第2話 第2章
月日が経つのは早いもの。敏夫は四十歳になっていた。
三十歳になった頃に一度結婚したのだが、三年もしないうちに離婚、それまで勤めていた会社を辞め、新しい会社に入ってからは、ほぼ変化のない生活を続け、気が付けばただ一日が終わっていくだけの、何も考えない人生を歩んでいたのだった。
そんなことに気が付くことも稀であった。
酒も飲まず、タバコも吸わない。電車通勤している時に、たまに好みの女性が近くにいれば、ときめいた気分になるが、ただそれだけ、声を掛けてみたいだとか、自分を意識させたいなどという感情は湧いてくることもなく、その時だけ、気持ちがときめいていればそれだけでいいといった、何の楽しみも見出すことのできない人生を歩んでいた。
それでも、最近、ここ数か月のことであるが、少しだけ絵画に興味を持った。中学の頃、美術の授業で、
「君は、絵がなかなかうまいな」
と、先生から言われたことを、ふと思い出したのだった。
実際に美術館などで絵画を見ることなどあるわけではないので、絵画に関しては興味を持つことはなかった。それなのに絵画に興味を持ったのは、中学の頃に言われたセリフがいつも頭の片隅にあったことと、通勤電車の中で、気になる女の子が、手にはスケッチブックを持ち、今時珍しいベレー帽をかぶって、
――いかにも、絵描きさん――
という雰囲気を漂わせていたからだ。
その姿は威風堂々としていて、それが敏夫の興味を引いたのだ。
その女性とは、それから何度か同じ電車に乗り合わせた。
今までであれば、気になる女の子がいても、その女の子を見るのは、その時だけ、二度と目の前に現れることはなかった。
――俺はそういう運命の男なんだ。いかにも俺らしいじゃないか――
と思っていた。
それなのに、絵描きの女の事は、一週間のうちに、二、三度同じ電車の同じ車両で一緒になる。
その女の子は、女子大生のようだった。
自分が好きなタイプの女の子は、本当は物静かなタイプなのに、その子は絵を描くということを、
――アクティブで行動的な趣味なのよ――
と、言わんばかりに見えたのだ。
敏夫と目が合ったことはほとんどない。目が合ったとしても、咄嗟に敏夫が目を逸らした。それは恥かしさからというよりも、
――見てはいけないものを見てしまった――
という意識が強かった。
何を見てはいけないのか、それは何となく分かるようで、考えようとすると、急に目の前に霧が掛かったかのようになり、おぼろげになってくるのだった。
それも、何かの力が働いているのではないかという気持ちが強くなり、それが自分の過去にあるということになかなか気付かないでいた。
絵を好きだった頃を思い出していた。
その頃は何をやっても自分に自信が持てず、人から褒められることなど皆無であり、ひょっとすると、中学生になることまでが、一番感受性のなかった頃ではないかと思えるほど、何も考えていなかった。
それは、今も何も考えていないように思って生活していることとは少し違っている。今は何も考えていないことを意識しているが、子供の頃は、何も考えていないということを意識さえしていなかったのだ。だから今から思い出そうとしても、中学生以前の頃の記憶というのは、ただ目に映ったことがそのまま記憶として残っているだけだ。静止画でしかなく、動いている感覚がまったくないのだ。
そういう意味でいけば、絵画のように動いていないものを覚えているというのは皮肉なものだ。絵画に描こうとして浮かんでくるイメージは、子供の頃に見たのかも知れないと思われる景色が浮かんでくる。
だが、まるで行ったこともないところなのに一度行って見た記憶があると思い込んでしまう「デジャブ」という現象そのものである。
デジャブというのは、特異現象のように感じるが、こうやって考えると、気持ちの持ちようで、いくらでもデジャブを理解することができるのかも知れない。一口にデジャブと言っても、感じている人の数だけは、少なくとも存在しているのではないかと思えてくるから不思議だった。
子供の頃に絵画にはまったく興味がなく、小学生の頃、中学に入ってからも、絵画なんて自分とは関係のないものだとしてしか、思えなかったのだ。
それなのに、先生に一度褒められると、有頂天になった。
将来自分が描いた絵が、展覧会に出品され、それが受賞作品になることで、表彰台に上がる自分の姿。そして、マイクを向けられて、
「まさか、こんな賞をいだたけるなんて、思ってもいませんでした」
と、お決まりの文句を話すのだが、考えてみれば、自分の作品が受賞することを以前から分かっていたような錯覚になっている自分に気付いていた。
そしてセリフも最初から考えていたように思え、夢とはいえ、
――よくもここまで自惚れられるものだ――
と、自分に感心してしまうのだった。
それでも、すぐに絵を描くことが好きになったわけではない。美術の授業で、好きでもない絵を描かされてウンザリしていたのも事実なので、ちょっと褒められたくらいですぐに好きになれるほど、性格が純情にはできていなかった。
それでも、徐々に描くことが好きになる。それも、
「絵を描いていると落ち着いた気持ちになれるからな」
という先生の一言があったからだ。
それまでの敏夫であれば、皮肉にしか聞こえなかったことなのに、その時は素直に聞けた。よほど精神的に落ち着いていたのかも知れない。
そういう意味では絵を描くようになったのも、運命だと思っていた。部活に参加することはなかったが、一人で絵を描けるスポットを探し、最初はスケッチから始めた。風景画が主で、家の近くにある神社に出かけて、描いてみたりしていたが、自分で見ている分には、それほど上手だとは思わなかった。
一つはバランス感覚に欠けているのが自分で分かっていたからである。平衡感覚が欠如しているとでもいうのか、まずどこに最初鉛筆を当てていいのかが分からない。
「それが分かれば一人前だ」
と先生が言っていたが、
――それでは、最初から何も進まないではないか――
と思ったりした。
一つの何かに興味を持つことが前に進むことだというのを初めて感じたのがその時だった。それまでは言葉で何を言われても、口うるさくされるのを同じ感覚で、
――自分で何も感じないのだから、しょうがないじゃないか――
と感じるようになっていた。
絵画に興味を持っていた時期は、今まで短いものだと思っていた。確かに、高校に上がる頃には、興味が失せていたのも事実で、高校受験の間の精神状態が影響したのも、間違いないことだろう。
ただ、今から思い出すと、時系列で思い出すことができるのだ。以前にも中学時代のことを思い出したことがあったが、その時は、絵画に対してのことを特別に思い出したわけではなく。漠然としてしか思い出していないので、ただ流れるだけの時間を感じただけで、時系列などという意識もなかった。
今回思い出した絵画への思いは、感情を中心に思い出していた。そのせいもあってか、感情は、移り変わることを前提としてでは思い出せないということもあり、時系列は勝手についてくるものである。意識の中になければ存在しないと同じであった。
時系列で思い出してくると、漠然としてしか思い出さなかったものが、ただの夢のように、自分一人の感情でしか展開していないことに気付く。それは実際に中学時代のその時に、自分中心でしか感じていなかったものが存在していたのではないかと感じるからであった。
自分中心でしか感じていないものというのは、色を感じさせない。暖かい冷たいなどの感覚もない。障害があっても、痛いという感情すらないのではないかという感覚もあり、それがすべて漠然としてしか感じていないことに結びついてくるのだった。
絵画は、色が命だ。最初の頃は鉛筆でのデッサン画が中心だったが、そのうちに油絵に興味を持ち始め、色を塗ることを覚えたのだが、途中で急に興味が失せた。それよりも、デッサンでの鉛筆画の方に興味が戻っていた。しかし、一度興味の離れた鉛筆画に、再度興味を戻すのは、難しいことだった。敏夫が絵画に興味を失ったのは、この時だったのだ。
絵画に興味を持ち始めて、急に冷めてしまったことで、挫折感のようなものはなかった。元々何事にも無関心な自分に戻っただけだったからである。
中学時代を思い出したのは、やはり気になる女の子が手に持っていたのがスケッチブックだったからだ。スケッチブックということは、油絵ではなく、デッサンなのだろうと思ったからで、見た目自分に興味のありそうな女の子が描こうとしている絵がどのようなものなのか、思わず、昔の自分との比較を試みようとしているのが分かる気がした。
その女の子は女子大生のようだった。通勤電車の途中にある駅でいつも降りる彼女だったが、その駅には女子大があった。短大だったと思ったが、時々、クラスメイトと思しき女の子から声を掛けられ、挨拶を交わしているのを何度か目撃したのだ。
タータンチェックのスカートと、マフラーが印象的だった。お気に入りなのか、よくその格好を見かける。
――ひょっとすると、絵を描く時の自分の服装だと決めているのかも知れない――
と感じた。
そういえば敏夫も絵を描く時には着る服を決めていたような気がする。
――おかしなところにこだわるな――
と自分で苦笑したことがあったのを思い出した。
――ハンカチもチェック柄だったら可愛いのにな――
まるで自分の娘くらいの年頃の女の子に、気が付けば胸の高鳴りを覚えていた。それは忘れかけていた女性への思いであり、女性として好きになった時の気持ちと同じであった。
――女性を好きになることは、相手が誰であれ、ときめきを感じるもの。悪い気分などあるわけはない――
と感じていた。
ただ、若い頃とは少し違っているのを感じる。
離婚してからは、自分の生活とともに、性格までもが変わって行っているように思えてならなかったが、それは、離婚を頂点として、まったく人生が変わってしまったと思っていた。
◇
ピークは結婚した時ではなく、離婚した時だった。
結婚期間中は、結婚前よりも、幸せだった。特に新婚時代には、これ以上の幸福はないような気がしていたくらいで、過去のこともすべて水に流されたと思ったほどだ。水に流されてしまえば、今までの自分の罪もすべて許されたように思え、それ以降、自分に不幸は訪れないだろうとまで感じたものだ。
ただ、それも独りよがりな発想だった。自分に甘くなってしまうと、横柄な態度をまわりに取ってしまっても、無理のないこととなってしまう。
離婚の原因も詳しくは分からない。
「自分の胸に聞いてごらんなさい。どうせ、あなたには分からないでしょうけどね」
と言われた。
こんなセリフを言われるなど、想像もしなかった。今まで一番接しやすいと思っていた人が、完全な「敵」になってしまうと、これ以上の辛さはない。
――世の中、皆が敵に思えてくる――
人間不信、対人恐怖症、さらには、誰も信用できない思いは、自分に対しても同じことであった。
――酷いことを言われるのは、自分を追いつめることになる――
ということを、嫌というほど思い知ったのだ。
信じていた人が他人にしか思えてこなくなる反面、思い出すのは、付き合い始めた頃のことだった。
楽しかった頃のことを思い出すのは、男性特有のことだった。この思いは、実は以前にも感じたことがあった。美沙と付き合っていた頃の自分がそうだった。楽しかったことしか思い出さないのだ。
「男は、危機が近づくと、付き合い始めの楽しかった頃を思い出すものだけど、女というのは、危機を迎えると、ある程度まで一生懸命に我慢するものさ。しかも相手には気付かれないように。その気持ちは分かる気がするが」
会社の同僚と話した時に聞いた話だった。
「どうして分かるんだい?」
「例えば足が攣った時、俺はまわりに知られたくないと思うんだ。それはどうせ相手には痛みが分からないだろうから、不必要に心配されると、却ってこっちが萎縮してしまって、不安だけが増幅される気がするんだ」
「それは俺も分かる気がする」
「で、女は一生懸命に我慢すると、きっと自分の中で限界を作ってるんだろうね。男よりもその限界を熟知しているのだと思う。だから、必死に我慢できるんだろうが、限界が見えてくると、女はそれ以上、我慢しなくなる」
「それで?」
「後は何を言っても一緒さ。そこで女は自分の中で結論を出してしまうのさ。その時に離婚を考えたのなら、それ以上いくら説得を試みても同じなんだろうね。要するに、男が女性に対して、「危ない」と思ったら、もうそこで終わりなのさ。俺は似たような経験を何度もしているし、お前にもその心当たりがあるんじゃないか?」
言われてみれば確かにそうだった。
「確かにそれは感じたことはあるが、まさか女房に感じることになるなんて、想像もしていなかったよ」
「それだけ男は呑気なのさ。何、お前だけに限ったことではない。俺にも同じような経験はある。だから、言えることなんだが、男というのは、学習しないというのか、忘れっぽいというのか、意外と同じことを繰り返してしまうものなんだよな」
と言っていた。
「一番付き合いやすい相手に恐怖を感じるようになるなんて、想像もしたことがなかったよ」
「それが男女の仲というものかも知れないが、夫婦の絆なんてどこにあるんだろうって、思ってしまうよな」
友達の話を聞いていると、ここまで男女の考え方に差があるなど思ってもみなかったので、ビックリさせられた。
離婚の話が表に出てくると、後は早かった。
敏夫としては、何とか粘ったつもりでいたが、敏夫にも男としてのプライドもあった。女性から一方的に離婚を言い渡されて、
「はい、そうですか」
などと言えるはずもない。
それでも、プライドが女性のいう限界のようなものだということを、その時に初めて気が付いた。
もう、こうなってしまうと反発しかない。子供がいなかったのが幸いだったが、その時、美沙との間のことを久しぶりに思い出した。
――美沙には気の毒なことをした――
そう思うと、自分が本当に好きだった女は、女房ではなく、美沙だったことに気が付いた。それが自分に限界を見せたのかも知れない。
――好きだと思っていたのは、幻想だったんだ――
相手が好きで結婚生活をしていたというよりも、結婚生活の甘さが今までズルズル一緒にいる結果になったのではないかと思うと、それが、自分にとっての不安の原因であり、不安の原因が、そのまま限界を見せつけられる結果になってしまったのだろう。
そこまで来ると、離婚までは早かった。相手にはハッキリとした離婚理由があるわけではない。一方的な言い分なので、もちろん、慰謝料など発生する余地もない。
「お前、いい時期に離婚したのかも知れないな、慰謝料や養育費で大変な奴が多いのを知っているからな」
と友達に言われた。
離婚したことで、しばらくは自由を堪能しようと思った。すぐにでも他の女性を探そうという気持ちも半分あったが、後の半分は、
――もうしばらく女性はいい――
と思う自分もいた、
それは、美沙を思い出している自分がいたからだ。
美沙への思いは、離婚してから考えるようになった。それまでどうして思い出すことがなかったのか、不思議に思うくらいに、まったくそれまで思い出すことはなかったのだ。それだけ結婚生活がバラ色だったのか、それとも美沙への背徳の思いが、結婚生活の中で消去してしまおうという無意識の思いなのか、どちらにしても、少し遠回りしたが、美沙を思い出すことになるのだった。
美沙を思い出していると、他の女性を考えようとは思わなくなった。思ってしまうと、せっかく自由になったという意識が薄れてしまうし、自由というのが、美沙を思い出すための大切な時間であるという意識とは違うものになってしまうのを恐れていたのだ。
敏夫は、半年間、女性と付き合うことはなかった。
半年経って、一人の女性と付き合ったが、すぐに別れてしまった。それは敏夫の心の中に、
――こんな女性と付き合うための、充電期間じゃなかったはずだ――
というものがあったからだ。
まだまだ妥協を許さない年齢だったのだ。
それから十年の間に、数人の女性と知り合うことになるが、そのほとんどが、
――こんな女性――
という思いでしかなかった。
それは美沙と比較してしまうからで、美沙と比較してしまったら、今の自分には、どんな女性が寄ってきても、それ以上であるわけはないと思うようになっていた。
就職や転職の時にも言うではないか。
「最初が一番いい条件で、変われば変わるほど、条件は悪くなるって」
と、転職をひき合いに出して、話をする人がいたが、敏夫も、まったくその通りだと思ったのだ。
数人の女性の中には、ひょっとすると、そのまま付き合っていれば、結構いい付き合いになったのではないかと思う人もいた。その理由は、
――この人となら、今の人生を変えられるのではないか――
という思いがあったからだ。
つまりは、敏夫の中には、人生を変えたいと思っている自分と、このまま美沙の面影を引きずったまま生きていきたいという思いを貫いていきたいという思いとが交錯しているのではないだろうか。
そのくせ、美沙を探そうとは思わなかった。美沙と今さら会うのが怖いのだ。
何を言われるか分からないというよりも、美沙と面と向かう勇気すらない自分を分かっているからだ。美沙がどういう女性に変わっているかというのが気にはなるが、それよりも自分に対してどう思っているかが怖いのだった。
離婚するには、少し早かったような気がしたが、それも人生をやり直すには、早い方がいいと思ったからだ。だが、よく考えてみると、今までの人生で、やり直しが利いたような気はしてこない。どちらかというと、離婚してからの人生は急降下。ロクなことがなかった。
――本来なら堕ちるところまで堕ちたのだから、あとは這い上がるだけ――
という話をよく聞くが、なるほど確かに堕ちるところまで堕ちた気はしているが、這い上がった気がしないのだ。
ということは、最低ラインで踏みとどまっているということだろうか? それも違っているような気がする。最低ラインがどこなのかもハッキリ分かっているわけではない。それなのに次第に落ち着いてくるのは、今の状況に慣れてきているからなのかも知れない。
「三十歳を超えると、後は早い」
という人もいれば、三十五歳という人もいる。三十歳から三十五歳の間で、人は自分の分岐点になる何かを見つけるのではないだろうか。結婚する人、離婚する人それぞれなのだろうが、四十歳になると、惑わずという。四十歳までに惑うことのない性格を作り上げるということなのであろうが、自分の四十歳は、気が付けば過ぎていた。意識することなど、何もなかったのである。
敏夫は五十歳になるまでの人生を四十代にも振り返ったことがあるはずなのに、五十歳になってから思い起すと、振り返ったことすら忘れてしまっているようだ。五十歳と言う年齢が、他の人の四十歳に値するのではないかと思う。この十年の差は、どこから来るのであろう?
離婚してからの数年は、離婚を頂点にして、どんどん山から転がり落ちているのを感じた。最初は、一気に谷底に叩き落された気がしていたが、そうではなかったのである。一気に叩き落されたのであれば、這い上がるだけの気持ちが持たれているはずだ。落ちたスピードのわりに時間が経っていないからだ。肉体的、感覚的には谷底だが、時間的なもの、さらには精神的なものは、そこまで叩き落とされた気持ちがないからであろう。
「肉体的な感情より精神的な感情が優先するのだろうな」
それは、どちらが辛いかということにも影響している。少なくとも敏夫は精神的な辛さには耐えられないと思っていた。だからこそ、急降下してしまった精神状態を何とか時間が経っていないことで、辛くないことを納得させたかったに違いないのだ。
敏夫が好きな女性のタイプは、年齢とともに、若返っているように思えていた。三十代後半くらいまでは、少し年上でもよかったが、四十代になれば、三十前半よりも前、最近では、二十代の女の子、いや、女子大生でもいいと思うようになっていた。
ただ、それが性的欲求から来るものなのか、自分でもハッキリとしない。もし、性的欲求であれば、少し悩むところであるが、最初は娘を思う気持ちに似ていると思っていたので、その気持ちを壊したくないという思いが強くなっていた。
最近よく見る夢は、自分がまだ三十代後半で、女房と別れた頃のことだった。
すでに寂しさや辛さは抜けていたが、違う寂しさが漂っていることを感じた。実際に感じたことのないもので、三十歳代後半というと、
――今までの人生で、一番辛い時代だったのかも知れないな――
その思いが一番強かったはずなのに、今から思い返せば、もう少し違った人生を歩むことができたのかも知れないという思いが頭の中を過ぎるのだった。
――もう、女はいい――
などということを思ったことなどないはずなのに、夢の中では女との関わりのまったく感じられない自分がいることに気付く。
女というものが初めて別世界の人種であるという意識を持ったのだ。子供の頃、まだ異性に興味を持つ前の、自分とは違った性質の生き物だと思っていた頃でも、別世界とまでは思わなかった。だからこそ、異性に興味はなくとも、憧れのようなものがあった。それが小学校の時の先生であったりするのだ。
小学校の頃の先生は、女子大を出たばかりの新人だったのに、子供心に、母親とさほど変わりがないくらいに感じていた。それだけ、年上の女性は皆同じように見えていたのに、最初はそのことが気付かなかった。
先生に憧れのようなものを感じたのはいつからだっただろう? それは友達が先生のことを好きだと言っていたのを聞いたからだろうか。
友達にはスカート捲りのくせがあり、こともあろうに、先生にもしてしまったのだ。その時、先生は顔を真っ赤にして、どうしていいか分からずに、その友達を叱ることすら忘れてしまっていた。敏夫はその時の先生の顔を見て、きっと怒るだろうと思っていた先生が怒らないことにビックリした。それは敏夫が想像していた行動が、全然違った形で現れた、最初で最後のことだった。
――あの時に、俺は先生のことを好きだと思ったのかも知れない――
子供心にはあくまでも憧れだったのだ。それが好きだったという意識を感じたのは、中学に入学してから、つまり中学生になってから、異性に対して興味を持ち始めたと意識し始めた、最初の頃だった。
異性に興味を持ち始めてから、その意識を持つまでに、敏夫は結構時間が掛かった。
――何かおかしいな――
憧れが、憧れだけでは言い表せないように思えたのは、身体に変調を感じたからだ。顔が赤くなったり、下半身がムズムズしたり、特に相手の笑顔を見た時、今まで感じていた大人の魅力だけではなく、可愛らしさを感じるようになったのが分かった時、初めて、それが憧れだけではなく、女性への新しい意識が生まれたことだと分かった。
中学生の頃は、お姉さんばかり意識していた。二十代の女性に一番意識が強かった。三十代から後ろは、母親を意識してしまいそうで嫌だったのだ。
母親が綺麗な人でなければ意識もしなかっただろうが、母親は子供の敏夫から見ても綺麗な部類だった。
それもあってか、どうしても母親を直視できなかった。恥かしいという気持ちよりも、好きになってはいけない相手だという意識が強すぎて、それがジレンマとなって、敏夫の中に残ったのだ。
高校生の頃はあまり女性を意識しないようにしていたが、それが爆発したのが、大学に入ってから、
――高校の頃、我慢なんかしなければよかった――
その思いは、性癖に繋がっていた。
敏夫は、大学生になってから、セーラー服の女の子に異常なまでの意識を持つようになった時期があった。
敏夫の場合は
――熱しやすく、冷めやすい――
という性格のため、セーラー服の女の子への思いが爆発しそうなくらいに感じていた時の辛さが、今度は反動となって、セーラー服を意識することはなくなった。
――変な性癖は消えたんだ――
と、ホッと胸を撫で下ろしたが、それはただ、その時期飽和状態になっていただけで、本当は自分の中で燻っていただけだったのだ。それが表に出てきたのは、二十代後半だっただろうか。別れることになる女房と知り合う少し前のことだった。
――自分の性癖がハッキリしてきたから、彼女ができたんだろうか?
とも思ったが、人間バイオリズムというのがある。精神、体調などが上り調子の時に自分の感覚がまわりに対して敏感に感じるようになり、今まで自分の中で燻っていたものが吹き出してきたのかも知れない。
女房と付き合っていた時も、その性癖は表に出ていた。出ていたというよりも、女房が発見したのだ。
「あなたの行動パターンは分かりやすいのよ」
と、笑いながら話していた。性癖に限らず、考えていることはよく分かっているようで、そのおかげで、会話が敏夫のことが多いというのも、皮肉なことである。
「すぐに顔に出るということかな?」
「そういうことね。あなたに隠し事はできないのよ」
と言われてしまうと、それならいっそ、オープンで行こうと思うのも無理のないことで、敏夫は行動パターンを見抜かれていることが却って安心だった。
自分には性癖以外に後ろめたいところはないと思っていたからだ。すべてを分かってくれていると思えば、不安感など存在しない。それが夫婦間で、敏夫の立場が大きくなったと自分で思い込むきっかけになった。
それがいつしか横柄になっていたのかも知れないと、離婚して少ししてから感じるようになった。別に考えようと思って考えていたことではなく、自分を顧みることが多くなったことで、自然と感じたことだろう。そのせいもあってか、離婚した時にはその理由がすぐには分からなかったが、離婚した原因が少しずつでも分かってくると、最低まで落ち込んだ自分が、その状況に少し慣れてきたような気がしていたのだ。
かといって、そこから這い上がるほどのエネルギーはなかった。逆に新鮮さが次第に薄れていく。離婚してすぐは、最低に落ち込んだと思いながらも、
――後は這い上がるだけだ。まだ若いんだから、彼女だっていくらでもできる――
と思っていた感覚が、新鮮で、這い上がるためのエネルギー貯蓄になっていると思っていた。
だが、慣れていなかったからなのか、それとも自分の立場をハッキリと自覚していなかったせいなのか、その時にしておかなければいけなかったはずの貯蓄をしていなかった。それが這い上がることではなく、最低ラインの居心地に慣れてしまうという結果を産んでしまったのだ。
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