第5話 第5章
いろいろな女と付き合ってきて、その都度、
――付き合うんじゃなかった――
と思い知らされたのは、
――前に付き合った女性の方が、まだよかった――
と、どうしても比較してしまうからだった。女性と付き合うたびに、悪い面しか見えていないように思うのだが、それは悪い面が先に見えてしまって、悪い面からしか相手を見ていないことで、嫌いなイメージだけを残して別れる結果になった。だが、実際にはいい面も見えていた。それを見えていないように感じるのは、無意識の感情なのか、それとも意識して見えていないように感じるからなのか分からない。いい面が見えているという事実を認めたくないのも事実なのだろう。
意識しないまでもいい面は見えているのである。だからこそ、目は確実に肥えている。そうなると、意識の中で、
――女性は嫌いなんだ――
と思っていたとしても、目は実際には肥えているので、さらに前の女性の面影がいいものとして残っていたとしても、それは無理もないことである。
女性に対してのイメージは、敏夫は減算法で考えている。これは敏夫に限らず他の人もそうなのかも知れない。
最初は、誰もが百パーセントのイメージで見るから、好きになった相手を百パーセントに近いイメージで意識する。次第に嫌いなところ、嫌なところが見えてくると、マイナス点となり、逆にマイナスされても、その中で少しでもいいところを見つけようとして、見つかるとプラス点となる。上向き、下向きの折れ線グラフを繰り返しながら、次第に下降してくるグラフの中で、自分で設けた限界線を越えるか超えないかで、別れるかどうかが決まるのである。
――こんなことを考えているのは、俺だけなんだろうか――
と思った時期があったが、程度の差はあるものの、他の人、男女を問わず、大なり小なり、皆同じような意識を持って付き合っている相手を見ているのではないかということに気付く時がやってくる。
もちろん、気付かないまま通りすぎる人もいるが、気付くのは、自分の中での限界線が見えてきた時である。
自分の限界線が見えてくると、相手が何を考えているか気になってくる。それまでに気にしなかったわけでもないが、限界線が見えて、次第に自分が別れという言葉を現実のものとして意識し始めたことを感じるのだ。
別れを感じ始めると、それまで自分が相手の立場に立って見ていなかったことに気付く。それが幸せボケに近いものであることを悟ると、相手が自分とは違う人間であることを今さらながらに知ることになる。
当たり前のことを当たり前に考えられないのは、相手に甘えているからであり、しかも、自分の考えが付き合っている中ですべてなのだという驕りがあるからだ。
――我慢しているのかも知れない――
という相手の発想を、まったく考えないのだ。
いい意味でも悪い意味でも、相手のことを考えなければ、相手を一人取り残してしまって、自分だけが突っ走ってしまう結果になるだろう。そんなことになってしまうと、破局はあっという間だ。
因果なもので、ここまで来ると、今までの経験からどうなっていくのか、想像がつく。別れ慣れしてしまっていると、別れることも事務的な感覚になる。
――やっぱりこの人はこういう人なんだわ――
と、相手は思っているのかも知れない。
付き合って行くというのは、一本のレールを一緒に歩いていくことであり、お互いに一本だと思っているレールが一組になっていることに気付かないものだ。二本のレールは、それぞれがその人の個性であり、考え方。それを一本のレールだと思えるのであれば、それが一番ではないかと最近では思うようになった。
それでも、別れる時はいつも同じ感覚だ。本当は相手の二本のレールにそれぞれの個性を感じなければいけないものを、相手との距離を測るバロメーターに見えてくると、一度広がった距離が近づいてくることはありえない。相手が見えなくなるまで遠ざかってしまうと、もう後は別れるしかないのだ。
――また同じことを繰り返してしまった――
こう感じるのもいつもと同じであり、別れてしまえば、そこに未練も付き合っていた時に感じた感情も、まったくなかったもののように、敏夫の目の前から風化してしまったかのようだった。
敏夫は、付き合う女性に共通性がなかった。
――好きになりそうなので、付き合ってみよう――
という程度の感情で、相手も似たようなものだったのかも知れない。
最初はお互いに探り合いの感情だったので、同じようなことを考えているということで、付き合い始めの印象としては悪いものではなかっただろう。手探りの中での付き合いというには、ちょうどいい付き合い方だった。相手も、
――今まで男性と付き合ったことがない――
などというウブな女性であるわけはないし、人に言いにくいような経験や感情をいくつも持っていたことだろう。
探り合いから少しずつ近づいて行こうとするタイミングが同じであれば、少し長く付き合うことにもなるのだろうが、必ずどこかで一緒に歩いている相手が見えなくなることがある。それが別れを感じさせる最初なのだ。
そこから先は別れの方が意識を強めてくる。台頭してくるといってもいいだろう。感情が表に出てくると、自分が感じるよりも先に相手が悟ることもあるようで、
――相手が別れたく思っている――
と、相手に悟られてしまうと、後は別れに向かってまっしぐらである。
冷めた感情は、そのまま、
――時間の無駄――
という意識を誘発する。
別れを考えている相手を引き戻そうとしても、結局無駄なことは、今までの経験で一番自分が分かっていることだろう。時間の無駄を感じてしまうと、付き合いが形式的なことにしか思えなくなるのだ。
付き合いが形式的なことにしか思えなくなるから、時間の無駄だと最初は思っていたが、時間の無駄を感じるのは、理屈ではない。感情として湧いてくるものがないと感じないだろう。
それが、冷めた感情である。
――冷静であり冷徹な感情――
今までに何度となく感じてきたことで、今さら何度も感じるのは、
――成長や学習をしていないからではないか?
と思うと、また、これからも同じことを繰り返すという思いに至り、結局堂々巡りを繰り返してしまうことになるのだ。
堂々巡りを繰り返すと、慣れが次第に惰性に変わっていき、
――どういう女性を好きになるのだろう?
という思いを感じても、それを不思議に思わなくなってしまう。
惰性に変わっていくと、好みの女性がハッキリしなくなり、
――誰でもいいんじゃないか――
と感じるようになってくる。
誰でもいいのであれば、付き合う女性の幅が広がってくるように見えてくるが、意外と女性から寄ってくることはなくなるのだ。
「まるで上から目線で見られているようだわ」
という声が聞こえてきそうだ。本人にはそんなつもりはなくても、
「誰でもいいと言ってやってるんだ」
というような態度に見えてしまうのかも知れない。そう思われてしまうと、付き合う相手としての歩み寄りはありえなくなるだろう。
――一人が決まれば、他の女性を考えるなど、ありえないことだ――
と、浮気や不倫という言葉は、自分にはありえないと思っていた。実際に、最近まで一人が決まれば他の女の子は眼中になかったのだが、最近は、誰かと付き合っている時であっても、気が付けば、他の女の子を見ていることがある。
――あの娘、可愛いな――
と、ただ思っている程度なら別に問題ないのだが、それだけにすまないようだ。本人にはそこまで感じていないが、まわりから見ると、かなり見ている目が露骨なようである。食指を伸ばしているような目で見つめられた女の子は戸惑いを隠せない。見つめている敏夫には、戸惑いを隠せない様子が、自分を気にしている証拠だと思い、その気になりかけることもある。もっとも戸惑いを隠せない様子を見ていて、それを楽しみだと思っている自分もいて、その性癖をまわりの人が気持ち悪く思っていることなど知る由もなかったのである。
性癖の気持ち悪さだけで、まわりの人は敏夫を浮気性だということに疑いを持たなくなった。
――知らぬは本人ばかりなり――
一人だけ暴走しかねない状況になってしまうのだった。
敏夫は、一時期そんな自分に嫌気を差していた。
さすがに感覚がマヒしたといっても、その時期はいつも自分のことを顧みていた。それも昔の自分と比較してしまっていることで、
――堕ちるところまで堕ちてしまった――
と感じるだけだったのだ。
そのうちに人との関わりを拒絶するようになった。人と関わっていると、さらに他の人と比較して、自分が惨めになるだけだからだ。そうなってくると、男女問わずまわりの人との関わりの拒絶を考えるようになり、自分が孤立してくるのを感じる。完全に一人になってしまうとそこに待っているのは鬱状態だった。
鬱状態は、人も自分ともどちらも比較しないことで訪れたもののはずなのに、絶えず何かに怯えている自分を感じる。
――こんな気持ちになるために人との関わりを拒絶したわけではないのに――
と考えるようになるが、その思いを裏付けるように、夢の中でも鬱状態であるのを感じるのだった。
夢の中で出てくるのは、決して今のことではない。どちらかというと、結婚していた頃の夢が多く、考えてみれば、
――この時に、もう少し違った考えをしていれば、今のように苦しまずに済んだはずなのに――
という思いが頭を巡るのだった。
夢の中で見る鬱状態は次第に薄れていった。夢を見なくなったからである。だが、本当に夢を見なくなったのだろうか? 夢を見なくなったというよりも、
――見た夢を覚えていない――
といった方が正解かも知れない。
夢を見なくなると、今度は眠りの時間が短くなった。ぐっすりと眠れなくなったのだ。そのせいもあってか、毎日少しずつの睡眠を何回も繰り返すようになった。
夢かうつつか分からないようになっていき、起きている時間だけが、すべての時間のように感じるようになり、一日があっという間に過ぎるような気がしてきた。
それが一週間、一か月と重なるうちに、気が付けば時間だけが経ってしまっていたのだ。
だが、一年経てばどうだったのかというのは分からない。なぜなら、こんなおかしな期間は一年と続かなかったからだ。
――もし、一年間続いていれば、少しは違った方向に変わっていたかも知れないな――
と感じたが、逆に
――いや、変わったというわけではなく、もし一年続いていれば、そのままずっと抜けることなく、いつまで続いていたか想像もつかない。それがいいことだったのか悪いことだったのか、その答えを生きているうちに見ることができるだろうか?
とまで考えるようになっていた。一年も経たずに終わってしまったというのは、敏夫にとっての、大きな運命の一つだったのかも知れない。
その時期を超えると、鬱状態はどこへやら、すっかり明るくなった自分を感じるようになっていた。
だが、相変わらず人との関わりはあまりある方ではなかった。何しろ一年近くも他の人との関わりを一切断ち切った気分になっていたのである。相手からもそうであろうが、自分からまわりに溶け込むのは、なかなか難しいことである。
敏夫の性格として、おだてに弱いところがあった。
人から褒められたりすると、すぐその気になってしまう。敏夫がどん底の状態から抜けられたのも、ちょっとした人から褒められたことがきっかけだったのだ。しかも、それが対人関係についてであれば、余計にそうである。仕事でちょっとしたアドバイスが、相手のためになることであり、その人のプライベートでの悩みまでも解消してあげられる言葉だったようだ。
本人にそこまでの気持ちはなくとも、相手の受け止め方一つでどれほどの感謝の気持ちを与えられるかを知ったことで、
――俺一人固執していても、仕方がないか――
と、それまで無意識に入っていた肩の力を抜いてみると、それまで見えていなかったことが見えてきた気がした。それがお互いに暖かな気持ちに包まれていることに気が付くと、まるで目からウロコが落ちたようになっていた。少しずつではあるが、人との会話が増えてくると、それまでまわりが見ていた敏夫とは違った姿が見えてきたのだろう。
「見直した」
という言葉がまわりから聞こえてきそうだったのだ。
それからの敏夫は、まわりを目に見えない暖かいベールが自分を包んでくれているように思えた。それが敏夫にとっての、
――おだてに弱い――
という性格と調和して、プラスアルファの暖かさを与えてくれているような気がしたのだった。
「おだてられて力を発揮するというのは、それは本当の力ではない」
とう人もいるが、敏夫はそうは思わない。
「おだてられて力が出るのであれば、それはそれでその人の立派な力だ」
と思っている。
その違いは、
――使うものと、使われるものの違い――
だと思うようになっていた。
確かに使う者とすれば、おだてられて出す力を疑いたくなっても無理もないと思う。ただ、それは、おだてということだけに限らず、他のことにも言えることである。使う側にとっては、少々のことで相手を信じてしまい、もしそれが違った時のリスクは大きいと思うことであろう。ただ、それも技量の大きな管理者であれば、自分の目をまずは信じるだろう。おだてに弱いことだけで相手のことを判断せずに見ていると、さらにハッキリとした相手の性格を見ることができる。中途半端な管理者かどうか、使われる側からも見ることができるだろう。だが、敏夫にはそこまでの力はない。自分が管理者になるなど、まだまだ先だと思っていた。
敏夫は、その頃になると、また女性を意識するようになっていた。
――同い年くらいの女性は、少し嫌だな――
と思うようになっていた。
そのうちに、気になってきたのが、娘くらいの女の子であった。性癖に気が付いた時期でもあったこともあり、少し複雑な気持ちの中で、娘のような女の子と一緒に出掛けるイメージを抱いたりしていた。
映画に行ったり、遊園地に行ったり、その時の自分も高校生になった気分だったのだ。
だが、気分は高校生でも、気持ちは大人だった。
――父親が娘を見つめる感覚――
これが、敏夫にはあった。
娘と父親は禁断のイメージしかなかった。性癖が邪魔をするからなのかも知れない。だが、
――俺は娘がほしかったのかも知れない――
と思うと、禁断の気持ちが薄れていったのだ。
そんな頃に知り合ったのが真美だった。
真美と趣味が共通しているというところで、自分が小説を書くようになると、今度は題材を自分のことと、真美の過去を勝手に想像することから始まった。そのために敏夫はわざと真美に過去を話させないようにした。
真美も自分から話すことはなかったが、ところどころに聞こえてくる話もあったのだ。
その一つが、父親のいないということだった。父親とは死別なのか、それとも親の離婚によるものなのか、詳しい話を聞けなかった。
ただ、今は両親が揃っているという話を聞いたのだが、どうやら、それが養子だという話を聞くに至って、かなり複雑な人生だったことを伺わせた。
気になっている女の子を小説の題材にしていいものなのかという気持ちもなくはない。そのことが自分にとって、真美に対してのどんなイメージに繋がるのか、興味もあったが、考えることへの罪悪感もあったのだ。
複雑な思いは敏夫にとって、真美に対して好きになってしまったという気持ちをさらに深める結果にも繋がった。繋がったというよりも、真美を最初に好きになった気持ちを再度思い起させ、忘れないようにするために必要なことでもあった。
敏夫は真美に対して、女性として見ている自分に罪悪感があった。真美に対していくつか罪悪感を持っていたが、その一つであり、一番強いのが、
――女性として見ている自分の存在――
だったのだ。
父親として、真美に接しようとする自分に、
――真美に対して、寂しい思いをさせたくない――
という気持ちが一番強いことを思い知らせていたにも関わらず、真美に恋愛感情を持ちこんでしまうことは、反則に思えて仕方がない。もちろん、真美自身がどのように考えているかというのも重要なことだが、それを確かめるすべもなければ、勇気もない。その気持ちを確かめるには、自分だけではどうしようもないと感じたのだ。
まず、第一自分から口にして、真美が本当のことを話してくれるかということが一番肝心なことだった。まだ十歳代の女の子が戸惑ってしまい、それまで好印象を感じていた相手に対して、戸惑っている相手の質問にどう対応していいかなど、押し付けるわけにはいかないだろう。
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