長距離ツーリング──出発


「お姉ちゃんっ、そんじゃ行ってくっかんねぇっ。おみやげは期待しないでおくれぇっ」


 晴菜々さまの元気な声が遠くから聞こえる。どうやら姉君に出発の挨拶をしたようだ。ガチャリと玄関扉が開きバタンと閉じる音がする。


「おまたせバイすけ、行こっかぁ」


 革製レザーの黒いライダースジャケットに身を包んだ晴菜々さまが私に片手を振りながらやってくる。ジャケットに合わせた濃紺の丈夫なジーンズと黒のライダースブーツがよくお似合いで普段の優姿やさすがたな雰囲気とは違うあでやかな変身にさすが我が主であると惚れ惚れしてしまう。


「よっと、うっしバッチリばっちしッ」


 晴菜々さまは手にはめたライダースグローブの調子を確かめるようにグッグッと拳を握る動作を繰り返し、フルフェイスヘルメットを装着すると私に跨った。


「はいよっと、それでは出発進行だぞバイすけ~ッ」


 キュルキュルとセルモーターの音が鳴り、私の心臓たるエンジンが動き出す。排気音が上がり晴菜々さまの足が地を離れ、我らは一体となり、私たちの世界は大いなる風となる。私がタイヤを回転させ晴菜々さまの操縦で未知なる世界へと旅立つのだ。




「バイすけ、出発早々だけど君はまず


 が、道路を出てものの数分も経たないうちに減速し、近くのセルフガソリンスタンドに到着する。主より先にゴハンガソリンをいただくというのは申し訳ない事ではありますが、ここからの長距離ツーリングで腹ペコなガス欠で晴菜々さまを困らせるわけにはいきません。お言葉に甘えてしっかりと腹ごしらえをいたしましょう。


「よぉーしストオォップ、オッケーなぁ」


 晴菜々さまが給油機の前に私を停めてエンジンを切って降車すると、サイドスタンドをしっかりとかけてハンドルを左側に切り、動かないように固定する。ライダースグローブを外し、給油機のタッチパネルに触れるとキーホルダー型のクイック決済ツールを取り出すと給油機に読み込ませる。どうやらこの決済ツールがあれば支払いやポイントの付与が簡単にできるようで、便利なモノがあるものだ。


「ふふんふん~、ハイオク満タンで~」


 続いて鼻歌交じりにハイオクの満タンにパネルタッチすると給油機にある静電気除去パッドに数秒触れてから給油キャップを外して専用のキャップ置き場に置くとハイオクの給油ノズルをガコンと持ち上げ、私の給油口にガチリと押し込み。


「たんとお食べなぁ~」


 ゆっくりと給油レバーを指で引いてガソリンを注入してくれる。主に注いでいただけるハイオクガソリンというものは格別でありボディに染み渡る。セルフでしか味わえない二人(私は人ではないが)だけの時間が流れるこの瞬間も私は好きである。晴菜々さまもいつも楽しげに注いでくれるため同じ気持ちであるだろう。ゴウンゴウンとガソリンが注がれる時間がしばらくと流れると私のお腹タンクはいっぱいとなった。晴菜々さまは給油ノズルを元の位置に戻し、給油口にキャップをはめ込みしっかりとカチカチと音が鳴るまで閉めると給油機のパネル上で次回のガソリン値引き値を決めるゲームが始まるのを眺めている。犬が地面を掘るアニメーションが始まり何等かを表示する。


「おっ、やったぁ一等だよバイすけっ。次回は五円引きだよっ。幸先良いっ」


 どうやら一等が決まったようでイソイソとQRコードの印刷された次回使えるレシートを受け取り、私の区間距離計トリップメーターをリセットしてくれた。ガソリンを入れた際にメーターをリセットしておくと次の給油タイミング私の食事時間が分かりやすくなるのだ。


「よぉーし、お腹いっぱいだね。バイすけこっからたくさん走っちゃうぞぅ」


 グローブをはめ直し準備を整えた晴菜々さまが再び私に跨ってハンドルを握る。さて、ご馳走を食べた分はしっかりと走らねばなりませんな。


「ゴ~ゴ~、バルルバルバルバルルラ~ン♪」


 晴菜々さまの楽しげな奇抜ソングと共に私たちの長距離ツーリングは今度こそ出発となった。



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