魔の森

 ヴォルフ村はそこまで広くはないが、だからといって昨日だけで見回れるほど狭くもない。

 携帯食料など、道中に必須と思われるものは滞りなく買えた。

 しかし、出発の時間まではだいぶ余裕があるため、苦し紛れに言った事ではあったが、とりあえず服屋を探しつつ歩くことにした。

「ねぇ、あのおじさんがフレイに全て戦闘を任せるみたいなこと言ってたけど、これからどんな所に行くの?」


「フェッツさんな。ほら、花と水の都に行くって話しただろ? そこはフローラって言うんだけど、急いで行くために魔の森って所を通るんだ。」


「魔の森?」


「ああ。元はちゃんとした名前が合ったんだろうけど、今はみんなそう呼んでる。魔の者、つまり魔族が住み着いたからな」


「魔族って危ないんじゃないの? 私の村も魔族に襲われたんだよ?」


「悪い、嫌なことを思い出させたな。森に居るのは下級魔族の中の底辺の奴らだから、リーナが想像するような感じではないよ」


「私が襲われたり、怖い目にあったりした訳じゃないから別に平気だよ。それより、フレイの話からすると敵はそんなに強くないってこと?」


「謙遜をしたとしても俺の相手には全くならないな。リーナも一体だけと戦うなら絶対に勝てるさ。複数を相手にするとなると急に難しくなるけど、それも慣れれば大丈夫だ」


「フレイは強いもんね。私もフレイがそう言うなら一体くらい倒してみようかな!」


「その意気だ。これは言っておかないといけないことだと思うから話を戻してもいいか?」


「――え? どうしたの?」


「さっき村が魔族に襲われたって言ってただろ? 実は村を襲ったりなんかするのは上級魔族だけって相場が決まっててな?」


「それで? あんまり話が見えないんだけど……」


「魔族って呼ばれる奴らは基本的に北の方に住むものなんだ。だから、リーナの村も北の方なんだと思うよ」


「え、でも、さっき今から行く森には魔族が住んでるって言ってなかった?」


「多分、北に居場所が無くなった奴らなんだろうな」

 今までの経験上、魔族がフレイやリーナ達と同じ程度の知能を持っていることは珍しくない。特に上級魔族と呼ばれる者達はしっかりとした知能がある。

 しかし、完全な実力主義というかなんというか、なんでも戦って決めるという価値観があるのが通例だった。


「そっかぁ、北か……」


「まぁ、方角が分かっただけじゃ見つけ出すのは無理があるんだけどさ」


「別に良いんだ。まだ帰る勇気が出ないっていうか、とにかくもっと先の未来の予定にしといてよ」


「ああ、分かった」


「ねぇ、ところでさ……」

 先程から視線が彷徨い、痒いところに手が届かない時のような顔をしていたリーナが話題を変えようとする。


「どうした?」


「フレイの上に何かがずっと居る」


「上? 何か? 何の話だ?」

 そう言って見上げれば、目を焼くような太陽の光と共に、確かに何かが居た。一見すると鳥の様だが、その一瞬で察して右腕を伸ばす。

 すると、すぐにその生き物はフレイの右腕に止まった。


「おー! フレイは動物を手懐けることも出来るんだ!」


「いや、元々手懐けてあっただけだ。名前はフレナって言う」


「フレナ? なんかしっくり来ない名前だね」


「手紙を送ってきたやつはエレナって昔の仲間なんだが、俺の名前はフレイだろ? つまりそういう事だ」


「へぇー、説明されると納得出来る名前だね」


「よく言われるよ」

 話題に上がっていると言うのに、フレナはこともなさげだ。


「それに、一応フレナは動物じゃなくて魔物だぞ?」


「どう違うんだっけ? 何回か聞いた事はあると思うんだけど、そういうお話って退屈で」


「気持ちはわかる。俺も旅の中で身につけた知識だからな。話を戻すけど、動物と魔物の違いは魔力があるかどうかだ」


「でも、特に気をつけないといけないのは魔族だけだって言われたよ。魔族の中に、魔物なんて種類はなかった気がする」


「魔物は、魔力はあるけど魔法を使うことが出来ない生き物を指す言葉だ。魔力によって動物が進化した姿が魔物だって唱える学者は居るけど、別にそれは魔法を使った訳じゃない」


「結局、分かりやすい違いはないって事?」


「身体能力や凶暴さが上昇しているなんて話はあるけど、動物より弱かったり、大人しい魔物なんて一杯居るからなぁ。けどな――」

 知識をひけらかすのが何だか楽しくなり、自慢げに言葉を続ける。


「魔物の中には唯一無二の特殊能力を持つ奴が多くいる。例えば、フレナは魔力を探知することが出来る」


「ただ単に探知魔法を使っている訳じゃないの?」


「魔法を使っている場合、分かるはずだろ? けど、誰が見ても魔法を使っているようには見えない。」


「私、魔力視苦手なんだよね。視界が揺れて目眩がしてくるしさ」

 魔力視はある程度極めれば、相手の魔力量を知ったりする事が出来るが、魔法を使ったかどうかの判断が出来るくらいにしか使えない者も大勢居る。

 実際、フレイも手合わせしてみた方が余程分かりやすいと思っているうちの一人だ。


「話を戻すが、フレナは魔力に敏感だから個体の識別が出来るんだ。だから、旅人同士だったとしても手紙のやり取りが出来る」

 魔力を覚えることだけならかなりの数可能らしいが、手紙を届けるとなると言語が通じるわけもないため、宛先を選んだりすることは当然不可能だ。

 だから、二人の魔力を繰り返し覚えさせ、二人の間を何度も行き来させる。近距離から始めて、段々と距離を伸ばしていくといった具合だ。

 一年程根気よく続ければ、どこに居ても手紙のやり取りが出来るようになる。

 もちろん、魔力量が多くない場合は感知されないなんて場合も出てくるが。


「それで、なんて書いてあったの?」


「最近は何があったとか、お互いの生活の事を書きあってるだけさ。もっとも、今回は自分の変化について沢山書けるな」


「私のことも書いてー!」


「言われなくても書くさ」


 昨日の夕食を食べた店が近づいてきた所で、リーナに声をかける。

「フレナの餌の肉を買っていいか?」


「いいよー」


 扉を開けると、昨日ぶりの元気な声が聞こえてくる。

「いらっしゃい。また来てくれたのかい」


「ええ、まぁ。生の肉を何枚か売って貰えませんか?」


「生でいいのかい? 少し待ってな」

 少し待っていると、奥に引っ込んだ店員が戻ってきた。

「お代はいくらですか?」


「別に調理をした訳でもないし、昨日も来てくれたから銀貨五枚でいいよ」


「ありがとうございます」

 共通貨幣はいつ使っても非常に分かりやすい。金貨、銀貨、銅貨の三種類と色で判別が出来るし、ややこしい単位も無い。

 共通貨幣が使えない地域にたまに行くと、余計な苦労を強いられるためフレイは苦手だった。


「ねぇフレイ、私もお肉食べたい!」


「今か?」


「違くて、これからの道中で」


「お二人さんは、どこに向かうんだい?」


「フローラまで行くんです」

 返事をしないのは失礼なので答えておく。カウンターの前で話をしていれば、会話に入ってくるのも自然な事だろう。


「もしかして、朝から村の連中が騒がしいのと関係あるのかい? 誰かがフローラなんて騒いでいたような。フローラに行くのはまだまだ先のはずなんだけどね」


「関係はありますね。魔の森を抜けるんです。戦闘には自信があるもので、護衛を条件に馬車でフローラまで乗せてもらえることになって」


「そりゃ大変な事だね。私が言うのもなんだけど、村の連中を頼むよ」


「もちろんです」


「お嬢ちゃん、今から肉を焼いて香草を効かせてあげようか? そしたら明日くらいまでならもつよ」

 事情を理解した店員が提案をしてくれる。


「ほんと?! ありがとう!」


「良いんだよ。フローラで買ってきて欲しい物は私にもあるんだ。あなた達には感謝をしなくちゃ」

 そう言って、しばらく待たされた後、肉が入った包をリーナは持たせてもらった。

 外に出ると、そろそろ出発の時間が近づいていることが分かる。

「一応村を一通り回ったはずだが、服屋は無かったな」

「そうだね。フローラに行けば、魔法使いっぽい服とかあるかな?」


「リーナは魔法使いになりたいのか?」


「そのために魔法を練習してきたんだもん」


「確かに末恐ろしいと思ってるよ。向こうに着いたらゆっくりやりたい事をやろう」

 もう一度宿屋の部屋に戻り、手紙を書く。

 内容は、旅に出ることにしたことやリーナと出会った事などを簡潔にまとめたものだ。

 旅をしていればそのうち会うことになる気がしていたので、今送る手紙はこんな程度でもいいと思った。

 荷物をまとめ、リーナにも声をかける。


「肉も俺の鞄に良ければ入れておくぞ?」


「でも、さっき大量に食料買ってなかった? あの時に買ったものすらその鞄に入るか怪しいと思うんだけど……」


「鞄の中を見てみるか?」

 そう言って、中を見せてやると、リーナは狐につつまれた様な顔をした。


「あれ、まだ割と余裕がある? けど、この鞄そんなに大きくないのに」


「これも魔法だ。もっとも俺がかけた訳じゃなくて、さっき話したエレナってやつにかけてもらったんだけどさ」

 魔法の効果が半永続的に続くようにする事は、フレイが想像していたよりずっと高度な事で、何回か教えてもらったくらいでは習得が出来なかった。


「その人凄いんだね」


「会った時には、魔法を教えてもらうといい」


 荷物を全て持ち外に出た所で、丁度餌を食べ終えたらしいフレナに手紙を持たせる。

 翼があるフレナはとても自由だ。

 馬小屋の近くまで行くと、先程集まっていた人達が集合していた。

 馬が何頭も馬小屋の外に出され、二頭に一つ荷台であり座席でもあるのだろう車輪のついた箱状の物が取り付けられていた。

「おお、来たか。準備が出来ているなら、こっちはいつでも出発出来るぞ」

 こちらに気がついたアイゼンが声をかけてくる。

「本当ですか。では、出発しましょう。」

 フレイとリーナは一番先頭の馬車に乗り込み、襲われた場合にすぐ対処出来るようにしておく。

 リーナが危険な場所にわざわざいる必要は無いのだが、そこまで聞き分けがいい訳では無いのはもう分かりきっている。

 村を出て、北西の方向に進んでいくと日が暮れる頃には森の入口にたどり着いた。


「この森凄いね。どこまで行っても続いてる」

 馬車が止まるなり、駆け出して行ったリーナは戻ってきてそう言う。


「まぁ、そうじゃなかったら森を突っ切ろうなんてならないさ」

 初めて魔の森を通った時には、自分も似た反応をしたことが懐かしい。


「それよりほら、リーナは今日ここで寝るんだ」

 村の人達に合わせて進め始めた野営の準備が丁度終わった。

 天幕の中に二人とも入ることは出来るにしても、毛布などは一人分しか持っていないため、フレイはフローラまではお預けだ。

 本当にうっかりしていた自分が少し恨めしい。


「わぁー! 旅の野営ってこんな風にやるんだね」


「ちょっといいか?」

 リーナを見ていると、アイゼンから声をかけられた。


「どうかしましたか?」


「夜の見張りの事なんだが、森に入らなければせいぜい動物が怖いくらいだ。見張りはこっちで回すから今日はゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます」


「毛布やらなんやら足りないなら貸すぞ?」

 フレイが張った天幕の方に少し視線を移したアイゼンが言う。


「本当ですか? ありがとうございます!」

 同じような言葉しか出てこないけれど、こう言う以外に上手な言葉を見つけることが出来なかった。

 誰かが火を焚き、誰かが夕食を分けてくれる。

 逆に、リーナが全員に対して肉を分ける。

 そんな温かさが辺り一体に充満していた。


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