ヴォルフ村

 斜陽が水溜まりに金色の影を落とすようになった頃、フレイは目的地としていた町に到着した。

 横には、フレイの腕を叩くリーナの姿。痛くはないが、怒らせてしまったらしい。

「ごめんごめん、悪かったよ」

「ちゃんと言ってからにしてくれたら良かったのに!」

 悪戯心がそうさせたというか、なんというか。

「でも飛ぶのは初めてじゃないんだろ?」

「空を飛んだのは初めて」

「さっき飛ばされたって言ってたじゃないか」

「うん。確かに飛ばすって言ってたよ。けど、一瞬だった」

 飛行魔法で速度をもっと出すことは可能だが、所詮たかが知れている。リーナがどこから来たにしても、一瞬というのは無理だ。

「飛ばされる前とかに何か言ってる人は居なかったか?」

「うーん……」

 しばらく考え込んだ後、確証が持てていなそうな顔をしながらもリーナは言葉を続けた。

「『瞬間移動魔法テレポートを完全に物にする事が出来ていたら』って誰かが言ってたかも」

「あれはおとぎ話の中だけだろ?」

 魔法は様々な不可能を可能にするが、瞬間移動魔法だけは本格的な研究すら行われていないからだ。

「分かんない。私は簡単な魔法しか使えないもん」

「リーナの魔法、期待してるぜ?」

「えぇ、やめてよ」

 森精霊は魔法が得意な種族だ。一説には、ほかの種族より自然と密接に関わってきたからだとか、長い寿命故の成長期の長さが有利に働いていると言われている。

「変に気を張る必要はないよ。ただ、一緒に旅をする以上実力は知っておきたいってだけだ」

 フレイとしては自分一人だけで対処出来ないような危険が潜む場所に行く気は無いが、万が一のことというものがあるのが世の常だ。

「そっか、分かった。でも、とりあえず今日は――――――」

「今日は?」

「美味しいご飯を食べて、お布団で寝たい!」

「おう! そうだな」

 立ち止まるのはやめて町に入ると、家事の煙が家々から立ち上り、漂う温かい匂いが鼻をくすぐる。

 歴史を感じさせながらも丁寧に磨きあげられた像が二人を出迎え、ヴォルフ村と書かれた看板が目に入ってきた。

 ヴォルフというのは、先程まで居た森を開拓した人々の指導者のはずだ。

 この町は、開拓者が住むためだけに作られた町が段々発展していった結果であり、その名残で指導者の名前がそのまま使われたとかなんとか。

 ここ一帯はグロッサ王国から近すぎるが故に遠征などで立ち寄ることはないため記憶が定かではなかった。

「どこで食べるー?」

 像や看板などには目もくれなかったリーナが歩きながら振り返って言う。

「リーナが気になったところに入ってみるでいいんじゃないか?」

「それでいいの?」

「歓迎パーティーみたいなもんだ。ようこそ外の世界に。」

「なにそれー。あ、あれは?!」

 周りを狩りをする獣のよう――いや、流石にこれは怒られそうだ。とにかく、熱心に周りを見回しながら喋っていたリーナが不意にかけ出す。

 数秒程遅れてフレイが到着すると、リーナは料理店らしき建物の前に置かれた看板に釘付けになっていた。

 文字ではなく、いくつかの絵が描いてあり、どんなものを食べられるのか分かりやすい。

「これは?! 美味しそう」

 ひとつの絵を指さしてリーナが言う。

 それは、地域によって肉や調味料に細かな違いは出てくるものの、種族問わず広まっている肉料理だ。

 大きい肉の塊を熱した綺麗な石の上に置いて豪快に焼き、甘辛い絶妙な液体をかける。

 比較的簡単な調理方法のため野営の際、捕獲した動物の肉で同じようなことをする場合もある。

 もちろん、料理店に入ってその道に精通した人に作ってもらうのが味的にも衛生的にも一番良いのは言うまでもないが。

 フレイとしてもしばらくこの料理を口にしていなかったので、反対する気は少しも起きなかった。

 それに、つい先程リーナの好きにするように言ったばかりだ。

「じゃあ、ここにしよう」

 それだけ言って、先陣を切って店の扉を開ける。知らない場所の扉を開けるのは緊張するものだろう。ならば、旅に慣れているフレイが率先してやってあげるのが筋というものだ。

 中に入ると、丁度入口近くに中年の女性が居て、好きな席に座るよう促される。

 入る前から分かりきっていた事ではあるが、内装もやはり大衆的なものであり、安心感を与えてくる。

「ねぇ、どうしたらご飯が出てくるの?」

 メニューの粘土板をなんとなく眺めていたフレイにリーナが尋ねてくる。

「店員を呼んで注文を伝えるだけだ。さっき見てた料理でいいんだろ? 一緒に頼んでやるよ」

「うーん……自分でやってみたい」

「じゃあ、石焼き下さいって言ってみ?」

「分かった!」

 リーナの返事を聞いてから、先程対応してくれた店員に声をかける。

「石焼き一つ」

「い、石焼き一つ……お願い、します……」

「あいよ!」

 注文に対して短く返事をすると、店員は厨房の方に向かっていった。

 店員が去ると、いくらか緊張がほぐれたような顔をするリーナだったが、またどこか落ち着きが無くなり周りを見回し始めた。

「どうした?」

 放っておく訳にも行かず、声をかけてみる。

「いや、なんだか周りから見られてる気がして……自意識過剰かな?」

「実際見られては居ると思う……。でも、さっきも言ったけど襲われたりはしないさ」

 森精霊は、数多くある種族の中でかなり珍しい部類に入る。そのため、視線を集めがちだ。

 ただ、森精霊が疎まれていたりといった事がある訳ではない。

 珍しさから誘拐を企てる連中が居ないとは言いきれないが、疎まれているといった事が無い以上、敵の数はたかが知れている。

 ならば、心配はいらないと断言してやる方がいいと思った。

 しばらくして料理が届けられた。

 パチパチと良い音を奏でる肉の塊が食欲をこれでもかと掻き立てる。

「お待ち遠様。熱いから気をつけなよ」

 その言葉と共に、二人の前に石焼きが置かれた。

「わぁ、美味しそう」

 リーナの反応に満足そうな顔をした店員はフレイに話しかけてきた。

「あんた顔が勇者様にそっくりじゃないかい? もしかして……」

「いいえ、人違いですよ」

 多少食い気味に否定をすると、リーナが口を挟んでくる。

「さっき勇者とかなんとかフレイ言っ」

「料理が冷めるぞ。早く食べてみたらどうだ?」

 今度は食い気味を超えて、リーナの言葉を打ち消す。

「うん、それもそうだね!」

 料理がある前だと何も不思議に思わなかったのか、促した通りに料理を食べ出す。

「勇者様は近頃はずっとグロッサ王国にいらっしゃるらしいしね。お客さんなわけもなかったか」

 店員もどうやら納得してくれた様だ。

「本当に勇者様は有難い事をしてくれたよ。 安心して生きれるようになった。じゃあ、ごゆっくり」

 そう付け加えて、後から来た別のお客の所に行ってしまう。

 勇者という肩書きに嫌気が差していたが、なんだか少しだけ救われた気がした。

 時折リーナが感嘆する声を聞きながら、フレイも食べ進める。香辛料がいい具合に効いていて食べ進める手がつい早まる。

 フレイが半分程食べ終えた所でリーナが声をかけてくる。

「明日からはどんな所に行くの?」

「そうだなぁ」

 今まで忘れていたが、グロッサ王国ではいずれフレイが、というより勇者が居なくなった事が判明してしまうだろう。

 訓練に顔を出さない事を不審に思った兵士が家の中を見て回るかもしれないし、寝室に引きこもっているだけと思っていたお手伝いさんが生活感の無さから扉を開けるかもしれない。

 今日は訓練でも、お手伝いさんが来る日でも無いが、明日はどちらの日でもあったと記憶している。

 この町の様な近隣に居ると見つかってしまう危険があるため、明日は早朝から長距離を移動する必要がありそうだ。

 幸いお金が尽きることはまずないため、お金に糸目をつけなければ適切な移動手段も必ず見つかることだろう。

「明日は、朝から移動して少し遠いところまで行こうかと思ってる」

 フレイの事情はそのうち話さないといけないが、人目がある所で話す訳にもいかない。

「また飛ぶの……?!」

「いや、飛ばないよ。 意外と飛ぶのは疲れるんだ」

「そっかぁ。なら良いよ!」

「飛ぶのそんなに嫌だったか?」

「ちょこっとだけ楽しくないことも無かったけど、落とされそうで怖い」

 魔法の練度を見てからにはなるが、然るべきタイミングで飛行魔法も教えてやりたいものだ。

「どんな所に行くの?」

 慌てて頭の中に地図を思い浮かべ、めぼしい場所を探し出す。

「花と水の都って感じの所かな」

「わぁ、楽しみ」

 森精霊だからなのかは不確かだが、自然が好きなのは何よりだ。

 やがて石焼きを食べ終えた頃、リーナが声を漏らす

「私お金持ってない……」

「流石に小さい子に払わせようとは思ってないぞ?」

「たった二歳差でしょ?! 小さくない! けど、ありがとう……」

 そもそも、森精霊の村で使われている貨幣が使えるのかという疑問がある。

 言語と同じく共通貨幣というものがあり、それが一番広く使われている物だ。

 森精霊は他の種族に対して敵対している訳では無いものの、比較的閉鎖的という事実はあり、そんな種族の村で共通貨幣が使われている可能性は限りなく低いだろう。

 むしろ、共通言語が通じたことが奇跡だと感じている。

 種族固有の貨幣も使えない事はないが、運次第といった感じだ。

 支払いを済ませ、外に出る。

 次は今日の宿探しとなるはずだったが、それほど広い訳でもない町には宿が一個しかなく、すんなりと泊まれる事になった。

 先に、流石に疲労が溜まってしまった体に鞭を打って入浴を済ませる。

 遠征などでは水魔法を使って体を拭くだけの日も多々あるが、入れる日には必ず入っておきたかった。

 丁度同じくらいの時間入浴していたらしく、リーナと共に浴場から指定された部屋に移動する。

「本当に同じ部屋で良かったのか?」

「だって、前の仲間とは一緒の部屋だったんでしょ?」

「それはそうだけど」

 本当は一部屋ずつ取るつもりだったが、リーナに昔の事を聞かれ、それを聞いたリーナは同じ部屋にすると言い出した。

 ベットは二個あり、それぞれも十分に広いらしいので困ることは無いだろうが、出会った当日からというのは驚いた。

 早くきちんとした仲間になりたいと思ってくれているのかもしれない。

 そんな事を口に出すことは出来ず、明日に備えて眠りにつくのだった。


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