木漏れ日の中の出会い

 フレイが住んでいるのはグロッサ王国の一等地であり、隙間なくしっかりと整備された石畳を半永久的に光を発し続けるよう魔法が付与された光源が照らしている。

 それに加えて不必要に高い城壁が周りを囲む。

 飛行魔法を使えば超える事は造作もないが、城壁周辺で魔法を使えば検知されてしまう。

 王城が目と鼻の先にある一等地では警備が特に厳重である事は、例え王国に住んで居なくとも簡単に分かることだろう。

 一等地では当然ながら、ここでは無い一般市民が住む場所でも念の為魔法を使うことは避けるべきだと感じた。

 しかし、王国から出ると正直に伝えたところで、警備に当たらせられるような一介の兵士が許可を出せるような立場にフレイは当然居ない。

 まして、許可など出る訳もなく、その場しのぎのとってつけたような理由で引き止められることは明白だった。

 そもそも王国の出入りは自由であるはずなのだが、ここでは都合の悪い特別扱いをされるという訳だ。

 王国内であれば移動の自由は効くため一等地を出て、しばらく歩く。

 そうしているうちに石畳は所々欠け、光源の数が減っていく。

 やがて納税をしていない人々が住む区画までたどり着くと、石畳ではなく石が土の上に転がり、光源もなく手元に発生させた光の集合体に頼るしかない。

 王国では納税は義務ではない。ただ、身元の保証や生活環境の整備などが約束されるという利点があるため納税して損は無いといった感じだ。

 ここら辺は城壁だけはあるものの一等地に比べて高さはかなり低く、素材も脆い。

 そのため、城壁が崩れている所が散見され、そこからなら魔法を使わずに跳ぶだけでも十分に越えられるという訳だ。

 王国からの脱出が完了した所で一息ついていると、朝日がフレイの顔を照らした。

 どうやら思っていたより時間を使っていたらしい。

 だが、フレイは城壁を飛び越えた瞬間から自由な旅人だ。

 急ぐべき理由もないため夜明けが来たからといって何を焦ることもない。むしろ、朝日がフレイの旅立ちを祝福している気すらした。

 一番近くの町へ進路を定め、一歩、また一歩と軽い足取りで向かう。

 日が完全に昇りきり、王国と町との間にある森に入った頃、雨が降ってきた。

 最初は大した事は無いだろうとたかを括っていたが、雨脚がどんどん強くなっていき、丁度見つけた洞穴に入る。

 規則的に耳障りの良い音を鳴らしながら地面に当たり続ける雨を見ている内に、眠気が襲って来たため、逆らわずに身を委ねてしまうことにした。

 どうせ動くことは出来ないし、昨日から一睡もしていない事を今更ながら気がついたからだ。

 次に目を開けた時には、雨はすっかり止んでいた。

 洞穴から出ると、日光は真上から西に少し動いた所で、所々水溜まりが出来ていた。

 大きく伸びをしたフレイの耳に、草木が擦れ合う音が聞こえる。

 この森に危険な動物や魔物は居ないはずではあるのだが、一応確認するために音がした方に近づいていくと、そこに居たのは少女だった。

 一流の職人が作り上げた陶器のように透き通った白い肌、しゃがんでいてはっきりとはしないが恐らく小さな体、可愛らしい顔、亜麻色の髪、フレイとは違う大きな耳。

 少女は森精霊エルフだった。

 木漏れ日が少女にあたり、神秘さや美しさを際立たせている。

「こんな所で何をしているんだ?」

「――?! きゃー!」

「悪い! 驚かせるつもりは無かったんだ」

「誰……? 森精霊じゃないよね?」

 公用語が通じるか不安だったが、それは問題なかったらしく少し安心した。

「俺はフレイだ。人間族で、勇者というか元勇者というか」

「人間族は分かるけど、勇者って……?」

 顔の小ささに釣り合わない大きさで、海のようにどこまでも広がっていそうな澄んだ水色の目がきょとんとして、疑問を投げかけてきていた。

「いや、なんでもない。それより君の名前は?」

 この頃忌避すらしていた勇者という肩書きが通じないというのは形容し難い恥ずかしさがある。

「私はね、リーナっていうの。フレイは私を見ても驚かないの?」

「それはリーナが森精霊だからって意味か?」

「うん。森精霊は驚かれるし、危ない目に合うこともあるって何度も小さい頃言われた。」

「一緒に旅をしていた仲間に森精霊が居たから俺は驚かない。もちろん危ない目にも合わせない」

 小さい頃というが今も年端もいかないのではないかという疑問を押さえつけて、質問に答える。

「リーナは何歳? どうしてこんな所に居るんだ?」

 森精霊が好んで住むような場所はこの近くには無いし、旅をしている様にもフレイには見えなかった。

「十八歳だよ。どうせ子供っぽいって思ったんでしょ? もう子供じゃなくて大人!」

 年齢に関する質問にだけ答えて、リーナはキッとフレイを睨んだ。

 睨まれた当人であるフレイは困惑していた。睨まれたことにではなく、伝えられた年齢に対して不釣り合いな見た目にだ。

 エレナの姿を思い起こしてみても、多少見た目が幼いと感じる事もあったが、年齢に不釣り合いとまでは行かなかったはずだ。

 しかし、そこでエレナの言葉を思い出した。

『私は半森精霊ハーフエルフだから、人間より少しだけ寿命が長いってだけよ。人間の方がどちらかというと近くて、森精霊とは耳以外あんまり似てない』

 半森精霊だから、別に幼くないと繰り返していた気がする。

 エレナがつまらない嘘をつくとも思えないため、森精霊は年齢の割に幼いものなのだと納得しておくことにした。

 考えがまとまり、フレイがリーナの方を向くと、先程の表情とは違って少し悲しそうにした姿がそこにはあった。

 そして、ゆっくりと口を開いていく。

「村が襲われて、私は凄い力を持っているからって村の人に全力で飛ばされたの……」

「村の人? 飛ばされた?」

「村の人は私の面倒を見てくれていた人の事で、私は凄い力を持っているはずだから逃がすためにって飛ばされた」

 リーナの両親について今は触れないことを決め、飛ばされたという方だけ掘り下げていく。

「飛行魔法か何かか?」

「多分そう。無事に着地は出来るようにするからって言ってて、ありったけの魔力を込めてたみたいだった。」

 そうして、リーナが降り立つことになったのがこの森であり、簡易食料に代わる物を探している途中だったらしいというのが分かったことだった。

「そうか……。これからどうしたい?」

 両親も恐らく居らず、経緯に不透明な部分はありつつも一人ぼっちという事実は揺るがないこの少女を。

 自分と境遇がどこか重なってしまう少女を放っておくわけにはいかないとフレイは思った。

「村への戻り方が分からない。凄い力なんてまだ無いし、本当にあるのかも分からない。強い敵と戦うのは怖い。村に戻ってもどうせお父さんもお母さんも居ない。私薄情かな? でも、力があるはずって言われるの疲れた。今から戻ったって勝敗はとっくに決まってるはずだから私が村に戻るかなんて関係ない」

 断片的な言葉が口から勝手に吹き出しているかのようにリーナはフレイに伝え続けた。

 そして一息ついてから、フレイの目を見て続きを話し出す。

「だから……フレイについていきたい。外の世界を沢山知りたい。 駄目かな?」

 一瞬困惑した。けれど、すぐに答えは決まった。

 自分を勇者としてではなくフレイという一人の人間族として最初から認識し、フレイと呼んでくれた。

 とても久しぶりの事で、とても嬉しかった。

 これだけの事でと言う人は居るだろう。でも、フレイにとっては、これほどの事だった。

「駄目じゃない。 けど、俺で良いのか?」

「うん! 森精霊以外で初めて会ったのはフレイ。森精霊以外で初めて話を聞いてくれたのもフレイ。そして、フレイはお父さんとお母さんと同じくらい優しい人だと思うから」

 言い終わると同時に浮かべたリーナの笑顔はどんな宝石より輝いていて、それ以上何かを言うのは野暮だと思わされる。

 お腹が鳴った音が聞こえた。リーナの方を無意識に見たけれど、鳴ったのはフレイのお腹だ。

 考えるとすぐに原因が分かる。昨日は寝ても居なければ食べ物もろくに食べては居ないのだ。

 目の前に王国でもよく見ていた果実と簡易食料が現れる。

 幻覚でも何でもなく、リーナが差し出してくれた物だ。

「良いのか?」

「私はさっき食べたから。 私達『仲間』でしょ?」

「――ああ!」

 食べ終わる頃には、夕日とまではいかないものの太陽は西にだいぶ傾いていた。

 街まではまだ半分以上。少しばかりフレイに負荷がかかることになるが、今の充足感があれば何も苦では無いだろう。

「リーナ、街までちょっと急いでもいいか?」

「早く着いた方が良いけど、フレイについていけないかも」

「いや、ちょっと体を委ねてもらうだけだ」

 言い終わるなり、リーナの背中と膝を支える形で持ち上げ飛行魔法を使う。

「――?! お、降ろしてー! 怖いー!」

 リーナの必死な叫びが辺り一体にこだまするのだった。

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