残影山吹 6

 季節は流れて山吹が満開を迎える少し前。 

 思い切ってサトウに聞いてみた。

 サトウはヤマブキの機体の修理をしている。


「サトウさんって、昔搭乗員だったんでしょう?」

「そうですよ」


 腰が曲がったサトウ。

 姐がいたときより曲がった。


「どうして生き残っているんですか。空子は男も女もみんな死ぬのに」


 老いた目が開く。

 そしていつもの顔に。


「どうして、でしょうね。確かにわたしは搭乗員だった。コードネームはギン。華は銀杏」

「サトウさんは誰なんですか。上層部?」

「まさか。あんな小汚い連中なんかと一緒にしないでくださいよ」


 笑んで皺だらけの手を拭う。


「わたしはね、少し、いや、かなり幸運だったというべきでしょう。周りはみんな死んで、わたしだけ生き残った。恥ずかしい限りです」


 ヤマブキに向き合った。


「わたしはね、この国の内部を知ってしまった。実をいうと反国主義者、退廃思想を持つ者ですよ。いつか、上層部にそれがバレてしまいましてね、すぐに搭乗員から外されて地下牢に長い間監禁されまして」


 懐かしむように。


「尋問され、誓約書を書かされたんですよ。バツとしてお前は空で死ぬな、と。昔じゃ、空で死ねないことは恥辱の限りでしたから、血涙が出ましたよ」


 だからといって、自害すら許されない。

 笑みは消え、重そうな瞼の奥の目が光る。


「誓約書にはね、緘口令とここの整備員になるということが書かれていましてね。あと1つ、重大な任務も。腸が引き千切れるかと思いましたよ、名前を書いたあの時は」


 顔を拭う。


「わたしはもう何人も見送った。そのうち、」


 唇を噛む。

 ヤマブキはただ腰の曲がった整備員を見る。


「もういいよ。ありがとう」


 その場を離れる。

 サトウの話はいまいち理解できなかった。

 どうして、どうしてと疑問ばかりが巡る。


 ヤマブキは自室に戻って薄手の上着をとって外へ出た。

 リンドウがいたから、裏山に散歩に行こうと誘う。

 リンドウは頷いた。



 裏山からは基地全体が見渡せる。


「姐さん、姐さん」

「なあに」

「姐さん、明日金平糖買いに行こう」

「いいね。雑貨屋に置いてるかな」


 嬉しそうな妹。

 正式な妹パイロットでなくても、大事な妹。

 姐が生きていたころにどうにか頼み込んで散華にしてもらった。

 同期のナデシコの正式な妹パイロットであるが、ほとんど面倒はヤマブキが見た。


 うまく育ったリンドウ。

 きっと私の次のエースだろう。

 姐のような、珠玉とも言えるパイロット。


「リンドウ」

「何、ヤマブキ姐さん」

「私が死んだら、後をよろしくね」


 僅かに眉間に皺。

 だが何も言わずに頷いた。

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