気もするんだが、リネットはどう思う?」


「確かに大きめだけど、コルセットがついてるからある程度調節出来るし、スカートが床についている訳じゃないから別にいいんじゃないかな?」


「リネットがそう言うなら平気か。後、ローブってあるか? この服の上に着れて頭まで覆えるやつ」


「実は、それも作っててさ! つい最近完成したんだよ。持ってくるね」

 リネットはそう言うと、また奥に引っ込んですぐに持ってきてくれた。


「うん、やっぱりこの服とよく合う。リーナちゃんが着てるからかなぁ」


「このローブもやっぱり凄いのか?」


「天候が悪い時に着るとか、そういう事を想定してるからこの服程ではないかな。使ってる糸の種類とかは全く同じだけど」


「この服が凄すぎるだけで、布なら本来このローブ位の耐性があれば立派だろ」


「まぁ、そうらしいね。初めて私主導で本格的に作ったから二人で張り切っちゃったんだよ」


「別に俺はそんなんじゃねぇよ」

 先程からアイガスはこういう時の返事が特に早い気がする。照れているのだろうか。


「ただ、これは流石に大きすぎるな……」


「そうだね、床に着いちゃうのは良くないなぁ。まぁ、これくらいならすぐに直せるから」


「そうか、じゃあよろしく頼むよ」


「おっけー! 任された!」

 リネットが気合いが入った声を上げると、アイガスが再び口を開く。


「リネット、それは俺がやっといてやるから街を案内してやったらどうだ? お前もろくに外に出てすら居ないし」


「俺達二人とも全然フローラを知らないから、案内して貰えるならぜひお願いしたい」

 素直に思ったことを口に出した。


「良いの? じゃあ、二人とも! 私が案内してあげる! 父さん、夜までに直しておいてね」


「分かってるさ」

 そう言うと、アイガスはリーナにローブを着せたままいくつか印を付けてから脱がせた。


「支払いなんだが、こんなんでどうかな?」

 鞄から五つ宝石を取り出しリネットに渡す。


「と、父さん! これよく見て」


「本気でこんなものを五つも金の代わりにくれるつもりか? 一年かけたって言ったって半分趣味みたいなもんだ。三つだとしたって十分過ぎる」


「金貨に変えるのを面倒くさがったお詫びと、いい技術を持ってるからですよ。それに案内料といった所ですかね?」


「本当にいいの? この宝石一個で私が一年間食べていけるんだけど」


「ああ、三つで十分だって言うなら、リネットが気に入った物を一つくらいペンダントにでも加工してもらってくれよ」


「そっか……、じゃあ、ありがたく貰っておくね。じゃあ、二人とも準備はいい?」


「おう!」

「いいよ!」


「じゃあ、観光に出発だー!」

 リネットのその掛け声を合図に、三人で外に飛び出した。




















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