第7話 ヤマセにも負けない「黒マント」

「お外、寒いね」

 隣には、半袖パジャマに、ひざかけを肩から羽織った咲楽さくら

「うん、寒い」

 中に入って、咲楽にはホットミルク、自分にはミルクティーを。とりあえず、温まる。

紫織しおりお姉ちゃん、咲楽、長袖のお洋服ないよ。もう小さくなっちゃった」

「あ、あー…。そうだっけか…」

 言わずもがな、咲楽は成長期である。たった一人の肉親である母親が闘病中だったので、ご飯や風呂の世話はされても、どうしても抜け落ちているものがあるのだ。

「あー、もう、七月だし…。どうせなら、もう少し待ってから、秋服を買いたい…」

「咲楽も、そう思うなあ」

 朝食を済ましてから、クローゼット探検と洒落込む。

「あった!」

「あー、これ、学校のだ!」

「そう」

 振り返り、咲楽に黒いマントを着せる。

「やっぱり、魔女みたい!」

 その場を、くるくると回って見せる。

「私も、高校入試、魔法学校の子? とか言われて恥ずかしかったな…」

 思い出し、赤面する。

「ヤマセにも負けない『黒マント』。冷たい風にも負けないぞー」

 繋いだ手をブンブン振りながら、咲楽は歌っている。

 月岡つきおか学園。医師として働く父。どういう訳か、女子生徒から、大人気の父の油絵。仕事の合間に頼まれた絵を描いている。油絵なので、どうしても乾かすのに、時間がかかる。その間に、咲楽は父からフランス語の絵本を読んでもらうのだ。

 月岡の制服を着た咲楽と対面して、父は目を丸くした。

「ああ、紫織の制服だったか…」

「そうだよ」

 父は何事か思い出して、一人ほくそ笑んだ。

「紫織は、今の咲楽と同じ年で、ここに連れてこられたんだよ」

 そうして、幼子の私が、まさにこの黒マントをよく隠した話をした。

「どうして、そんなことをしたと思う?」

「うん?」大きく頭を左右に振る咲楽。「黒いのが、可愛くないから?」

 父が立っていた私の顔を見上げる。つられて、咲楽もこちらを向く。

「口の中に、父の手をつっこまれるのが嫌だったから。ここの制服は、勉強をする時に着るものなの。だから、隠してしまえば、父は私に手出しできないと考えたんだよ」

「ああ、そっかあ。でも、王子おうじパパは、見つけるんだね」

 そうなのだ。深い溜息を吐く。

「でもね。小華こはるには、憧れの服だったのだよ。ある時、自分だけが、同じ服を、持っていないことに気付いてしまった。一体、どれほどの絶望だったろう」

 母の小華。月岡の生徒にも関わらず、ただ一人、黒マントの着用を許されていなかった。

 光も音も知らない母は、言葉を得るために、あの苦しみを味わったのだ。口元に手を遣る。

「それでも、お母さんは、これが嬉しかったのか…」

「きっと、そうだよ!」

 咲楽が、私の手を掴む。

「だから、咲楽が、紫織お姉ちゃんに見せてあげるね」

 母の代わりに。複雑怪奇な想いが、反射する。黒マントに、母と同じ金髪碧眼で。私の中の屈折が、溶けていくようだった。


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