幸せバイク

もりくぼの小隊

洗車とメンテナンス


 ガレージシャッターがガラガラと上がる音がする。


「おまたせ~、元気してたかなぁ?」


 陽の光と共に長い髪をポニーテールに結わえたジーンズとTシャツのラフな姿なご主人様が気さくに私に話しかけ笑顔を綻ばす。


「それじゃぁ、準備できたからやりますよう。おいでおいで~♪」


 ご主人さまは返事のできない私に片手を振りながら近づいて来て、私のボディに優しく触れてから、ハンドルを握り私を押しながら外へと連れ出してくれた。


「天気いいから日光浴もできちゃうねぇバイすけ」


 バイすけとはご主人さまが付けてくれた私の名前だ。そう、私はバイク。ご主人「夏河なつかわ晴菜々ばなな」様のバイクだ。


「アタシがキレイキレイにしてやるからねぇ。嬉しいだろう」


 ご主人、晴菜々さまは楽しげに私に話しかけながらお家の庭先へと連れてきてくれた。


「やっぱり太陽の下でやる方がいいでしょバイすけも。ほい、ここでスト~ップ停車ていしゃ~っ」


 私は敷かれた青いビニールシートの上に停車する。横には工具箱と軍手が置かれている。どうやら晴菜々さまの言うキレイキレイとは私のメンテナンスだったようだ。


「ようし、覚悟せよバイすけ。健康診断スタートしま~す」


 晴菜々さまはニンマリと口端くちはの上がる笑顔で軍手をはめて指を何度もグッグッと動かしながら腰を下ろし、エンジン側面を確認してから立ち上がると

「ちょっと暖機だんきさせてねぇ~」

 私にエンジンをかけ、五分ほど暖機させる。この動作にエンジンオイルのチェックをするのだと理解する。


「はい、エンジンストップッ、車体垂直しゃたいすいちょーく、オイルレベルチェックッ」


 エンジンを切った晴菜々さまは再びしゃがみこむとエンジン側面にあるオイルレベル点検窓を確認する。


「ん~、乳化はしてないし上限よりちょい下くらいだからオイル充分だねぇ、最近はあんま遠出させてあげられなかったからねぇ。足す必要は無しと」


 エンジンオイル交換は必要無しと判断すると、私に跨りクラッチとブレーキの確認に入る。


「ふんふん、握って遊んで想定内っと、ブレーキパッドの減りも大丈夫だねぇ。よーし」


 晴菜々さまは私から降りると工具箱をガチャガチャと移動させてから軍手を外してこちらに向き直る。


「次は洗車にしよっかバイすけ」


 そう言うと水道近くに置いてある洗車道具一式を取りに行ってすぐに戻ってくると手に持ったマスキングテープを伸ばし私のボディに貼り付けてゆく。


「はい、マフラー排気口、キーシリンダー、バッテリーなどなどは水に濡らさず養生保護ようじょうほご~っと」


 水に濡らしたくない部分の養生を終えると、専用洗浄液を付けて洗車作業の開始だ。


「ゴシゴシ泡立てキレイキレイ~♪」


 ボディに付けた洗浄液を泡立てると柔らかなマイクロファイバースポンジで優しく全体を晴菜々さまは洗い始めてくれる。


「気持ちええか~気持ちええやろ~、ほいほい水バシャーっと汚れと泡を落としちゃうよう」


 ホースの水をかけてくれ、陽射しで水垢がつかないように素早くタオルで丹念に水分を取ってゆき、洗車作業は終了する。


「ふん~、キレイさっぱりイケメンすぎだなバイすけぇ。後はサビ取りチェックして、もうちょいメンテナンスしようなぁ」


 晴菜々さまは洗車道具を手早くしまうと軍手をグッグッとはめ直し、サビ取り道具の準備を始める。


「バイすけぇ~、次のお休みは久しぶりに一緒に遠出しようねぇ~、どこがいいかなぁ~」


 どうやら念入りなメンテナンスをしてくれる理由は久しぶりの長距離ツーリングにあるらしい。晴菜々さまはとても嬉しそうな鼻歌でサビ取り作業を開始した。今から楽しみで仕方のないご様子だ。私も非常に楽しみである。




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