傘がない
きょうじゅ
本文
「ほかに読んでる漫画ないの? ジャンプ本誌とかでさ」
って彼氏に言われるけど、無いのである。ジャンプ本誌に限らず、読んでる漫画なんてない。一つには、単行本や漫画雑誌を追いかけるほど小遣いが無いからでもあるけど。
「ロボコしか読むものないから買ってない。ハンター再開するまで買わない」
「ワンピースも最終章突入で盛り上がってるよ? 最近の道化のバギーがさー」
「興味ない」
彼氏に興味がないわけではないが、彼氏の読んでる漫画にまで興味はないというか、ワンピースは尾田が真面目に連載をしすぎだから単行本を追いかけられない。あたしも彼も、アルバイトとかしていないから、重ねて言うけど小遣いが無いのです。
「じゃあ逆に僕がハンターを読むのはどうだろう。貸してよ」
「ごめん電書版だから」
「えー……じゃあさ」
そこで彼はなぜか頬を染め、顔をそらして、言った。
「こんど一緒に漫画喫茶に行かない?」
「行かない」
だってHUNTER×HUNTERは全部電書で持ってるし、何なら内容を暗記してる。だいたいの念能力はそらで名前と内容を言えるし、amazarashiのジョイサに入ってる曲は既に全部歌える。
だけどそのとき以来。彼は何かにつけては、理由をつけてあたしを漫画喫茶に誘うようになった。やれどの漫画が面白いとか、その漫画の新作が出たとか。あたしは冨樫以外の男は君よりほかに興味はないのだけど。
とか思っていたある日、学校帰り、雨に降られた。傘がない。そして場所が問題だった。学校に戻るにも、駅まで走るにも遠い。
「コンビニで傘買おう」
って言ったら、彼はまた言った。
「それより雨宿りしようよ。通り二つ向こうに、快活CLUBがあるから」
「え……まあいいけど」
というわけで、そこまで走った。それでも濡れる。入った。彼が学生証を出して会員証を作る。シャワーのルームキーが二本、出てくる。それくらいの雨だった。
そして、髪をふきふきロビーに戻って、はじめてあたしは気が付いた。
申し訳程度にしか置かれていない漫画。まずいジュースしか入ってない無料自販機。安っぽいソフトクリームマシン。すべては虚飾。本質を偽るための
あたしはまったく知らなかった。
ここは。
ほかにもカップルがいっぱいいて、みんななんか幸せそうな顔をしていて。
そう、ここはセックスをするための空間なのだ。
あたしは一瞬で茹でられたイカルゴのように赤面する。嗚呼。
「それじゃ、部屋、こっちだから……行こ?」
ああ。もっと早く気が付けばよかった。
「……うん」
電書版なんか、買うんじゃなかった。
傘がない きょうじゅ @Fake_Proffesor
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